2014年01月11日

帝国の終焉 2

映画スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐では、銀河帝国皇帝の座を目論むパルパティーンが発した極秘命令オーダー66の急襲により、銀河共和国の下での平和を数万年に渡り保っていた「ジェダイ騎士団」のジェダイ・マスター達が、次々と非業の死を遂げるというシナリオがあったが・・・

素直に考えて平和を願うのと、平和状態であると思い込むのとは違うことである。

危険度によってもの事を考えるという意味では、町中に行く時と雪山登山に行く時とでは,想定される危険度が違ってくるので、もし行くのであれば人は雪山登山に行く場合は厳重な装備を準備するだろう。

それは現地に着いた時、町中に出かける時のような軽装では雪山の厳しい環境下では命の危険があるからだ。

それはまた国防に対しても同じ事がいえる。世界平和はどうか・・・

現在の世界状況を考えると、世界平和は完全なものにはなってはいない。第一、全世界の国々の皆が本当に平和主義を貫こうとしているのだろうか・・・

世界は人間からすると広大に思えるが、武器や飛行機の発達により地球全体を一瞬で移動できるようになったという意味では一つに繋がっている。武カが行使されれば地球全体を一瞬で攻撃されてしまう。

そのような世界状況からすると、平和主義を貫くことは見方を変えると「無防備」という評価にもなりうる。

国家予算の組み方も、軍備にかける国と社会保障にかける国では軍事力に差が開いてくるだろう。

国民からすると平和主義を貫き社会保障に予算かける国の方が、理想的なように思えるが・・・

過去には世界中で帝国主義を掲げ、あれだけの悲惨な結果を引き起こした世界大戦後には、人類は皆、世界平和を望み実現しようと思っていると思い込んでいたが、現在でも帝国主義を抱き続けている国家もあるようだ。

すると、平和主義を掲げた軍備拡大を望まない国家は平和主義という名の「無防備状態」ということになり、帝国主義を目論んでいる側からすると覇権の行使にとって最適ということになる。

残念なことに現在の世界の状況は、国家の装備に当たる防衛力をゼロに近づける程の世界平和は達成できてはいなかった。

現在に至っても諦める事なく、それぞれの自立した国家間での世界平和を望んでいない勢力が存在している。

国家の装備である防衛力は、自国が掲げる主義に従うのではなく現在いる世界環境で判断するものであったのだ。


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2013年12月11日

帝国の終焉

油断しているい者と機を狙っている者とでは、準備に開きが出る・・・

今回の中国の防空識別圏問題について安倍首相は、アメリカのバイデン副大統領と会談した。この中で、バイデン副大統領は、中国の防空識別圏について、「アメリカ合衆国は深く懸念している」と述べ、この問題について、日米で緊密に連携して対応していくことで一致した。

バイデン副大統領は「東シナ海における現状を一方的に変えようとする中国の試みに対して、われわれアメリカ合衆国は、深く懸念している。中国の指導者(習近平国家主席)と会うときに、これらの懸念を具体的に提起したい」と述べ、日米同盟に基づき、緊密に連携し、対応していくことをアピールしていたが・・・

しかし4日、中国を訪れるのを前にバイデン副大統領は日本側に、防空識別圏の問題で米中関係に影響が及ばないよう念を押していたらしい。アメリカ国務省元日本部長・メア氏は「中国の狙いは、南シナ海と東シナ海の覇権を狙ってると思います。(現在の)本当の狙いは、日米同盟に亀裂をつくりたいという立場だと思います」と話した。

アメリカ側の本心は・・・

ファティマの預言を調べていたらある神父さんが鋭いことを書いていた。

1957年12月26日にシスター・ルチアはフエンテス神父に次のように言って、この話題を詳しく述べました:「神父様、いとも聖なるおとめは私の従兄弟のフランシスコとヤシンタならびに私に何度も、多くの国々が地の表から消えるでしょうと告げられたことを彼らに伝えてください。聖母は、ロシアは、もし私たちがあの可哀相な国民の回心を前もって手にしていないならば、全世界を罰するために神によって選ばれた懲罰の道具となるでしょうとおっしゃいました。」

今日の世界は本当に、「恐ろしい深淵のへりに」いると思われます。シスター・エレナ・アイエロに為された預言的啓示は、ロシア、中国そしてイスラム諸国によって西欧諸国に対して遂行される大戦争が起こるであろうという、聖ヨハネ・ボスコ、福者アンナ・マリア・タイギや他の人々の、それ以前の預言を確証しています。たいていのアメリカ人は地勢学的な状況がまさにどのように危険なものであるかについて何の考えも持っていません。彼らはアメリカ合衆国が世界の唯一の超大国であるという考えをまるごと飲み込んでしまいました。そしてそれゆえに、彼らはアメリカ合衆国が欲するところではどこでもその意志を行使できると信じているのです。

事実世界には唯一の軍事超大国が存在しています。そしてそれはロシアです。ドナルド・マックアルヴァニーは説明しています・「ロシア(「かつての」ソ連)は今なお世界で最大の軍事機構を持っています。すなわち、世界における最大の核ミサイル兵器工場...最大の戦車、装甲車、原子力潜水艦、ICBM,SLBM、そして戦闘機の製造工場を持っています。」

 全世界を征服することが今なおソビエトロシアの意図です。1930年代に、モスクワのレーニン政治戦争のための学校に対するスピーチの中でディミトリー・マヌイルスキーはこう宣言しました。「共産主義と資本主義との間の徹底的な戦争は不可避である。しかし、今日われわれは攻撃するには余りにも弱すぎる。われわれの戦いの日は30年-40年内に来るであろう。しかし最初にわれわれは資本主義諸国を歴史を通じて知られている平和と軍縮の最大の序曲で眠らせるようにしなければならない。そしてそれから、彼らの警戒がなくなったとき、われわれは拳を固めて彼らを打ちのめすであろう。」

 ソビエトロシアはそのとき以来現在にいたるまで変わらずにこの政策に固執してきました。1987年11月、ソビエト首相ミハイル・ゴルバチョフは政治局に対する演説の中でこう述べました:「紳士並びに同志諸君、君たちがこれからの数年間にグラスノスチ、ペレストロイカそして民主主義について聞く全てのことで心配するな。これらは本来表面上の消費である。ソビエト連邦内では、表面上の目的以外にはいかなる重要な内的変化もないであろう。われわれの目的はアメリカ人たちを武装解除し、彼らを眠らせることである。」

 ソビエトの軍事指導者たちは兵法書の著者である孫子の弟子たちです。彼は500 B.C.に次のように書きました。「われわれは退却によって前進する。」退却は能率の上がらない、官僚的なスターリン主義的国家、ソビエトロシアの取り壊し、それを現在のレーニン主義的国家、ソビエトロシアへと再構築することでした。『ファチマ・クルーセイダー』1993年冬号において、私は次のように報告しました。

 ヨーロッパはNATO-EECブロックとワルシャワ・COMECON協定ブロックとの間の戦後の勢力均衡から立ち去っています。ゴルバチョフは両ブロックの解体とヨーロッパの一つの統合された単位への再編成を促進しています。一つの統合された中立的なヨーロッパはソビエト巨人によって支配された小さな諸国の雑多な寄せ集めとなるでしょう。その莫大な資源、人口、軍事をもってして、ソビエト諸国は容易に全ヨーロッパの主人公となるでしょう。ロシアにおける新しいスローガン「シベリアからイベリアまでを支配すること」を聞いても私は驚きません。

 ソビエト連邦は両ブロックの解体とヨーロッパの一つの統合された単位への再編成を参加の地位を伴ったロシアのNATO同盟への加盟によって達成するという彼らの計画を成し遂げました。このことは、2002年5月28日にローマでソビエトの大統領ウラディミール・プーチンが次のように言った時、まったく公然と宣言されました。「われわれは自分たちを『ソビエト諸国の家』と呼ぶだろう。」プーチンはブレジネフがデタントで促進したことを達成したのです。ブレジネフは30年代にマヌイルスキーによって告知された同じ支配の目的のために「デタント」を促進しました。レオニード・ブレジネフは影響力のある共産党員のあるグループに内々に話していますが、それは1972年に以下のように記録されました。「同志たちよ、われわれを信用せよ。1985年までには、今デタントで達成しつつあることの結果として、われわれはわれわれの目的のほとんどを西ヨーロッパで達成しているであろう。われわれはわれわれの地位を強固なものにしているであろう...そして、諸勢力の相互関係における一つの決定的な変化は、1985年になれば、われわれが必要とする何処ででもわれわれの意志を行使できる程のものとなるであろう。」

 その計画が現実のものとなるためにはブレジネフが予告したよりも長い時間がかかりましたが、しかし、マヌイルスキーによって告知された計画に対するソビエトロシアの指導者たちの変わらない固執は彼らを彼らが望むところではどこでも彼らの意志を行使する地位に置いたのです。ロシア-中国共同軍事計画によって合衆国を征服することが彼らの意図です。2002年2月にドナルド・マックアルヴァニー(Donald McAlvany)はこう報告しました:「ロシアと中国によって行われたアメリカに対する共同軍事作戦の計画はずいぶん前に作成されました。そして1999年にロシア参謀本部の秘密諜報機関本部(Main Intelligence Directorate of the Russian General Staff)の最高の地位にいた離反者であるスタニスラフ・リュネフ(Stanislav Lunev)大佐によって私に語られました。」

 「ロシア-中国共同軍事計画の存在に関して」とマックあるヴァニーは続けています。「リュネフは1991年の彼の離反の前に、モスクワへの最後の訪問の際に、ロシア参謀本部はまだなおアメリカに対する将来の核戦争を戦い、計画することに専心していたと述べました。『核戦争計画はまだ継続中だ』と彼らはリュネフに語りました。しかし、何らかの変化があったでしょう。ロシアの軍は合衆国本土の48州の侵入をフォロウアップする責任をもはや持たないでしょう。ロシア軍は「アラスカとカナダの一部」を占領する責任を持つでしょう。中国軍は48州を占領する責任を負うでしょう。」

 ソビエトロシアの核ミサイル力と赤色中国の巨大な軍事動員数が新枢軸--これはまたモスクワ-北京枢軸とも呼び得るでしょう--の中核を形成する一つの握りしめられた拳へと合体されたのです。リチャード・メイベリー(Richart Maybury)1996年に新枢軸 New Axisという用語を造り出しました。2001年7月に中国-ロシア友好条約を締結し、合衆国に対する彼らの共同の戦略的利害を公に宣言したのはロシアと中国に限定されません。それはまた、合衆国とそのNATO同盟諸国に対する秘密の同盟関係に入った他の多くの国も含んでいます。メイベリーはEarly Warning Reportの2003年2月号の中で、「そのグループは少なくとも12ヶ国から成っている」、それらの中にはイラン、イラク、北朝鮮、シリア、リビア、キューバ等がいると説明しています。

 合衆国政府は新枢軸の存在を知っています。2002年10月10日に、国防省副官のポール・ウォルフォヴィッツ(Paul Wolfowitz)はこう言いました。「ラムズフェルド委員会のわれわれ全員のところに入って来たこと、最大の驚きは、これら悪役たち(新枢軸諸国)のどれだけ多くのものがお互いに助け合っていたか、そしてさらにどれだけ多くの援助がロシアと中国から来ていたかを理解することである。」

 新枢軸は合衆国とその同盟諸国の軍備と軍隊とをひどく消耗させました。合衆国をより小さな枢軸メンバーの諸国との多数の戦争に巻き込むことが新枢軸の計画です:最初はアフガニスタンにおいて、次にイラクにおいて、それからおそらくイランと朝鮮、そしてまたおそらく台湾をめぐる中国との戦争。彼らは私たちの軍事力を過大に展開させ、勢力を使い果たさせることを意図しています。それから、彼らはヨーロッパ諸国と北アメリカに対する大規模電撃戦Blitzkriegで襲撃するでしょう。これは大懲罰のほんの始まりにしか過ぎないでしょう。

 「民は民に、国は国に敵対して立ち上がり、方々に地震があり、飢饉が起こる。これらは悲しみの始まりである。」2003/10/16 三上 茂訳
(ファチマ第三の秘密において啓示された差し迫った大懲罰The Fatima Crusader Issue 73, Spring 2003よりポール・クレイマー神父 B.Ph., S.T.B.,M.Div., S.T.L.(Cand.)より)

2003年の時点でこれだけの分析をされていた・・・

今、この分析通りのことが現実化しようとしている。Y2K問題が回避されたがアメリカの巨額な財政赤字という弱点が残っている。中国は米国債を米FRBに次いで大量保有している。今年7月末時点で1兆2773億ドル(約126兆円)らしい。

強かな超大国中国、ライオンの首に鈴を付けるとは見事だ。

「たいていのアメリカ人は地勢学的な状況がまさにどのように危険なものであるかについて何の考えも持っていません。彼らはアメリカ合衆国が世界の唯一の超大国であるという考えをまるごと飲み込んでしまいました。そしてそれゆえに、彼らはアメリカ合衆国が欲するところではどこでもその意志を行使できると信じているのです。」

果して、その分析通りなのだろうか。

そして抑止力の崩壊した日本国の未来は・・・

ある国を信じ依存しきって油断し、脅威を甘く見ている我が国を憂う。
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2013年08月14日

基本的人権の濫用

ゲームの世界ではよくイージスの盾と言う、魔法や物理攻撃に対して無敵の盾が出てくる。

イージス(Aegis)はギリシア神話でゼウスが着ていた胸甲で、よく無敵の象徴としての呼び名として使われる。

最近大きな犯罪性は無いが、嫌がらせや迷惑行為に困らせられている人々が増えている。被害を受けている側は、良い解決方法がなく困り果てているケースが多い。

困らせている方は意外と気楽だが、困らせられている方は深刻な思いにさいなまれている。

しかしその困らせている悪い奴を退治しようとすると、色々な基本的人権と言うイージスの盾もどきの盾が、どんなに悪い奴をも守護していると言う事を思い知らされる。

あらためて考えてみると、日本国憲法
〔基本的人権〕 第11条 国民は、すべての 基本的人権の享有を妨げら れない。この憲法が国民に 保障する基本的人権は、侵 すことのできない永久の権 利として、現在及び将来の 国民に与へられる。
とある。

しかし、
〔自由及び権利の保持義務 と公共福祉性〕 第12条 この憲法が国民に 保障する自由及び権利は、 国民の不断の努力によつ て、これを保持しなければ ならない。又、国民は、こ れを濫用してはならないの であつて、常に公共の福祉 のためにこれを利用する責 任を負ふ。
(Wikiより)公共の福祉の意味については、争いがある。尚、現行憲法では「公共の福祉に反 する場合」国民の基本的人権(言論・結社・身体の自由等)を制限できるので、 極めて重要である 。

大抵ほとんどの人間が憲法第11条はよく覚えていて、都合よく言い訳に使ったり悪用すらする。それに比べて、忠言耳に痛し的な第12条は語られる事はない。

人は自分にとって都合の悪いことは覚えない。だから第12条の意味を考えようともせず、真摯に受け止めようともしない。

第12条を考え出した者は、人間の本性と言うものをよく分かっていたのだろう・・・

戦前の日本帝国憲法の反省から、自己の人権の自覚促進から始まった国民だったが、モラルと恥の概念が失われた乱世の現在、基本的人権の確立より濫用に目を向けなくてはならない時期にきている。

しかし、今の世に生きながら戦前の悪夢に取り憑かれている者たちがいて、物事の本質を見失っている。

国家統制と国家秩序の保護、自由社会と無秩序社会を間違えてはならない。

弱い者のふりをしているものの人権保護より、人権侵害被害を受けている本当に弱い者を保護しなくてはならない。
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平和主義という逃避 2

戦争とは、武力による国家間の闘争と辞典にはあり、闘争とは、たたかい争うこととある。

第二次世界大戦後も世界中では、武力を使用する闘争は起きている。闘争の動機は様々だが、領土問題が多い。

太古から世界大戦級になると、大抵、帝国主義による他国家の吸収を目的とされていた。

ただ何度も言うが、天からミサイルなどの武器が自国の領土を侵犯して来た事が確認され、そのまま何の防衛手段を行わなかった場合、国民に重大な被害が出ることが明白になった時、日本国は一体何が出来るのか・・・

と言うところから始める事になっている。

素直に考えてテロを含む、武力行使の組織も動機も多様化してしまっている現代では、それは、自分たちは正しいと思い込んでいる世界の非常識であり、完全な大国依存の偽善思想の持ち主だと思われているだろう。

世界に対しては、平和主義を貫く世間知らず、自国民に対しては、国民の生命と安全を守りきれるという国家の責務の確約を放置し続けていると言う事になる。

武力行使から国民を守るのと、他者の人権を侵害することは全く違うといことに気がつかないふりは、世界には通用しない。

その上、今まで幸運に支えられてきたために、余計にそれに甘んじてきてしまった。

でも・・・

ある日、ただ通過しただけと言い訳出来ない真の恐怖に見舞われ、緊急地震速報が出たときの何百倍もの驚きと恐れにおののき、何をしていいのか無策のまま、立ち尽くす時・・・

自分たちの誇りに思ってきた平和主義が、もう世界では無効力であった事を思い知らされるのだろうか。
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2013年06月27日

平和主義という逃避

日本国憲法前文に
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の 関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであ つて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼し て、われらの安全と生存を保持しようと決意し た。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫 と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる 国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思 ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と 欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有 することを確認する。(国立国会図書館HPより)

とあり、世界平和は人々の願いだが・・・

その反面、世界中の大国は軍事力の拡大を続け、強大な軍事力を保持し続けているのが現実だ。

領土問題などで国家間で揉めると、その解決には軍事力が行使され、武力紛争が世界中のどこかで起きている。

戦後から現在の所、日本国は大きな事態には巻き込まれてはいないが、最近になってちょっと気になってきた事が・・・

2000年11月2日、米国の大手ネット掲示板に、ハンドルネームをタイムトラベラー0、名をジョン・タイター(John Titor)と名乗る男性が書き込みを行い、全米で一時話題となった。彼は自分を1998年生まれで、2036年からやってきたタイムトラベラーだとを自称していたが、5ヶ月後には、任務が完了したために未来に戻ると言って姿を消した。

その間に彼は掲示板で人々からの質問に答え、タイムマシンの原理や構造、自分の居た時代と歴史について詳しく述べている。そのために、到着した時点の2000年から自分の現存していた2036年までの間の事実を予言したと思われているが、ただ単に、起きた事象を伝えていたという事らしい。

彼が述べたとされている未来の中に、日本の事が出ていた部分があった。

◉2000年、2000年問題によって災害や混乱が起き、アメリカでの内戦の火種になる。
◉2005年、アメリカが内戦状態になる。
◉2015年、ロシア連邦が、アメリカでの反乱部隊の援助という名目でアメリカに核爆弾を投下。核戦争となり、第三次世界大戦へと発展。その後、アメリカの外交権麻痺に乗じて、中華人民共和国が覇権主義を強化。台湾、日本、韓国を強引に併合する。後に オーストラリアが中国を撃退するが、ロシアの攻撃により半壊滅状態になる。ヨーロッパ諸国もロシアによりほぼ壊滅するもアメリカが撃退し、ロシア連邦が崩壊する。(wiki「ジョンタイター」より)

これを始めて読んだ時は、まだ中国は全く資本主義的なシステムを取る気配が全然なく、現在の様に急激な経済発展と強力な軍事力の確立を遂げて、今ではアメリカの国力に迫るまでに急成長するとは微塵も感じられなかった。

今までは、高度な知識をもったシナリオライターが演じた、映画の新しい宣伝手法か何かだろうと思っていた。

しかし最近問題になっている中国のアジア諸国に対する、海上覇権の行使もどきの行動を見ていると、彼の言っていたシナリオが思い出され、現実味を帯びてきている気がしてきた。

彼が言っているシナリオの様に、アメリカの外交権麻痺が起きた時、一体何が起きるのか。日本国の平和は恒久的なもので、現実的には、本当に平和だと言えるのだろうか。

(日本国憲法)
第2章 戦争の放棄

〔戦争の放棄と戦力及び交戦権の否認〕 第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国 際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、 武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解 決する手段としては、永久にこれを放棄する。 2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の 戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。 (国立国会図書館HPより))

他力本願の上での憲法9条の遵守の自負は、現実逃避の何物でもない。
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2012年11月10日

misunderstanding

誤解・・・かってなる見解。

関係性は民法だが行為は刑法の管轄に該当する事象を民
事と解釈する事

いじめを人権侵害ではなく子供同士のコミニュケーショ
ン能力の向上の過程を見ること

教育放棄を自主性の発達を見守ることと錯覚する教育者

教育的指導を心の体罰と判断する保護者

無教育を自主性の尊重と思い込んでいる事

侵略に対する自衛行為を侵略行為と同じ軍事行為と思い
込むこと

未成年者の犯罪行為は対処方法がないと認識している事

民事とは刑法に抵触しないものを言うのであって、当事
者の関係性とは無関係であるという事

子供がやることは犯罪ではないと思っている事

言論の自由というのは自分だけにあって相手には無いと錯覚する事

迷惑行為、家族間の事、子供同士の事は全て、民事だと
解釈させようとする事

子供の心身に危害を加えている事としつけ、またその事
を勘違いして社会も認めている事

愛と自己愛

国債を国家収入のごとく使う事

自分の人権侵害は理解できるのに他者の人権を侵害する
ことを本当に理解できないこと
ets・・・

微かな違いが時間の法則で進んでいくだけだでは、進めば
むほど差は大きくなって行く。

最後に、修正しなくてはいけないのに修正個所はないと思っている事

修正できるのか・・・
そして、誰がやるのか。
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2012年10月16日

抑止力





古き善き時代・・・

人々が恐れるものとして「地震、雷、火事、おやじ」という言葉があった。

今現在は・・・

人の心に「恐れる」という感情自体がなくなってきた・・・という所だろうか。

あちらこちらに発生しだした「小悪者」「極悪非道者」の起こすトラブルが些細なばあい、正しくジャッジしてスッキリと解決する場所や手立が存在しない。大きく法に触れるものは裁判という場あるが、「迷惑」程度のものが達が悪い。

「迷惑」というものであっても、迷惑をかけられている側の人間からすると大きなストレスを感じている事が多い。それが例え裁判ざたになる程ではなくても、ご近所どうしなどの長時間接触しなくてはならない場合など、そのストレスが心の底から解放されることは無いからより深刻になる。

どちらかが引越せばよいのかもしれないが、予算や住宅環境などの立地条件が絡んでしまい、中々行動に移しにくい。

素直に「迷惑」をかけている側の「小悪者」「極悪非道者」などが、非を認めて、その迷惑行為を謝罪し止めればいいが、大抵、決して謝ることも止めることもしない。

じゃぁ、どうすると止めるのだろうか。人がいうことをきかないのは、たぶん罪悪感と怖いものが無い時だろう。心ある者と心無き者が戦う時、やはり強いのは心無き者だからだ。

だからゾンビは強い。怖いもの無き人の姿をした者に立ち向うには、自己はいつでもでsurvival(事故、災害、危機、逆行などを切る抜けて生き残ること)精神を保たなくてはならない。最近は国家単位でもいえるが・・・

価値観、モラル、意識の多様化は、人々の心を混沌とし、日本古来からあった村社会での協調性というものを崩壊させ、治安の悪化を招いている。

いままでは、その個人の中に存在していたモラル意識が小さな悪事の抑止力になっていたが、これからはモラル意識無きゾンビ化した人間が増え続けていく。それに比べ、社会傾向は戦後、戦前の国家体制の反動から抑止力を行使する側=権力を弱体化させようという側の意識が強くはたらいてきた。それが贖罪であり正しいことと信じて・・・

しかし弱体化させすぎていけば、事実上の無法地帯になっていく。無法地帯の究極の形はマンガ「北斗の拳」が描いている社会だ。


必要なことは、不完全ではあっても個人の「人間の思想」ではなく、「法律」に基づく抑止力の行使であり、たとえ、情報過多による人類の価値観の困惑が起きてこようと、法の下の正義の順守をしていくことが大切である。


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2012年06月09日

知恵



 昔、セブンという映画で、映画の内容から七つの大罪という事がクローズアップされた事があった。自分自身もあまりそちらに詳しくなかったので、その言葉を初めて聞いた時、その七つの言葉が、大罪と呼ばれる程の事かと疑問に思ったことを覚えている。

 その一つに「怠惰」=すべきことを怠けてだらしないこと、と言うものがあり、怠惰と言うと、何かしなくてはならない事がある時に、ただ面倒くさいからやーめたと怠ける事で、別に大きく人に迷惑をかけるわけでもないので、なぜそこまで大罪なのだろうかと思ったものだった・・・

 しかし、最近になって年の功なのか、その意味が少しずつ分かってきたような気がする。あちらこちらで国家、公共機関、民間を問わず、組織が滞り上手く国民が望むような運営がされなくなってきている。そして、生活保護の不正受給などの問題では、働けるのに働かない若者など国民の側にも大きな問題が起きだしている。

 それを担当する人員の不足、任務を完全に遂行する事無く問題を放置したままにする公務員、特に公共の組織と民間の組織とのシステムの違いからくる、対応する任務の遂行の緊迫度の違いは、非常に大きくなってきている。

 その違いは、どうして生まれるのか。

 経営側の人事運営を考えるときに、民間の場合はそのシステムが上手く回らないとダイレクトに経営に悪影響を及ぼすために、人員の効率のよい働きが出るようにとシステムを常に工夫している。それに比べて、公共機関の場合は仮に悪影響が出た場合でも民間のように切迫した問題になることはなく、その上、経営側の直接的な責任を問われる事もない。

 本人たちも、厳罰に類似したリストラと言う究極の恐怖もない。
 
 また、昔に比べて人々の心や価値観、プライドなども、現代人は確実に変異してきている。

 昔の人間は比較的モラルややる気、元気などが今の人が空想できないほど持ち得ていた。だから経営側が何も努力や試行錯誤しなくても、何事もうまく行っていた。両者それが当り前だった。

 しかし、現代人はそれらのものが確実に低下してきている。すると何が起きるのか。

 「面倒くさい、やりたくない、何もしない方が確かに楽だ。」といった弱った自分自身を許し続ける思考が大半を占めるようになる。任務の自分、本当の自分、その中で楽をしたいと言う気持ちの方が勝ってくる。一人の人間でそれが起これば、そうたいしたことではないかもしれないが、その数が莫大な者たちに増大すれば国家を揺るがす脅威にもなりかねないだろう。

 今回の東京電力の電気料金の値上げ申請問題でも、巨大な原発事故を起こしお客様に迷惑をかけている状態でかつ人員、資産コストの削減や原材料の仕入れ値削減などの企業努力と言うものを見せずして安易な電気料金を値上げするなどの方策をとるなど、もしこれが独占状態ではない民間企業だったならば、ありえないし、許されないはずだろう。

 脅威が比較的わかりやすいものなら対処しやすいが、「怠惰」と言う人の心を惑わす闇に対処するのは難しい。それを解決するには厳罰や迅速に良い方向に向かう方策など、人間の知恵で解決するしかないだろう。

 しかしやはり、結局は悲しいことに「厳罰」などの恐怖しかないのだろうか・・・
 
 もう、それが起きだしている・・・
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2011年04月01日

名案をさがせ

昔よく、「一本の矢よりも数本の矢の方が折れにくい」という逸話を聴かされた。

今回の原発事故の状態は一企業の対処能力と知識を超えている上、想定外だったということは、適切で効果的な対処方法の策を持っているとは思えない・・・

 TVで原発事故の発生時にアメリカから救援の申し出があったのに断ったらしい・・・

 と、言っていた。

 次々に起きる現象も思いがけない予測不可能な事態で、それを懸命ではあるが手探り状態で対処している様に見える。事態の規模も過去の事例に無い位の、長期的なものになりつつある。と言う事は、世界中の英知と認知していない進化した高度な技術を借りなくてはならない。

 自分たちが思うより、映画のような高度な技術が存在しているかもしれない・・・

 なぜなら本来、競争世界では最新鋭の高度な技術は極秘にしたいのが性だからだ。

確かに普通の事態なら自分達の責任の範囲は自分達で行うが常道だろう。

しかし今回の事態は普通ではない。

もし失敗すれば国家単位の結果を生み出し、その影響は自分達だけのテリトリーで収まらない、国民の生命に係わる重大問題だ。

日本に根付く恥の文化は時として救援要請を躊躇し判断を遅らせ、泣き言を言うのと救援を求める事を間違えば、手遅れにさせてしまう時がある。

いい案は考える人が多い方が思いもかけない名案が見つかる可能性が上がる。それが世界中になれば予期せぬ解決法がみつかるかもしれない。

大切な事は、今回の日本の状態を見て良い策があれば助けたいと思うのが世界共通の人情だろうという事を信じる事である・・・

もうこの原発に起きている状態は救援を求めなくてはならないレベルだ。しかしこの難解な事象に、世界の英知を集結しても解決策があるかすらも分からないが。

人間の英知と実行力が問題を解決出来る事を信じたい。
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2011年03月26日

機能不全内閣 U

 今震災から約二週間が過ぎ、被災地の市区町村からは「政府がいったい何を考えているのか分からない。」という声が上がっていると、TVで言っていた。

 確かに今回の被災地での対処は、正式には市区町村が行う事になっているのかもしれない。

 がしかし、被災地によっては市区町村の行政機能が失われているところや、壊滅している規模が大きすぎて正常な時の行政を行うだけの能力規模しかなくて、市区町村自力では全てに対処しきれない事ぐらい普通は分かるはずだ。

 では、市町区村が被災状態に対応し切れなかったら一体誰がやるべきなのか・・・

 お国の考えを聴きたい。

(ここからは憶測と妄想によるシナリオです)

 えっまさかこの期に及んで、お国の考えは正式の常道の常識の、当ったり前の如くあくまで「地域主導」でしょう・・・って言うんじゃ。

 お国「だって普段から『地域主権』を望んでいたんじゃーないですか。いまこそ本領発揮の時ではないですか市区町村さん・・・。」(お国の勘違いより)

 ではお国の今回の「役目とやるべき事」は結局何なんですか。お教え願いたい。今被災地では次の段階の問題解決と生活回復を望んでいて、脆弱な市区町村に任せていては、先手を打って対処していかないといけない事態がどんどん先延ばしになっていく様に見えますが・・・

 お国「・・・。」「お国の大切な役目は『国民の皆さんとにかく大丈夫、きちんとやっていますから安心して下さい。』って口だけで言い続ける事なんですよ。皆さんが思うほどお国が言うと効果絶大なんですから。」

 他には何かないのですか、ほらどんどん言って下さい。TVを見ているだけでも次に何をするべきかは伝わってきますが。やるべき事は膨大です。

 お国「地方自治に国家が口を挟むのは、我が党の主義に反しますんで、かつ今までそんな事やろうと思った事もない。それから『自主的』って言う事が大好きなんですよ。『誰か=国家権力に何かをやらされてるんじゃなくて自分たちの自由意志によって行動を決定していく、これこそが真の民主主義のあり方なんなんじゃあないですか。」

 だから、放射能汚染の可能性が出ている為の避難指示、避難勧告以外の地域で、放射能の風評被害のために物資やガソリンを届けてもらえず、病人や高齢者を運搬する手段を持たない住民に自主避難をしなさいと平気な顔で言って退けているということなんですか。

 (ここで一口メモ)避難勧告とは、対象地域の土地、建物などに被害が発生する恐れのある場合に住民に対して行われる勧告。避難勧告よりも緊急度が高い災害等の場合、拘束力が強い避難指示が発令され、それらは災害対策基本法60条に基づき、原則市町村長の判断で行われる。

 お国「ええ、民主主義を貫き通すと言う事は国民にとっても茨の道なんだと思っています。」

 民主主義という崇高なる理念は何人をも冒してはならないと、たとえ国民が危機に瀕していてもですか。

 お国「そして・・・。第一、原子力発電所造ったのは私たちじゃないし、防災基準を作ったのも私たちじゃない。」

 お国「全ては永い永い悪政のつけなんじゃあ、ないですか。」

 私たちのせいじゃない・・・と言う新しいタイプの躊躇型無気力機能不全という悪政が始まったのか。
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2011年01月22日

良識派

 改革を行おうとすると、必ず抵抗勢力が抵抗してくる。

 なぜ抵抗するのか。それは大抵、改革が成功し実行されると、自分たちが何か「損」をする事になるからだろう・・・

 そして改革を開始すると、途端に「抗争」が起きる。しかしその抗争は、良い結果を招くかもしれないが、抗争は抗争だ。ゆるりーとした長閑な日常はぶち壊れ、戦いが終結するまで人々に苦痛と憎悪をもたらす。
 
 そして人々は戦いに疲れ、改革は完了できないようだと阿久根市のケースを見てふと思った。

 阿部公房さんの作品に「良識派」というものがある。

 内容は、野生であった鶏が最初はオリに入ることを抵抗していたが、人間の説得により最終的には、自分自身からその中に入っていき、結果として飼われる事になって行ったというもの。

 その過程で、鶏は飼われるという立場は「自由」が失われると拒絶していたが、人間にオリに入って飼われる立場の利点を聞かされ、オリに居れば餌をとらなくてもよく、外敵からも守られ安全で快適な場所であると何か怪しく思いながらも誘惑されてしまう。

 しかしそこで、「賢い仲間」が飼われるという立場の本当の意味は「自分たちが人間の餌になって殺される事」なのではないかと言い出し、みんなは一瞬、人間の言う事を疑い考え直そうとする。

が、その「賢い仲間」に本心を見抜かれた人間は、その者がネコのスパイなのではと、みんなが真実に気が付かないように関心を逸らして誤魔化そうとする。 
 
 そして「賢い仲間」は真実に気が付いた救世主だったのかもしれないのに、みんなからは異端児扱いされ仲間外れになってしまう。

 しかし彼は正しかった・・・

 でも仲間外れになってしまった。

 みんなは国民の事だとすると、真実に気が付かないようにみんなの関心を逸らして誤魔化そうとする者は、一体誰・・・

 誤魔化された挙句、真実を見抜きみんなを正しい方向へ導こうとしている者が見抜けない国民。

 この「良識派」という作品、日本人の特質をよく描いている。

 だからこの国の改革は進まない・・・

 真実を見抜く目を磨け。
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2010年11月10日

EIYUU

 沖縄・尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件の映像が誰でも見れるサイトに流出した事を巡り、その犯人捜しが問題になっていた。

 そして「犯人」を捜し出して、どんなメッセージを訴えようと言うのか・・・

 ではなぜこのビデオに、みんなが注目する事になったのか。

 お国・・・この事件の「処分の仕方」が「怪解決」だったため、こんな明確な証拠となるような存在があるならなぜきちんと「正当な処分」をしなかったと国民に言われるので、絶対に重大機密にしたい「お品」

 国民・・・この事件をきちんと「裁判」で裁いて真実を世界中に「公開」して欲しかったのに、と思っていた念願の一部を果たしてくれた「お品」

 そして流した側の動機は、もしかすると「今一番の旬」だったからかもしれないし、「究極の情報公開」だったかもしれない・・・

 そして、今日第5管区海上保安本部職員が「自分が映像を流出させた」と上司に名乗り出ていることが関係者の話でわかったとのこと。

 と聴いたとき、この件が大きく報道されるにつれ妙な不快感を感じた。こんな事までしないと、今回の事件の全容と真実を世界に訴えられなくなっていたことにだ。

 たとえビデオを流出させた行為者の未熟さや、間違った正義感、逆説的純粋なる魂によるものであったとしても、なぜか胸が痛んだ。

 もともと誰が悪いのか。

 今回の画像流出の件については「映像が見られて良かった」「犯人捜しはすべきではない」と海上保安庁に流出を擁護する意見が、国民から多数寄せられていたらしい。

 ある人は言った「もし海保職員だとすれば、危険な仕事をある意味命がけでやっているので、気持ちはよく分かる」と。

 この行為に至ってしまった行為者と、政府とではこの事件に対する「許せない」という気持ちの強さの差なのだろう。

 身近で本当に現場で命を懸けている者と、権力の座について暗殺などのシュミレーションに近い「命を懸ける」と言う事を自負している安全を護衛されている者との・・・

 日本国は意味不明な未成熟な軍事国家や独裁国家なのではなく歴然とした法治国家であるのに、現代版希少メタルという兵糧攻めにあったにせよ、今回の事件に対する処分は法治国家の行う処遇ではない。

 その時点で日本国は希少メタルは確保出来たが、それと引き換えに、法治国家としての世界的信頼を失った。

 そして、ビデオを流出させた行為者の国家に対する信頼も・・・
 
 彼の行った行為の原動力は、長い歴史により絶対主義下で封殺されてきた人権を獲得していく過程での人々と同じような思いなのだったのではないかと思う。

 尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件の処分への不満が今回の映像流出事件に繋がったのである。

 「国家は関与していない地方検事局独自の判断による」「果てしなく証拠に近い事件発生時の映像はあるが国民には非公開」などの様子を見ていると、やり口が汚くとても卑怯で、現与党である彼らの思考の中には口で言うほど国民の存在はない事が伝わってきて、挙句に民主主義の実行されていなかった冷戦時代の体制下での秘密主義を思い出す・・・

 そして「我こそは不完全な民主主義による強きものの勢力寄りの弱者軽視の自民党独裁政権から、いつか政権を奪い国民の理想の政治を行う」ばりに、「国民の味方」を強調するニュアンスを、野党時代に長きに渡り国会の発言等で巧妙に国民にすり込み続けてきた割には、今回の事件の対応を見ていると、「情報公開・ガラスばりの政治」の実現など自民党時代よりも逆行している。

 歴史上でも権力と言うものは、人を変える。

 昔、チャールズブロンソン主演「狼よさらば」と言う映画を観た。彼は法を破る行為で娘に対する犯罪の加害者に「罰」を与えていき、間違った行為ではあるが次第に市民感情は彼を支持していくと言う内容のものだった。

 今回の事件で、映画の中での主人公のやるせない怒りと冷酷な現実に対して、こちらも抱いた切ない思いを思い出した。
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2010年09月30日

うさぎとかめ 2

 今までよく今の日本を幕末に譬えていたが、最近の世界の中での日本国の様子を見ていると武士が台頭してきて滅んだ平安朝に似ている様に思ってきた。

 1986年12月から1991年2月までの4年3か月(51ヶ月)間のバブル時代が最高潮であるが、戦後も高度経済成長を続け、はっきり言ってブッチギリの右肩上がりの経済状況しか経験してこなかった。

 そのため自分たちの手法を、根本から変える必要に見舞われたことがなかった。

 事実上細々と全てがうまくいっていた。国勢も順風満帆だった。

 だから、日本中の者たちが自分たちのシステムや手法は世界一素晴らしいく優れていると思い、それは確信に変わり、いつしか他者の言うことを見下し自己反省や改革をしない傲慢に変わっていた。

 特に、何をしても職を失わない特権階級の者たちは、国民の公僕である事を故意に忘れ、いつの間にか
“国民”のためによいのではなく自分たちにとって都合のよいものに変える事に変異していた。

 よく「この国は腐っている。」と言うが一体どこが腐っているのか。そしてもし腐っているのなら誰が変えることが出来るのか。

 立法機関である国会か。

 今世界の勢力図、経済の流れ人々の意識の変革などでどんどん「やり方」も変わり続け、追いついて行くにはこちらも変わらなくてはならない。

 自分の国が一番だった頃のやり方は、もう世界中には通用しなくなっている上、資本主義での「力」である「金」も無くなってきたと言えば相手にもされなくなってくる。その中で生き残っていくには知恵が必要だが・・・

 考えた所で無駄だが、なんで世界の優等生だった日本が特にデフレ、少子化、巨額財政赤字などの未解決の難題がテトリスのブロックの様に積み重なっていくのか少し不思議に思っていた。

 そしてそれは、やはりテトリスの下手なプレイヤーの如く単純に処理に手間取っているからなのだろう。

 いつも感心するのだが、何の権力もないが国会よりも遥かに内容に意義のあるTVの討論番組で、某議員が、何かいい事を実行しようとしたら、法律により規制でがんじがらめになって結局断念したと言っていて、何となく日本国が進化し続けている世界の国々の改良化に乗り遅れている理由が分かったような気がしたが・・・

 「7年位前に20〜30万円して買ったパソコンが壊れたので今回5万円のパソコンを買ったのですが、処理も早くサクサクっとしている上、能力も何十倍あがっていて驚きです。」と口コミサイトにあったのを思い出したが、日本は今世界のニーズから見ると、空港や土地の利用料、見た目の法人税、株式上場などコストが高く、法的規制も厳しく、面倒くさくてたこうつく商売には向いていないお国として避けられているのでは・・・

 と、早く気が付いて、早く世界標準、ニーズに合わせよう。ぼゃーーーと、している余裕はない。平安朝のお公家と見張り役だった武士との危機意識と行動力の差に似てきている。
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2010年08月12日

AIKOKUSIN

 自国を尊敬できず、忌み嫌っているふしのある者たちが今、与党として日本国の運営権を持っている。



 戦後、日本はどのような経過があれ、世界でも珍しい平和憲法を持っている。

 戦前と戦後では、極と言えるぐらい違う素晴らしい内容の憲法で、その下に日本国は教育、国家運営がなされている。

 教科書によると、日本国憲法の概略として、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の三つが基本原則といわれている。そして、特に平和主義とは憲法9条で、戦力の不保持、交戦権の否認を定めているとある。

 特に憲法前文は、「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。」とあり、この理念を遂行していくことを誓っている。

 教育もこの理念に基づき行われてきた・・・

 しかし、現与党の、この憲法の理念に基づいて教育され、この憲法の下で法を遵守している日本国民に対する国民への信頼と尊敬の念には疑いを感じる。

 自国民を信じ、尊敬の念のないものに、国民の幸せと国益を守っていく使命が果たせるとは思えない。

 この崇高で素晴らしい日本国憲法をよく読み直すといい・・・

 そして中学生の公民の教科書をよく読むといい。この理念に基づいた教育が行われている事に、感心する。重い思いを抱きながら我々はこの憲法を遵守して生きている。

 現与党・・・

 戦後の日本国憲法下の日本国をきちんと再評価せず、その国民の心を信じない者たち。

 自分達こそ・・・教科書に、日本国憲法は国の“最高法規”であり、上位のほうになるほど強い効力を持ち、下位の法が上位の法に反するときは無効となる。ゆえに、憲法に反する法律や命令はすべて無効になる。と、ある事を真剣に勉強し直し、現在の日本国民の心を認識せよ。

 どれだけ平和を願う国民になり、世界の中でも自信がある。かえって反核、反戦の使者になるべきだと考えている。

 今の与党・・・

 広島公園に送られている日本中の子供たちが平和を願って折った千羽鶴を見るといい。

 あなたたちこそ、日本国憲法の崇高な理念と、国民の平和への願い、人権尊重の精神が何も分かっていない。

 世界平和は、お互いを慈しみ、信じる心から始まる。憎しみを持っている者を愛することは出来ない。お互いの憎しみが争いを生み、理念ではなく流動的な感情と言うものを持つ人を信じる事こそが独裁を生む。

 自分たちから国民を、信じよう・・・

 今の与党・・・

 日本国民を信じ尊敬していないのに国政を握り、覇者となって何がしのだろうか、疑問だ。そのような心は笑っていても伝わる。
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2010年07月09日

日本国の未来

 最近になって感じること

 弱肉強食の世界ジャングルで、心根が優しく、他者を傷つけれない相手の気持ちを考える動物がいたとするなら・・・

 その種は生き残れずに、“絶滅”する。



 アホウドリの名の由来は、和名では人間が接近しても地表での動きが緩怠で、捕殺が容易だったことに由来するとされている。1887年から羽毛採取が始まり、1933年に鳥島、1936年に聟島列島が禁猟区に指定されるまで乱獲は続けられたと言う。

 アホウドリは一度絶滅したと思われていた。でも、生き残っていた。

 世界社会をジャングルだとし、日本国民は何に気が付き、どのように生き、考えるべきなのか。

 自民党がやったエコポイントの経済効果がよかったらしい。過去に日本国の資産を狙っている巨大なハゲワシから命懸けで日本国を守った人もいるらしい。

 日本を本当に愛している者たちは・・・

 よく見ていると・・・偽か果てまた本物か。

 日本国がここまで危機状態になったには、理由がある。
 
 どんな崇高な大義名分による行動でも、そのことにより、人の悲しみが起きる行動は正しいわけはない。

 人の幸せは自由と平等に保障される事に気が付かぬ者が、うたう幸福は真の幸福を悟っているとは言えず、幸福を願うと言う事も欲望のひとつであると悟ることが出来て初めて何事にもとらわれない真の幸福の追求が出来る資格が得られるのかもしれない。

 愛とは、無欲になれる原動力であり、人を完全なる無防備にさせる諸刃の剣でもある。

 ゆえに愛を扱う者ほど、貪欲なのかもしれない。

 貪欲である者と、無欲である者、どちらが勝つか。また生き残れるか。

 愛のためにと言って人を悲しませる時、それは自分のためにほかならず愛と言う言葉の本当の意味を考え直すと何のためなのか、愛と言う名を語っている本当の正体が見えてくる・・・

 のはずだか・・・

 分らない者が居る限り、世界が幸福になる事はないとも言える。

 日本人の分ろうとしない無欲さが、自分たちを苦しめている事に嫌でも気が付くべき時が来ている。

 自国を真に守ろうとしない者たちは、恵まれた孤島の環境にいたアホウドリの姿に似ている。真の敵を見抜けぬ者の行く末は、外からは何も変わっていないように見える家=国家が実はシロアリに巣食われ内部崩壊してしまっている状態と同じように。

 また世界中の基準を理解しようとせず、世界は宇宙のように遠くのかなたに進化し続けても、自分のポイントを考えようとせず、ゆるーりーと、現状安定が楽なのだが・・・

 でも、競争の荒海に出るには、面倒くさい、だからのぺーっと、穏やかに和歌でも詠うていたい・・・か。

 しかし、世界はしたたかに進化し生き残る闘争本能に忠実だ。
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2009年11月08日

おーもしーろやおもしろや

 よく・・・男が浮気をしている時、相手の女がかすかに浮気に感ずき始めた時の女の尋問と証拠収集能力には感心させられる。

 それに比べ、男の方が”ヘタ”な見え透いた苦し紛れの言い訳を、一生懸命すればするほど矛盾点が露呈して「ツッコミ所」満載になってしまう。

 TVで、よく国会よりも細かい論戦が国会議員同士で行われているが、その論戦の中でそれまで饒舌に反論していた与党議員が、身分上は総理ではないが時代劇ぐらい分かり易い実質上の”影の総理”のあの人の事に触れた時や今まで自分たちの主張していたことと実際に行っていることの矛盾点を追求されている時の与党議員の露骨に引きつっている顔が、行動プロファイリングから全てを物語っていて面白いが・・・

 そして特に面白いのは、今回の郵政人事が自民党に言わせると今まで自分たちが定義し続けていた露骨で本丸の正真正銘の「天下り」や「渡り」であるのにもかかわらず、次々苦し紛れの言い訳を繰り返し・・・

 断固として非常に果てしなく似てはいますが・・・物凄く賢くプロ集団である私たちには理解出来るのですが、きっと単純○○な国民の皆さんには、ちと分からないかも知れません。しかし今回のケースは決して「天下り」や「渡り」ではありません。

 分かるかな〜。分かるわけないか・・・でも、もし次回、いつか自民党政権が今回と全く同じことをした場合、自民党がやると「天下り」や「渡り」になります。

 なんでだーーーーー

 いいですか、とにかく自民党さんのやることは、やることなすこと「100%」全て間違っているからですよ。

 とな・・・
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2009年10月07日

自己呪縛政権

 マニフェストとは、選挙で政党候補者が掲げる公約(広辞苑より)とある。

 と言う事は、候補者や政党がしてみたいという構想を、実際に政権を取る前に空想で作ったものともいえる。

 だから実際に政権についてからでないと、そのマニフェストが実現可能な計画だったのかは本当は分からない。

 特に政権交代の場合は、政権を取ったことのない者が政権を取る前に選挙の時点で公約したことなのだからあくまで“やってみたいと思ったこと”に過ぎない。

 子供手当てなど友愛の政治にはとてもお金がかかるらしく、高福祉は高負担を招くというのは素人でも推測できたことだ。

 が、問題は、まだ実際に政権を取ってみてから財源の確保が完了する前に、公約の時点で“支払い額”を決定してしまった事だ。

 そしてもし、実際に政権を取ってみたら現状はとても自分のマニフェストが実行出来る様な状態ではないと分かったとき・・・

 どの様な行動を取るのかが、とても注目される。

 「マニフェストと言うもの自体、選挙に当選する前に作ったものなので現実の国の現状を把握して作ったものではないので完全無欠に実行出来るものではありません・・・。」と国民を説得する。

 マニフェストに少しでも背き、実現できないとき公約違反、約束を破りのレッテルを貼られ国民に見放され、次の選挙では自民党に棚ぼた的政権移譲となってしまうので、自分で批判していた“どんな手段=国債大量発行”をしてでも何がなんでも実行に移す・・・とか。

 アメリカの現状もサブプライム問題の次なる問題として約3、5倍ぐらいの新しい不良債権を抱えているらしく、すぐに景気が浮上する気配はなく、アメリカ頼みの日本も景気が良くなる兆しが無いらしい。

 そうなると国家の予算の元となる税収も減り、当初の財源確保の見込みにくるいが出てきている。

 と言うことは、やはり禁じ手の赤字国債発行に手を出してしまうのだろうか・・・

 だとすると、「私こそは今までの旧政権の手法とは“違い”無駄の垂れ流しをし続け赤字国債を湯水のように発行してきた様な事はしない・・・。」と言う口約束はどうなるのか。
 
 理想や願望の塊であるマニフェストだが、誰しも理想を実現させたいが、大抵予算の壁が実現を不可能にするものだ。

 国家は次世代の国民の状況も考えなくてはならず、現時点ですら国の借金が約860兆円あると言われていて、もしも子供手当てのために未来の子供たちに借金を背負わせていくとすると果たして、未来の国民にとってよい政策なのだろうか。

 はっきり言う・・・赤字国債=借金をして思った事を好き放題実行に移すなら誰にだって簡単なことであり、消費税を上げず、赤字国債に頼らないが付いていたからこそ、意味のあることだったのだ。

 が、しかし毎年自分が言い出した財源無きバラマキの付けが返って国民を苦しめることの無いように・・・と。

 今現在の日本国の財政赤字の様子を見ていると、失敗は許されない崖っぷちの状態であることをそろそろ分かった頃・・・では。 

 何をどうしようと、国民の生活がかかっている景気対策の方がが重大だ。生活すら出来なければ・・・

 そう言えばマニフェストに景気対策はあったっけ。
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2009年09月21日

日本列島改造論

 日本の状態を大雑把にザザザザっとバサバサっと勝手に考えてみると・・・

 今、日本は1950年代頃からの高度経済成長の時に作り上げられたシステムを引きずってほとんど大きくは変更されていない。

 年金問題や社会保障制度はもちろん少子高齢化社会を迎える事などは予測すらされておらず、すべてが破壊された終戦直後のゼロの状態に近い発展する事しかなかった時期に立てられた制度だ。

 だから右肩上がりしか考えられない時で、落下していくのに合わせていく事を知らない時が続いた。

 戦後64年が経ち、第二次世界大戦敗戦の時点から今を現在完了形で見てみると、ほぼバブル経済を頂点としてそこからは日本国という国力は落下の一途をたどる様に今の状態に至っている。

 そして今、その戦後のシステムを放置しつづけ“しょうがない”と放置されていけばその行く末はどうなるのか・・・

 さて、ここからの日本の進むべき道の行く末は・・・

 そしてまた、日本国を船に譬えると舵取りしている者は一体誰か。乗っている人の命の安全を守るという責任を真剣に考え、一番良い航路をきちんと実行しているのか・・・

 政治家なのか、経財人なのか、果てまた国民の民意なのだろうか。

 それか、乗客は気にも留めていなかったが実は誰も舵を取っていない難破船なのか。

 全てに行き詰まり飽和状態を向かえ、日本の世界でのポジションや価値にまで影響が出てきていて、どのような国になりたいのか自分たち自体方向性すら分かっていない。

 産業に空洞化が起こり、日本自体に誰が収益をもたらし国民全体も少子高齢化と不安感で自然に内需が拡大化していく要因もない。

 現政権は国の財政の“無駄”を見つけていくだけで使い方の改善に過ぎず、国家が繁栄し財政の収入が増えていくなどの財政赤字をどう削減し国益を増やして国民全体が景気がよくなり生活が安定することまで考えているのか・・・

 エコより生活していけるのか・・・というところまできている。

 功罪はともかく・・・「日本列島改造論」をWikiから〜日本列島を高速交通網(高速道路、新幹線)で結び、地方の工業化を促進し、過疎と過密や、公害の問題を同時に解決する。イタリアやアメリカ合衆国の例が挙げられており、国土のうち、北部を工業地帯に、南部を農業地帯にすべきである(日本の現状は逆である)という持論が展開されている。これは、田中の出身地と地盤が長岡にあり、長岡が日本の北部に当たるという考え方に起因すると見られる。豪雪地帯の貧困の解消は、田中の悲願であった。〜

 日本はもう先進国という立場を維持できるかすら分からない岐路に立っている。

 まず、貧困を認めなくてはならない。

 “貧困”を大したことではないと思える人たちが国を動かしている・・・のだろう。
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2009年08月12日

誰の味方か

 ほう ほう 蛍こい。

 あっちの水は苦いぞ。こっちの水は甘いぞ。

 と有権者に訴える・・・が。
  
 前総選挙のとき今までやりたくても不可能だった日本の構造改革を進めれば、古き悪き日本の構造や与党をもぶっ壊す・・・

 すると日本国がリフォームされて、よくなる。

 が、しかしだたそれには・・・国民に痛みを伴います。

 痛みを伴う構造改革の果てには・・・きっと・・・きっと・・・

 その果てにはどうなるのか。そう言えばよく聞いていなかった。

 今から思えば・・・確かに構造改革しますとは言った。しかしそれは一体“誰のため”だったのか。

 本当に有権者である国民の為だったのか。

 その後、国民は痛みの果てに“痛みが浮かばれるような何かよいこと”が訪れると信じて待ち望んでいたが改革の結果は、強者は歴然とした強者となり、弱者は真の弱者になったことだった。

 歴史の英知は理念でそれを改善しようとしてきたが、国家のリーダーの“自己責任主義”という一言で“無情こそ得策”と、一瞬で“無責任なわるいやつら”に国家のリーダーがお墨付きをあたえた。 
 
 一度、変異した観念は失われた自然のように元に戻るには歴史的歳月をようするのだろう。

 ホタルが戻って来てくれた川のように・・・ 

 失われた大切なものを新しいリーダーが取り戻すことは可能なのだろか。

 環境を破壊するのはカンタンだが。

 どんなに嘆いても、ホタルが生きていけるような環境とホタルはそう簡単には戻っては来ない。
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2009年07月24日

矛盾

 盾と矛と言う話・・・

 楚の国の人で盾と矛を売る者がいた。
 その人が、
 「私の盾の堅い事といったら、突き通せる物はない。」
 また、
 「私の盾が鋭い事といったら、どんな物でも突き通せない物はない。」と言った。
 ある人が、
 「あなたの矛で、あなたの盾を突き通すとどうなるのかね。」と尋ねた。
 その人は答える事が出来なかった。

 我こそは、国民の望む政治を行える・・・と言い。

 しかし、現状は八方塞で多方面に問題が山積している。

 しかし、我こそがどうにかして変えようと言う。

 でも結果が変わるかは分からない。

 国民にとっての不安を解決出来るようなよい案は言うが、問題は本当に実行に移せるか・・・だが。

 今の日本国は世界でもトップレベルの財政難、少子高齢化などの情勢を抱えていて、それを好転させるには他国自国の知恵や工夫を“躊躇”無く速やかに実行に移していく必要がある。

 ゲームのラストボスを倒す時、不可能に近い強さの敵の対決の準備にはありえないほどの武器、回復薬をこれでもかと持っていき、相手の攻撃のダメージを限りなく回復し対処しながら立ち向かうしかない。

 しかし過去に構造改革の“改革”と言う言葉に魅せられて“改革”は良い事ばかりをもたらすと思い込んでいたらアメリカ型構造改革が日本という人間性・社会性に合うとは限らない。

 “お国柄”国民性に反したものを取り入れてもうまくいくかは分からない。

 よく考えよう・・・
posted by WHO IS I ? at 03:17| Comment(0) | 勝手なる妄言・広大過ぎる話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする