2014年02月14日

ソチオリンピック

朝の寒さがしびれると感じる時、テレビのニュースで見た札幌の女子高生たちが「今日はマイナス2度なのでまだ暖かい方です。」という言葉を思い出してみるが、歳と共に寒さは身にこたえる。

オリンピックと言えば、まずは開会式。その国の特徴と工夫が見られるので楽しみにしている。

今回はロシアなのでバレエや演劇の要素が中心で、最近流行りのボランティアによる市民参加を思わせるる創作的演出とは違い、プロ集団による完成された美しい演出が際立ってた。

バレエダンサーの方の動きは妖精のようで、人間離れした軽やかさには驚かされた。踊りの一つに、回転しながら動くと傘が開いたような衣装があったが、見ていると日本の妖怪「傘お化け」の様にしか見えなかったが、お国が違うので本人たちは全く思いもよらないだろうが・・・

開会式定番の、そのお国の「歴史」の演出だが、やはりお互いスルーしたい部分があるのだろうなと思いながら、ロシアの歴史をちょっと思い返してみたが、あの部分は、さすがにとか・・・

競技が始まると、一流のアスリートたちですらオリンピックとなると気持ちが動揺して普段の実力を出し切れないでいる姿を見ていると、強靭な精神力も実力のうちかと思われる。

日本も東京オリンピックを控えているので、他人事ではないが、過去のオリンピック開催国の中には赤字のつけに苦しむことになった国もあったそうだ。

祭りの後の静けさが寒さに変わらないように、浮かれすぎて運営には慎重さと丁寧さが必要だ。

いくらお金をかけても、オリンピックはたった一か月で終わる盆踊りのようなもので、その恩恵は長くは続かない、一瞬の高揚感と達成感は花火大会に似ている。

国民の憂いの種である老後の安心にお金をかけるべきで、一過性の気持ちの浮かれ程度でデフレの解消になど効果はゼロだ。

いつも同じお金の使い方、いつも同じ国民の憂いとずれた張りきり方と手法、高齢化は加速し、国民の不安は増大するだけで気持ちなど晴れることはない。
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2014年01月19日

ファティマの預言 4(第三の秘密)

教皇ヨハネ・パウロ二世は、2005年2月23日に著作『記憶とアイデンティティー』においてファティマのメッセージの全容に関する解釈を開示し、ファティマのメッセージの「第三の秘密」の部分の内容は1981年5月13日の教皇暗殺未遂事件の事であったと規定した。背後に20世紀に生まれた暴力的なイデオロギーに属するしっかりした組織があったと述べ、2005年4月に発表された遺言においては「核戦争なしに冷戦が終結したことを神の摂理として感謝している。」とあリ予言は成就したとされた。

しかし過去に、これを読んだパウロ六世が恐怖のあまりに卒倒したという噂や 教皇ヨハネ・パウロ二世がファ チマで「諸国および全人類の上に迫っている殆ど 黙示録的な脅威と呼ばれたものを避けるための鍵である。」と述べたりなど、40年に渡って隠匿され、60年代には当時の教皇が絶句したり発表を見送ったりする内容とはとても思えないことから、それでは規模が小さ過ぎるという疑問が世界中で抱かれた。

こうした経緯の後で、2000年5月教皇庁は、1960年以来、40年間発表を先送りにしてきたファティマの第3のメッセージを正式に発表した。

預言は聖母の言葉と聖母の見せたビジョンの部分に分かれている。

【第三の秘密のビジョン】

すでに述べたあの二つの啓示のあと、わたしたちは、マリアの左側の少し高い所に、火の剣を左手に持った一人の天使を見ました。しかしその炎は、マリアが天使に向かって差し伸べておられた右手から発する輝かしい光に触れると消えるのでした。天使は、右手で地を指しながら大声で叫びました。「悔い改め、悔い改め、悔い改め」。それからわたしたちには、計り知れない光―それは神です―の中に、「何か鏡の前を人が通り過ぎるときにその鏡に映って見えるような感じで」白い衣をまとった一人の司教が見えました。「それは教皇だという感じでした」。そのほかに幾人もの司教と司祭、修道士と修道女が、険しい山を登っていました。その頂上には、樹皮のついたコルクの木のような粗末な丸太の大十字架が立っていました。教皇は、そこに到着なさる前に、半ば廃墟と化した大きな町を、苦痛と悲しみにあえぎながら震える足取りでお通りになり、通りすがりに出会う使者の魂の為に祈っておられました。それから教皇は山の頂上に到着し、大十字架のもとにひざまづいてひれ伏されたとき、一団の兵士達によって殺されました。彼らは教皇に向かって何発もの銃弾を発射し、矢を放ちました。同様に、他の司教、司祭、修道士、修道女、さらにさまざまな地の天使がいて、おのおの手にした水晶の水入れに殉教者たちの血を集め、神に向かって歩んでくる霊魂にそれを注ぐのでした。
「ファティマ 第三の秘密」教皇庁教理省カトリック中央協より

これを読んでから気になった予言が・・・

【ノストラダムスの予言】より
百詩篇第1巻91番
神々は人間たちに示すだろう
自らが大戦闘の仕掛け人になるであろうことを
晴朗な空に剣と槍が見えるだろう
左手の方に最大の悲嘆現れるであろう前に
【感想】
このノストラダムスの予言を読んだときには意味が分からなかったが、【第三の秘密のビジョン】にある「火の剣を左手に持った一人の天使を見ました。」の部分の事のように思われて驚いた。

百詩篇第2巻27番
神の声が天に撃たれるだろう
ゆえに彼はそれ以上進めなくなるだろう
秘密は啓示とともに隠されるから
人びとはその上を歩いて進むだろう
【感想】
「秘密は啓示とともに隠されるから」の部分が、第三の秘密のことを指しているように思われる。ただ「彼」とは誰のことを指しているのだろうか。気になる。

このヴァチカンによって公表された第三の秘密の内容に対しても次のような意見が述べられていた。

『ファチマ・クルーセイダー、ポール・クレイマー神父にインタビュー』より
「マザー・アンジェリカは世界中の何百万ものカトリック教徒たちと同じように、半ば廃墟となった都市の外側で司教たち、司祭たちそして平信徒たちの死体を通り越してよたよたと歩いて行き、そしてそれから一団の兵士たちによって処刑される「白衣を着た司教」についての不明瞭な幻視が四十年以上にもわたってヴァチカンによって鍵を掛けられて守られてきた秘密に属するすべてであると信じることは困難であると気づいたのである。

およそ三十五年間第三の秘密の諸々の事実と状況を研究してきたポール・クレイマー神父は第三の秘密が実際恐ろしいものである、そしてカトリック教徒が一般に理解してきたよりも遙かに恐ろしいものであるということで、マザー・アンジェリカに同意している。」

(つづく)
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2014年01月11日

帝国の終焉 2

映画スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐では、銀河帝国皇帝の座を目論むパルパティーンが発した極秘命令オーダー66の急襲により、銀河共和国の下での平和を数万年に渡り保っていた「ジェダイ騎士団」のジェダイ・マスター達が、次々と非業の死を遂げるというシナリオがあったが・・・

素直に考えて平和を願うのと、平和状態であると思い込むのとは違うことである。

危険度によってもの事を考えるという意味では、町中に行く時と雪山登山に行く時とでは,想定される危険度が違ってくるので、もし行くのであれば人は雪山登山に行く場合は厳重な装備を準備するだろう。

それは現地に着いた時、町中に出かける時のような軽装では雪山の厳しい環境下では命の危険があるからだ。

それはまた国防に対しても同じ事がいえる。世界平和はどうか・・・

現在の世界状況を考えると、世界平和は完全なものにはなってはいない。第一、全世界の国々の皆が本当に平和主義を貫こうとしているのだろうか・・・

世界は人間からすると広大に思えるが、武器や飛行機の発達により地球全体を一瞬で移動できるようになったという意味では一つに繋がっている。武カが行使されれば地球全体を一瞬で攻撃されてしまう。

そのような世界状況からすると、平和主義を貫くことは見方を変えると「無防備」という評価にもなりうる。

国家予算の組み方も、軍備にかける国と社会保障にかける国では軍事力に差が開いてくるだろう。

国民からすると平和主義を貫き社会保障に予算かける国の方が、理想的なように思えるが・・・

過去には世界中で帝国主義を掲げ、あれだけの悲惨な結果を引き起こした世界大戦後には、人類は皆、世界平和を望み実現しようと思っていると思い込んでいたが、現在でも帝国主義を抱き続けている国家もあるようだ。

すると、平和主義を掲げた軍備拡大を望まない国家は平和主義という名の「無防備状態」ということになり、帝国主義を目論んでいる側からすると覇権の行使にとって最適ということになる。

残念なことに現在の世界の状況は、国家の装備に当たる防衛力をゼロに近づける程の世界平和は達成できてはいなかった。

現在に至っても諦める事なく、それぞれの自立した国家間での世界平和を望んでいない勢力が存在している。

国家の装備である防衛力は、自国が掲げる主義に従うのではなく現在いる世界環境で判断するものであったのだ。


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2013年12月31日

明けましておめでとうございます

今年の干支は午年だが、昨年の干支の引き継ぎでは蛇と馬を一緒にすると大変な事になりそうだったろう。

昨年の12月28日に行われた干支引き継ぎ式では、昨年の「巳(み)」から今年の「午(うま)」へ干支(えと)の引き継ぎがあった。

そこで飼育員さんが「この大きな背中にお客さまの夢を乗せ、2014年を全力で走りたい」と馬のコタロウの抱負を代弁をしてくれたそうだが、自分も新年の初日の出には何か祈願をしてみようと思ったが、初日の出を見るころに眠くなってしまいそうだ。

式に参加した子どもの「蹴られそうだったけどかわいかった」との言葉が、素直でかわいかった。

今年の干支、午年は
【意味】 午とは、干支(十二支)の7番目。年・日・時刻などにあてる。方角の名で「南」。陰暦5月の異称。ご。
午年とは、西暦年を12で割った際、余りが10となる年。
【午・午年の語源・由来】
本来の読みは「ご」。
「杵(きね)」の原字で、上下に交差し、もちをつく杵を描いたもの。
十二進法では、前半(午前)が終わり後半(午後)が始まる位置にあり、その交差点を「正午」という。
つまり、十二支の中間に位置し、草木の成長期が終わり、衰えを見せ始めた状態を表したものと考えられる。

語源の「草木の成長期が終わり、衰えを見せ始めた状態」は、あまり当てはまって欲しくはないが・・・

まあ、自分の願い事はここ近年、「回復」ということかな。

健康、体力、景気、絆。

経済成長期から右肩下がりの時期を迎え、アンチエイジングと同じように流れを逆行させるには、今まで以上の工夫と努力を要するだろう。

落ちた国力と体力を持ち直すには、気を引き締めてかからねばならないが、一度弛んだものを戻すには相当の根性がいる。

この時期になると思い出す、「雪」の歌詞
雪やこんこ あられやこんこ
降っても降っても まだ降りやまぬ
犬は喜び 庭かけまわり
猫はこたつで丸くなる

の猫の方に、いつの日かなっている自分に気が付いた。
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2013年12月21日

ファティマの預言 3(第三の秘密)

ファティマの預言は三つの異なった部分に分けられる。「第三の預言」の部分を聖母は1960年になったら公開し、それまでは第三の部分だけを秘密にするようにルシアに厳命したとされている。

そのことはファティマの預言の中で「ファティマ第三の秘密」と呼ばれ、ルシアを通じて教皇庁に伝えられていたが、1960年が過ぎても教皇庁は公開しなかった。

そのため1981年には、第三の秘密の公表を要求する犯人によるハイジャック事件が起き、アイルランド航空164便がハイジャックされ、なんと「ファティマ第三の秘密を公開せよ」と要求した犯人はカトリック修道士であった。

1960年代にはドイツのメディア『ノイエス・オイローペ』が第三の秘密の原文を入手したと報じたが、真の全文は確定されていない。

また、60年代になってこの第三の秘密を閲覧したローマ教皇ヨハネ23世はその内容に絶句し再度封印してしまい、続いて次の教皇パウロ6世も再度封印を解いたが、そのあまりの内容に数日の間、人事不省になったと言い伝えられ、結局第三の秘密は公開されなかったためメッセージの中身について世界中で憶測を呼ぶこととなった。

そもそもシスター・ルチアが第三の秘密を記録に残すまでも大変だったようだ。

シスター・ルシアは彼女の司教の承認と共に1941年に最初の二つの部分を明らかにした。第三の部分は1944年1月2日から1月9日の間に書き止められた。それは彼女の司教への聖なる従順の下に、そしてファチマの聖母がシスター・ルシアに、実際神が秘密の第三の部分が今書かれるべきであると確証なさった後に書かれたのである。

シスター・ルシアはそのとき、スペインのトゥイのドロテア会修道院で生活していた。1943年6月に彼女は突然重い病気にかかった。彼女の状態は非常に危険だったので、レイリアの司教、ダ・シルヴァ司教は心配になった。彼は彼女が聖母の第三の秘密を明らかにする前に死ぬのではないかと恐れ、それは教会に対する一つの例外的な恩寵の喪失であろうと考えた。司教の友人であり忠告者であった聖堂参事会員カランバはそのとき、彼に一つの非常に賢明な考えを示唆した。すなわち、司教は少なくともシスター・ルシアに直ちに第三の秘密のテキストを書き下ろすことを求め、そして次に彼女が後に開封されるように蝋で封印された封筒の中にそれを入れるということである。

それゆえに、1943年9月15日にダ・シルヴァ司教はトゥイに行き、シスター・ルシアに「もし彼女が本当にそう望むならば」秘密を書き下ろすように頼んだ。しかし、この幻視者(シスター・ルシア)は確かに聖霊に鼓舞されてこの曖昧な命令に満足しなかった。彼女は彼女の司教に一つの書かれた命令、形式的で完全に明確な命令を要求した−それは非常に重要なことである。ファチマの聖母の最後のメッセージは以前の聖母の他の要求と同じように、驚くべき約束と結びついていた。それはわれわれの二十世紀に、その最も緊急な必要に応じるために、神によって提供された一つの例外的な恩寵である。しかし再び、教会の司牧者たちが、神がその無原罪の聖母の甘美な黙想を通じて世界に与えることを欲しておられる恩寵のこの流出の道具となるために天の計画に対して十分な信仰と従順を持つ必要がある。1943年に神はそれがレイリアの司教であることを欲された。レイリアの司教はこのメッセンジャーが第三の秘密を書き下ろすことを要求した。

最後に、1943年10月半ばにダ・シルヴァ司教は決心した。彼はシスター・ルシアに、彼女に彼女が彼に嘆願した明白な命令を与えて、手紙を書いた。しかしながら、今や諸困難が起こった。シスター・ルシアはその当時殆ど3カ月の間ある不可思議なそして恐るべき不安を経験した。彼女は、彼女が仕事机の前に坐り、秘密を書き下ろすためにペンをとる度毎に、そうすることを邪魔されるのを感じたと語った。明らかに、われわれは無原罪の聖母のメッセンジャーに対するサタンの最後の攻撃をそこに見なければならない。

この偉大な預言(第三の秘密)がサタンの霊魂に対する支配と教会のまさに核心へと入り込もうとするサタンの計画に対するどのように恐るべき武器であるか、遂行されようとしていた壮大な出来事の大きさをこのように示した幻視者によって堪え忍ばれたそのような試練を考えるならば、秘密は紙の上に書き留められるべきである。

クリスマスイヴの日に、シスター・ルシアは彼女が与えられた命令にまだ従うことができないということを彼女の指導者に打ち明けた。

最後に、1944年の1月2日に(このことは殆ど知られていない)、祝福されたおとめマリア御自身が再びルシアに御出現になった。聖母はルシアにそのようなことは真に神の意志であるということ、そして聖母は彼女に命令されたことを書くことを完成するための光と力を与えるということを確約なさった。

シスター・ルシアがその受取人であるダ・シルヴァ司教に完全に確実にそれを伝えるために払った極端な配慮は彼女がこの記録に帰している例外的な重要性の一つの新しい証拠である。

彼女はそれを司教以外の他の誰にも委ねることを望まなかった。貴重な記録を入れた蝋で封印された封筒をシスター・ルシアの手から受け取ったのはグルザの大司教、フェレイラ司教であった。彼はそれを同じ日の夕方ダ・シルヴァ司教に手渡した。1957年4月16日に、封印された封筒がローマに到着した。

【それから第三の秘密はどうなったであろうか?】
それは教皇ピオ十二世(在位1939-1958)のオフィスの中の「聖座の秘密」と記された一つの小さな箱の中にに置かれた。このことをジャーナリストのロベール・セルーに打ち明けたのはマザー・パスカリーナであり、彼が近頃この事実を確証したのである。

その後教皇ピオ十二世は明らかに1960年を待つことの方を選ばれた。しかし彼はそれ以前に亡くなられた。(1958年)教皇ヨハネ二十三世の秘書であったモンシニョル・カポヴィッラの証言がある。彼らはわれわれに教皇がそれを教皇ピオ十二世の死の1年後、1959年に開けたとき、封筒はなお封印されたままであったと語った。

次の教皇である教皇ヨハネ二十三世(在位1958-1963)は秘密を読まれ、そしてそれを公表することを拒否される。オッタヴィアーニ枢機卿は、教皇ヨハネ二十三世は秘密を「一つの非常に深い、暗い井戸のようである資料保管所の一つの中に置いたので、その底には紙が落ち、誰ももうそれを見ることができない」と語った。悲しいかな、1960年2月8日に突然、ファチマの第三の秘密は公表されないということが簡単な新聞発表を通じて知らされた。それはそのまさに本性によって完全に無責任である一つの無名の決定であった。

ヨハネ・パウロ一世(在位1978)は教皇になる以前に、私はシスター・ルシアが彼と第三の秘密について語り、そして彼にその本質的な内容を明かしたということを検証する位置にいる。彼はその秘密によって非常な感銘を受けた。彼はイタリアに帰った時に周りの人々に、彼がどのように感動させられたか、そしてそのメッセージがどのように重大なものであるかを話した。彼はそれからファチマについて精力的な言葉で語りまた書いた。そして彼が明らかに聖人であると考えたシスター・ルシアへの感嘆と完全な信頼を表明した。教皇になる以前に、彼は明らかに何かあることをする前には世論を準備することを望まれた。不幸なことに、彼は何かあることを言うことができる前に悲劇的にわれわれから取り去られた。
注釈、ヨハネ・パウロ1世は、教皇在位わずか33日目の1978年9月28日の午前4時45分にバチカン内の自室で遺体となって発見された。死後間もなく不可解な証拠隠滅や情報操作が行われた可能性があり謀殺説がある。

注釈、これら公表を拒否ことに対する著者の意見
シスター・ルシアの次の言葉が当てはまる。「祝せられたおとめは非常に悲しんでおられます。なぜなら、誰も聖母のメッセージに注意を払わないからです」。そしてこの誤りは数え切れないほどの結果をもたらすことになった、とわれわれは敢えて言わなければならない。なぜなら、ファチマの諸々の預言や命令を無視することにおいて無視されてきたのは、世界を前にしてあざ笑われてきたのは、神御自身だったからである。無原罪のお方、母親としての警告を通じて告げられた条件的な罰はそのとき悲劇的、不可避的に下されることになったのである。第三の非常に解明的な事実:1960年以来、諸教皇がそれを公表することを拒否してこられたのはその内容のせいであり、そしてただこの理由でだけである。

注釈、その後パウロ6世 (1963-1978)ヨハネ・パウロ1世(1978)ヨハネ・パウロ2世(1978-2005)ベネディクト16世 (2005-2013)フランシスコ (2013- )と教皇は続く。

【著者による第三の秘密の内容の検証】
25年間以上にわたってファチマの秘密が、そしてそれだけがある仕方で禁書目録に載せられているということは一つの驚くべき事実だからである 。第三の秘密の内容に関して彼女に質問したある人に対して、シスター・ルシアはある日次のように答えた。「それは福音書の中に、そして黙示録の中にあります。それらを読みなさい」と。彼女は同様にまたフエンテス神父に、聖母が「私たちが世の最後の時代にいる」ということを明瞭に彼女にお見せになったということを打ち明けた。このことは、世の終わりの時、そして最後の審判の時を意味するのではないということを、われわれは強調しなければならない。というのは、マリアの汚れなき御心の勝利が最初に来なければならないからである。第三の秘密の内容を慎重にほのめかしているラッツィンガー枢機卿自身次の三つの重要な要素に言及した。すなわち、「信仰を脅かす諸々の危険」、「最後の時代の重要性」そして「この第三の秘密に含まれている」預言は「聖書に告知されてきたものと一致している」という事実である。われわれは、ある日ルシアが黙示録の第8章と第13章を指摘したということさえ知っている。
(明らかにされたファチマの秘密 The Fatima Crusader Issue より)

やはり真の聖なる者に対しては、闇からの攻撃があるのだろう。

(つづく)
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2013年12月17日

たわいない話(今年の漢字)

今年の漢字が12月12日清水寺本堂で発表され、同寺の森清範貫主が揮毫(きごう)した。

今年で19回目となり、全国に設置した応募箱やはがき、インターネットを通じて11月1日から12月5日まで「今年の世相を表す漢字」が募集され、今年は初めて、中国、台湾、ベトナムなどの海外からの応募も受け付けたとのこと。

2013年の「今年の漢字」には「輪」が選ばれた。2020年の東京五輪招致などが多く理由に挙げられた。2位以下は「楽」「倍」などの漢字が続いた。

揮毫を終えた森貫主は「来年も力を合わせて、『平和な輪』のつながりの世界に向けて、努力していこう」と呼びかけた。

このメッセージをぜひ、アジアの国々と緊張を高めようとしている大国にも伝えたいものだが。

そもそも「今年の漢字」は、漢字(日本語漢字)一字を選びその年の世相を表す字であるとして決定、公表される日本漢字能力検定協会のキャンペーンである。1995年(平成7年)に開始し、毎年12月12日の「漢字の日」に発表している。「今年の漢字」を書く森清範貫主の書(直筆書)は、「京都八福庵」という公許取扱処により管理されている。

【逸話】
毎年、森が練習無しのぶっつけ本番で「今年の漢字」を書き、その日の朝に漢検の理事長が茶色の封筒に糊を貼って森のところに持って来る。封筒には親展と書いてある。しかも、中に二重位に紙がしてあって、外からは見えないようにしてある。筆は穂があまり長いと墨が垂れるので書けない、短いと墨持ちが悪いので、墨持ちをさせるために一番真ん中には牛耳毛が入っている。熊野筆で、羊毛を巻いて硬い毛も巻いてある。

どうりで漢字が書かれている時、墨が豊かに延びていた訳だ。気持ちのいい書き心地に見えたのは、そのような工夫がされていたからか・・・

現在では文字をキーで打つ方が多くなってしまったが、確かに筆で字を書くのは難しく、美しく書こうとすると気を引き締めなくてはならない。しいては正しい姿勢が要求される。

そう言えば子供の時の習字の教科書に、書くときの姿勢や手さばきの注意点がのった写真があったぐらいだ。そのうえ昔は、墨汁は掟破りで、硯できちんと墨をすらされていた。

たまには、このゆるみきった精神を澄ませるために写経でもしようと思ったが、墨汁が無い、筆も硯も無い、和紙もお手本も無い。それを全て用意するところから始め、最後に道具の片づけをするところまでを空想してみた・・・

そもそも自我に根性というものが無くなっていた。
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