2013年12月17日

たわいない話(今年の漢字)

今年の漢字が12月12日清水寺本堂で発表され、同寺の森清範貫主が揮毫(きごう)した。

今年で19回目となり、全国に設置した応募箱やはがき、インターネットを通じて11月1日から12月5日まで「今年の世相を表す漢字」が募集され、今年は初めて、中国、台湾、ベトナムなどの海外からの応募も受け付けたとのこと。

2013年の「今年の漢字」には「輪」が選ばれた。2020年の東京五輪招致などが多く理由に挙げられた。2位以下は「楽」「倍」などの漢字が続いた。

揮毫を終えた森貫主は「来年も力を合わせて、『平和な輪』のつながりの世界に向けて、努力していこう」と呼びかけた。

このメッセージをぜひ、アジアの国々と緊張を高めようとしている大国にも伝えたいものだが。

そもそも「今年の漢字」は、漢字(日本語漢字)一字を選びその年の世相を表す字であるとして決定、公表される日本漢字能力検定協会のキャンペーンである。1995年(平成7年)に開始し、毎年12月12日の「漢字の日」に発表している。「今年の漢字」を書く森清範貫主の書(直筆書)は、「京都八福庵」という公許取扱処により管理されている。

【逸話】
毎年、森が練習無しのぶっつけ本番で「今年の漢字」を書き、その日の朝に漢検の理事長が茶色の封筒に糊を貼って森のところに持って来る。封筒には親展と書いてある。しかも、中に二重位に紙がしてあって、外からは見えないようにしてある。筆は穂があまり長いと墨が垂れるので書けない、短いと墨持ちが悪いので、墨持ちをさせるために一番真ん中には牛耳毛が入っている。熊野筆で、羊毛を巻いて硬い毛も巻いてある。

どうりで漢字が書かれている時、墨が豊かに延びていた訳だ。気持ちのいい書き心地に見えたのは、そのような工夫がされていたからか・・・

現在では文字をキーで打つ方が多くなってしまったが、確かに筆で字を書くのは難しく、美しく書こうとすると気を引き締めなくてはならない。しいては正しい姿勢が要求される。

そう言えば子供の時の習字の教科書に、書くときの姿勢や手さばきの注意点がのった写真があったぐらいだ。そのうえ昔は、墨汁は掟破りで、硯できちんと墨をすらされていた。

たまには、このゆるみきった精神を澄ませるために写経でもしようと思ったが、墨汁が無い、筆も硯も無い、和紙もお手本も無い。それを全て用意するところから始め、最後に道具の片づけをするところまでを空想してみた・・・

そもそも自我に根性というものが無くなっていた。
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2013年06月05日

たわいない話(一反木綿)

ここの所、湿度が高く蒸し暑いので、少し涼しい気分にでもなろうと"都市伝説集"のサイトを見ていたら、"一反木綿目撃例"がのっていた。

確かに蒸し暑いと、一反木綿の様な妖怪を見てみたい気がする。所で、一反木綿(いったんもめん)とは、鹿児島県肝属郡高山町(現・肝付町)に伝わる妖怪。伝承地では「いったんもんめ」「いったんもんめん」とも呼ばれるらしい。

地元出身の教育者・野村伝四と民俗学者の柳田國男との共著による『大隈肝属郡方言集』にあるもので、約一反(長さ約10.6メートル、幅約30センチメートル)の木綿のようなものが夕暮れ時にヒラヒラと飛んで、人を襲うものとされる。
首に巻きついたり顔を覆ったりして窒息死させるともいい、巻かれた反物のような状態でくるくる回りながら素早く飛来し、人を体に巻き込んで空へ飛び去ってしまうともいうとの事・・・(wikiより)

一反木綿と聞くと思い浮かべるのは、やはりゲゲゲの鬼太郎に出でくる姿だろう。当たり前だが、それしか全体像を見た事がない。それにしても今まで、鬼太郎の友達だと思い込んでいたので、人間を助けてくれるイメージがあっったが、実はそんな恐ろしい妖怪だったとは・・・

一反木綿について詳しく知りたいと思った事がなかったが、見間違いの様な気がするが、そんな妖怪の目撃例が現代でもあるのには驚いた。

第一、現代の日常生活においては、一反の真っ白な木綿の布などは周りには無いが、その代わりに白いバスタオルぐらいはあるので、妖怪の素材も変化したものになりそうだ。

伝説では、ある男が夜に家路を急いでいたところ、白い布が飛んで来て首に巻きつき、脇差しで布を切りつけたところ、布は消え、男の手には血が残っていたという話もあるらしい・・・

これからは、急な妖怪の襲撃に備え、白いバスタオルが背後に無いか、少し気にしなくてはならないかもしれない。

ただ何故、白い木綿の布が魂が宿ってまで、人間を襲ってくるのか・・・

勝手なる想像と答えの出ない探求の結果、きっと、太古から人々によって木綿が雑巾やふんどしにされているからだと感じた。自分がそうでも、その様な事をするだろうと思う。

優しく大人しい木綿も、流石に自分たちの立場を許せなくなったのだろうか。

そうとも思ってみたが、ただ単に、まだふんどしが主な下着だった時代、洗濯物として干されていた物が風で飛んで、あちらこちらで、はぐれふんどしが宙を舞っている姿だと思われる。
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2011年06月09日

喉元過ぎれば熱さ忘るる

国会は唯一の立法機関であるが、どんなに必要でどんなに素晴らしい法律であっても、国会で可決されなければ施行する事は出来ない。

と言う事で今、震災後の復興をする為には、多くの法律が必要であり、可決を待ち続けている。

震災から約三ヶ月・・・

震災復興への様々な対応が、思っているよりも進まず困窮状態が続き、それが硬直化してきているとの事。

原発事故の処理も、完全な解決への目処も中々出来ず、そのため、段々と今何が起きているのか聴く人すらも居なくなろうとしてきている。

震災復興の順調な様子を聞けると良いが、復興を願っても一行に進まない様子に、どうして良いのか分からないという諦め気持ちに変わりつつある。

一時的には、内閣不信任案提出、大連立構想の実行を匂わせたりと、少しは物事が動き出し現状が打開してくれるのではと、ちと期待はして見たが予想どうりの、元の停止状態に戻ってしまった。

あの時は国民の中では自民党の長期政権に嫌気がさし、薄々憧れ続けていた二大政党政治の実現でも見てみたいという願望もあって、その結果政権交代が起きたが、衆参ねじれと言う副産物も発生してしまった。平時であれば、まったりゆるりと国家の論戦でも楽しみ、我が国の明治維新時の政治の先進国入りに似た高揚感でも得られただろうが・・・

日本の場合、想像よりも二大政党による浄化作用はあまり無く、意地の張り合いによる政治の硬直化が起きただけで、明治維新時に無理矢理洋装で鹿鳴館で踊る事での先進国感をアピールしていた様な、ぎこちない結果になってしまった。 

噂では総理が震災直後に「東日本は壊滅する」と言ったそうだが、千年に一度と言われる震災後の様子に、みんなは恐怖のどん底に陥れられたような気がした。

しかし、その時は・・・

 特に法律を作れる権限を持つ国会議員たちは、TVで見た被災地の瓦礫がまだ何も片付いていなくて、魚が腐った様な刺激臭がツンとくる異様な臭いに包まれ、夏に向けて蚊やハエなどが大量発生し網戸も無く、夜も寝付けない様な日々を送る中での厳しい環境で日常生活もままならない被災者の方々のような生活をしている訳でもないので、早く法律を可決する必要があると頭では分かっているのだが、政局の駆け引きがうまく行かないうちは、法律を可決する事を政争の具に使おうと言う事も計算に入れて考えてしまう・・・

 と言った事が現実なのだろう。

 もし、空想の世界で架空の法案だが、法律を可決する権限のあるもの達も、復興を解決する日まで被災者の方々と同じ生活をしなければならないと言う法律がきまり、共に同じ生活をし始めれば、明日にでも問題はすぐに解決するのだろうか。

被災者の方々は震災後から、大変な目に合い続けている。今回の問題が長引いている理由は、問題を解決できる権限のあるものが「喉元過ぎて熱さなど忘れた」からなのではないか。
 
幾ら国会の答弁などで被災地を思いやっているような事を言っても、やはり直接的に災いが降りかかっていない者側の無意識なお気楽さが完全に捨て切れずに、生き死にが切迫してる様を空想している者と切迫している方たちとの相違が国会を見ていて実感した。

自分が教科書に載りたいと言う野望に特化して微笑えめる総理こそ、お気楽の究極体と言えよう。
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2011年06月03日

たわいない話(平家物語 〜木曽の最期〜)

 最期の引き際という今回の政局の混乱を見て、平家物語の「木曽の最期」という下りを思い出した。

 これは大将である木曽義仲が源氏に追い詰められ、残る味方の兵が五人になり、ほぼ最期の時を迎えようとしていた時の様子を描いている。現代の人が理解しようとしてもきっと理解し尽くせないと思うが、義仲の家臣である今井が心配するのは、大将が名も無き下級武士に恩首がもしや打ち取られるのではという事だった。

 当時の武将にとって、特に大将たる者の首が簡単に打ち取られてしまうという事は、それは末代まで語られる程の恥であるということなのだそうだ。

 それを防ぐ為に今井は大将に「どうか、見事に自害なさいますように」と一心に勧め続けた。その為に、親方様を先に逃がし、先に馬を走らせ、今井が後で義仲を追うという事になった。

 その時、ふと今井の様子が気になり気を反らした瞬間に、馬が沼にはまってしまい、敵の下級武士らに首を打ち取られてしまった。後を追って来た今井はその事を知り、敵陣の中に歩み出ると、「者ども見ておれ。これが東国一の猛き者の自害の手本であるぞ!」と言って、見事な最期を遂げたという下りがあった・・・

という様に、某与党のリーダーの元での、震災復興や原発に対する対応が思いのほか後手に回っているのを心の底では分かっているのに、それが進まない事を無念に思っている同胞の議員達・・・

 部下達の方が余程国民の憂を感じ、心配している姿が垣間見られた。

 本当に国民の行く末を案じている国家元首ならば、自分がリーダーの地位に留まる事によって、国政が停滞するということが分かっていれば、この様な時に解散総選挙をやるとか小賢しい手を使って、党内を分裂させてしまうような事はやりたくても出来ないはずなのだが・・・

 潔さというものは、個が内に持っているもので、大将とか家臣という身分的位置は関係無い事が分かる。当人の魂にあるという事なのだろうか。
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2011年04月06日

お花見

暖かくなると桜の花が咲くが、それでも夜は花冷えと言われるように寒い日が多い・・・

 一輪が大きい花もいいが、桜の花のように集まりの壮大さを楽しむ花は花見も行事になる。  

 今年は、お花見が自粛される傾向があるらしい。

 確かにその様な気持ちもある・・・

しかし、自粛は経済の面では残念な事にマイナスになってしまう。長期的に被災地域を支える為には、支える側の地域だけでも経済活動を維持し、もっと景気をよくしたい位のところだが・・・

 日本の経済活動にとっては、これから先、電力不足などの障壁が起きる事が予想されている。

 それでもなるべく経済活動を活発にする事こそが、見守る側の役目だと言う事らしい。

 だから、お花見や花火大会なども支えたいと言う心で迎える事の方が、実際は何かの役に立って行くのかもしれない。

 今回の事で、昔の事を思うと確かに随分と日常生活は便利になっていた。昔は自力で行っていた事も、どんどん楽な方に変えてきた。

 洗濯も洗濯板とタライでやっていた時期もあり、圧倒的に己の体力を使っていた。

 しかし、やはり人は分かってはいるが、楽で便利な事に惹かれていく。よく近未来を描いた映画での生活を見ると、あんな日が来ると楽しく良い事だとばかり憧れていが、それが進めば進む程ライフラインが切断された時の痛手は深くなるとも言えた。

心を馳せると、江戸の人々の生活はどの様なものだったかと考えてみても、それをいざやれるかというと、現代人の自分は長期的にはやれないになってしまっている。

 早く日常を取り戻してほしいと願いながら、経済力を支えていこうと思っている。







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2010年12月29日

寅から卯へ

 今年、一年を表す漢字は「暑」だった。そういえば、十一月に入ってからも、一日の最高気温が二十度だったりと、夏の暑さを引きずっていた。

 その暖かさは異常で、とうとう地球温暖化が本性を現してきたかと思ったが、十二月に入りクリスマスが過ぎた頃からは本格的な寒さがやってきて、かえって安心した。

 最近は、一年を振り返ってもあまり目新しい変化も無く、お国自体も生き詰まっている。だから、みんなが一年を振り返って漢字一字にしてみたら、ただ何も思い浮かばず、ただ漠然と猛暑によるすさまじい暑さだけが心に残っていたのだろう。

 昔は、お正月を迎えるという事は、おせち料理を手作りしたり、元旦の朝には家族みんなで着物を着たり、すごい人は美容院で日本髪を結ってもらったりと、今思うと嘘のような結構一大行事だった。

 何かわくわくして厳粛な気持ちがしたものだった。

 いつもと同じ日の出なのだが「初日の出」だけは特別なものとして、前の日から真剣に早起きをして必ず見てみようかと試みるが、大抵起きることが出来ず見ることはなかったが。

 なぜ、初日の出を見たり初夢の内容にこだわっていたのかは不思議だが、今は深夜の感覚が薄らいだように一年の終わりと始まりという感覚もあまりなくなってしまった。

 それでも、無理やり大掃除をしてみたり、お正月の準備をしなくてはと思いながらも、億劫が先に来てしまう。

 今年は、寅年だったが毎年本当の動物による「干支」のバトンタッチだが、巨大な寅からウサギにバトンタッチされるシーンは想像するだけで面白そうだ・・・

 という事で、自分の中での「お正月」はミカンと鏡餅とお雑煮を見て、お正月が来たんだなと思うぐらいで『新年を迎え、元旦の計』なども現実が厳しくロマンチックな気持ち薄くなってしまった。

 その内、年賀状に「こたつにミカン」の絵を書いても、何の絵だか分からない子供たちが増えるだろう(予言)




おこた


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2010年09月04日

たわいない話(妖怪大戦争(1968年)

 現与党が政権をとってから約一年・・・

 「国民の生活が一番」などと自分たちはいつでも庶民の味方というイメージだけはとても良いが、その実際は、言いかけちゃー言いっぱなし、やりかけちゃーやりっぱなしだと、八つ場ダム・基地移設問題などの住人が「あれから来もしないし、何も言ってこないでほうりっぱなしだ。」とTVで実態が明かされていた・・・

 ここまでの政治のやり方を見ていると、「お口が先行して実伴わず」と言うのが彼らのパターンだと分かってきた。その上、旧政権=自民党がこの国をここまで酷いことにしたと言っているその時に中枢に居て、今は居ないから「そんなの無関係」的態度をとっている者の姿に感心し、ピンチの時の上手な立ち回りとして見習わなくてはと変な意味で心の帳面にに留め置いてはいるが・・・

 と、物凄く強大な敵に立ち向かう弱い者達の事を思ったら、なぜか古い時代の映画妖怪大戦争のラストシーンが思い出された。

 妖怪大戦争と言うと、2005年製のものもあるけれど今回は1968年製の古い方・・・

 最近では実写と見間違えるぐらいの素晴らしいCG映像ばかりを見慣れているので、今どきの人々は「何じゃこの映像は」と逆に驚くと思うけど、この時代にしては精一杯のこってこっての特殊メイクによって作られた妖怪たちがキモかわいく愛嬌があって妙によかった。

 それに比べて最強の敵吸血妖怪ダイモンは、今見てもおぞましい風貌で、日本妖怪と同じ妖怪類とは思えない怖いやつだった。このダイモンはある遺跡に封じ込められていたが、墓荒らし達の発掘によって4000年の眠りから目覚め、人間対プレデターの戦いぐらい何でかよく分からんが、このダイモンはなぜか日本に飛んできた。

 ダイモンは不気味な威圧感があり強そうだったが、本当に凄まじく強かった。

 それに比べて日本の妖怪たちは、体も小さく持っている技も可愛いものばかりで、ほとんどが驚かすというだけの優しい生き物たちだった。

 傘お化け、かっぱ、提灯お化け、天狗、油すまし・・・

 その力の差は、雲泥の差だった。

 そこでスターウォーズのヨーダの原点かもしれない日本妖怪「油すまし」が発起人となり、日本の妖怪たちを全国から集め、たった一匹のダイモンとの戦いに悪戦苦闘する。

 日本妖怪たちの、ダメージを与えられているのかすらよく分からない攻撃の積み重ねが功を奏して、さすがのダイモンも去っていく。勝った日本妖怪たちはみんな嬉しそうに夜明けと共に行列を組んで帰っていく・・・

 山と川しかなく、資源の無い日本が世界と戦っていく姿に思えた。

 アメリカ好きな総理が「自己責任」と言う言葉で、お国中の行き詰まっていた責任を取る側に、責任を取ることを放棄する事のよい言い訳を与え、今まで罪悪感があった無責任を肯定し、日本国のあらゆる秩序を崩壊させた。

 彼は普段の生き方も一匹狼だったと言うことらしく人間関係の面倒くささが嫌いだったのだろう。日本を西洋的な思想に基づく文化や社会にしようとしたのだろうか。

 弱い者は自己責任で自分だけでやれと言われ、「不可能で出来ない」という事と「甘え」と履き違われるようになり、「助ける事は良くない」と言う価値観が蔓延し弱い者たちは孤立した。日本は、お互いの絆を大切にし、「弱気を助け強気を挫き」という心根の文化だったが、強い者だけが生き残りしいては弱い者は自分のマイナス要因と見なす心根に変化した。

 弱い者たちを切り捨てることは、楽で簡単だ。そして責任と助ける事は重く、利益と対立する。

 弱い者が居ない、優しいものが居ない、そして受け入れない、気の置けない社会。日本人のDMAには合っていないと思えるが、壊れた世界を戻すには歳月と熱意が要る。

 彼は弱いものにならなくいい人生を送っていて、自分の政策により日本中の人々が「失ったもの」に気が付く事もきっと無いだろうが・・・
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2010年05月19日

SAGA 2

 昔、携帯ゲーム機のゲームボーイのソフトにSAGA2という物がありよくやっていた。

 ロールプレイング形式のそのゲームは、ダンジョンと呼ばれる1ステージにゲームの要求する条件とボスを倒すと次のステージに進めるという仕組みになっている。

 そのダンジョンの一つに”ビーナスの街”という所があった。その街のボスはもちろん美の女神ビーナスで街も美しく洗練されていた。

 しかし問題は、美しいものしか認めないそんな街だった。

 あらゆる意味での”美しくないもの”は、この街では存在を認められないので美しい街に見えたのだろう。

 今の行き詰まり閉塞した社会感を思う時、このビーナスの街が頭をよぎる。美しくない物、者、しいては自己をも受け入れられない余裕なき社会。

 美しくないものを切り捨てる事は楽だが、切り捨てられない者は苦しい。

 生物はいづれ老いを迎えるが、ビーナスは不老長寿なのだろう。

 最近の与党の言動をみていると、間違いや問題を起こした自己を決して認めないというか怖くて認められないというか、自己を正当化する為なら見え透いた言い訳、嘘に近い言い逃れを繰り返し謝る事が出来ない。

 彼らの政治手法をみていると、口から出る言葉は美しく人を信じさせる能力は抜群だが、行動をみると。

 誠意がなく意外といい加減、詳しく調べないで根拠なく言い切る、人の言うことを聴かない、やっている途中に解決が難航してきていい結果が得られそうになく自分が格好よくないと逆切れするは・・・

 政治と子育てには、忍耐がいる。選挙のため=しいては自分の為だから、無責任な国民に口当たりのいいマニフェストを作って、いざ選挙に勝ってみると実現不可能に近い夢物語であることが分かり・・・

 浦島太郎の玉手箱を開けた的状況に国民が陥り、政治不信を通り越し政治不能にさえなってきている。一応やっているフリはしているが、危ない。

 政治主導とか格好付けてはいたが、実際は国が機能不全に陥っているらしく自分たちのことで一杯で国を動かし切れていないし第一、思ったことを言うことすら許されない人たちに政治は出来ない。

 今の日本国の行き詰まった問題山積した状況の、舵取りを任せるには、ちと、まずい。

 この局面に、政治の初任者研修はやめてほしい。

 国が本当に、滅ぶ。今の日本国は酸性雨に長年曝されたコンクリート建造物と似た状態に似て、意外と脆い。かも。
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2010年02月16日

夢十夜 第二夜

 若かった頃は冬はロマンチックな気持ちがして好きだったが、最近は寒いのは・・・ちと・・・

 自分の中で、まだ読んでいない夢十夜の残りの内容が気になり少しずつ読んでいる。

 実は十夜の中で最初に読んだのは第一夜だったが、その内容はとても幻想的でロマンチックに感じたので心惹かれ興味を持ったが、結構怖いものも多いようだ。

 と言うことで、今回は第二夜を読んでみたらこの回こそ寒さが沁みてくるようなものだった。あまり寒々しい時期に読むものではない。

 日本は気候的に夏は蒸し暑いので、昔から体の芯から寒々しくなりたいのか怪談話や妖怪の絵などが多いが、第一夜のイメージに比べてこの二夜はそれの仲間のようで驚いた。

 読んだ後に深い怖さが心に残り、登場人物である和尚さんが妖怪や物の怪ではない“人間”であるが、それ以上に恐ろしい存在であるように思えてきて面白い。

 人間の心の中や境地の違いを別の登場人物である若い御家人と対比する事で、お互いに超能力者ではないかぎり分からない事になっている人間の心というもの闇の深さを実感したような気持ちになり、鮮明な恐怖心が沸いてくる。

 和尚さんの言動から、人間と言うものの真の怖さがジンワリときて、きつーーーとなってくる。

 第一夜で登場する、女性とのたった一言の約束を百年も待ち続けた“お人よしのユルキャラ主人公”に比べて、二夜に登場する和尚さんの人間性の究極のシビアさがトラウマになりそうだ。

 また今まで“無の境地”というものをあまり深く考えた事はなく、自分の解釈としては心の修行の一つかと思っていたが、この二夜を読んでいて何事も極めすぎるのは危険な事であると感じた・・・

 “無の境地”をそうとったかと言うことで、さすが漱石先生というところ。
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2010年02月10日

和歌の心

 カラスは曇っていて寒い日は大人しい・・・ 

 よく外国人の方々の日本文化に対する感想を聞いていると今まで気づかなかった日本文化の良さが伝わってきて、自分の中で見直すときがある。

 一応日本人である自分は日本文化にあまり興味を持った事もないのに、「おぬし、そこまで日本文化に惚れておるのか。」と呟きたくなる。

 自分は今まで、日本の古典文化などは教科書で触れれるぐらいで、小難しい面倒くさいものとして何の興味もなかったが、年の功なのだろうか改めて少し見直してみようと思う事がある。

 そして全く関心がなかったものの一つが「和歌」で、基本は五七五七七の三十一音で構成されていて、いろいろな表現技法を使って巧みに歌を詠う。

 本当に短い定型詩の中に、その時の心境や四季折々の自然の風景や状況などが表わされていて、最近になってその面白さに少し気が付いた。なかなか和歌は英語で表すことは難しいそうで、かえって日本語を使わない国の人々が方がその和歌の短い言葉で表している言葉の美しさや巧妙さなどの素晴らしさに惹かれるらしい。

 その心が分かってくると、小さなショート映画のように思えてくるものや一瞬の美しさを撮ったフォト写真のような場面を詠んだものもあり、確かに奥が深い。

 感心するのが、短い言葉だけあれば表現できる所でとても安上がりであるが、しかし長い文章を使わないでシンプルなもの程詠うには難しいのかも知れない。


君待つと わが恋ひをれば わが屋戸のすだれ動かし秋の風吹く(額田王)作
 
(訳)あなたのおいでを恋慕ってお待ちしておりました。私の家のすだれを動かして秋の風が吹いてくる。



わたつみの 豊旗雲に 入日さし 今夜の月夜 さやけかりこそ(天智天皇)作

(訳)大海の大きくたなびいた雲に入り日が差すのを見た今夜は月も明るくてってほしいものである。「瀬戸内海の航海中に作った歌と言われている」

 だた解説を読まないとその作者が一体何を言わんとしているかを理解し難いので、ちと面倒くさいが・・・
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2009年11月30日

プライド 2

 今まで某大国の大統領と言うと、巨大な国家権力を持った事実上の世界一の力のある者と思ってきた。

 世界に目を向けると、超大国同士の見えないパワーが張り詰めていて、昔の冷戦時代は露骨に緊張度も高かった。が、近年世界は色々な思想や主義を明確に貫くよりも経済を優先とした混沌とした状態になっている。

 しかし今、経済で古くから資本主義をとってきたアメリカがその自由経済の自由なる暴走の後始末に苦しみ弱体化してきているのだろうか・・・

 今まで歴史的にも景気の乱高下は起き、それを解消するかのように大戦が起きているようにも思えるが。

 今回も某大国はサブプライム問題から経済状態が不安定になり、日本の大企業は今までお客様である需要を日本国内を無視をして国政的にも長年内需拡大ということを軽視して何の手だても策も無く自由経済の自由を言い訳にして放置し、内需拡大という自己努力を怠り景気回復の対策をあまりしないうちに今までは某大国の回復を待って辻褄を合わせてきた。

 が、今回はそうはいかないのだろうか。

 つい最近まで三千年の歴史を待つあの大国に某大国は強い警戒心をあからさまにしていたのに、今回あの某大国の大統領は事実上頭を下げ弱音のようなことを言ったらしい。

 あのプライドの高い某大国が、世界中が注目する中大統領がそこまでのことをするとはただ事ではないのかと妙に少し心配になった。某大国の弱体化は回復の術が何も無いのかと詮索してしまう。

 ただの大統領の平和外交たるパーソナリティーによるものならいいが・・・

 「親亀こけけたらみなこけた」状態が続いているので国民に内需拡大を頼んでも・・・政権交代のたびに、政策がコロコロ簡単に変えられてしまうと今回で学んだ国民は、偶然今与党になっている者にどんな良いことを言われても、八ッ場ダムの住民のように国を信じても裏切られるので、安心して内需拡大もしないのかもしれない。
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2008年12月26日

たわいない話(サザエさん)

TV 凍てつく夜に雲ひとつ無く星がとてもきれいだ・・・夜

 昔から・・・休みの日に疲れ果てて何もしたくない時、よくサザエさんの古い漫画本を一日中ぼけーっとひたすら読み続ける時がある。

 サザエさんはTVで動画アニメとしてやっている超長寿番組だが、実は原作は4コマ漫画だ。
 
 そしてサザエさんたちが生きている時代に存在していた、のんびりとした心に触れると、なぜかいつも何か張り詰めているような気持ちが緩んでホットしたような気分になれる。

 ある一話に・・・家

 高級なペルシャ猫がサザエさん一家の家に迷いこんで来たので、その猫はきっとお腹が減っているだろうと思って。

 サザエさんたちは家で飼っている猫のタマにあげるようなエサをあげるが、そのペルシャ猫は見向きもしない。猫

 たぶん空想では・・・昭和の頃の猫のエサはかつを節に残った冷ご飯っていうところかな。

 それでも、そのペルシャ猫が見向きもしなかったので困り果てたサザエさんたちは、今度は人間の食べるものをあげようと、当時にしては高級品だった“卵”を使っ卵焼きを作ってあげる事にする・・・

 すると・・・

 やはり、ペルシャ猫はぷいっとそっぽを向いてまったく見向きもせず、つんとすました様子のままだった。

 そこへ・・・

 サザエさんの夫のマスオさんが帰ってきて。ビール

 台所にあった卵焼きを見て、今日は卵焼きか・・・と大喜びで鼻歌を歌って去っていく。

 と・・・

 昔はあまり格差をまったく気にしてはいなかった自分だが・・・

 最近、よくこの一話を思い出し・・・

 真の格差とは・・・総理の様子を見ていて、理解すら出来ない人々がいる事なんだとか思ってしまう。夜

See you again !
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2008年08月01日

たわいない話(星新一)

 空はここのところ、午後になると曇り続け・・・夕立が多い。小雨

 TVで、“星新一”の作品集を見た。

 星新一・・・一時、はまってよく読んでいた。

 一話一話が短編で読みやすく、その時はとても面白く思えて夢中だった。CD

 そんな作品の事すっかり忘れていた。

 当時は携帯もインターネットもまだ無い時代で、その時の感覚では楽しく感じたのを思い出した。
 
 でも今読むと、どうだろうか・・・
 
 とてもあり得ない奇妙なストーリーが多く、オチも飽きさせない。この話のカタチを“ショートショート”とか言っていた。

 この形態のはしりは、夏目漱石の“夢十夜”という所・・・なのだろうか。ビール

 番組では、作品は1000話を超えていると言っていたが、そんなにネタが続いていたとは・・・すごい。

 彼が描いた奇妙で不思議な世界観は、異次元空間から人間の心理の裏側など、現代のゲームや映画ぐらいテーマが多種多様で広い・・・ように思えたが。

 と言いながらあんだけ読んだけど、今となってみると、“これは”と、ハッキリと覚えている話は少なくほとんど忘れてしまっている・・・

 また、久しぶりに読んでみたくなった。三日月

See you again !
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2008年07月22日

たわいない話(夏休み)

 まだ、セミは鳴いていない。クリスマス

 暑すぎて苦しいぐらいの中・・・

 ふっーーと、子供だった頃の夏休みの時の楽しかった気持ちが頭をよぎった。

 一瞬・・・ホットして気分がとても楽になったような気がした。

 何をして、どこで遊ぼうか・・・それだけを思いっきり考えて、本当に楽しかった。サッカー

 今の子供たちは外で遊ぶというよりも、家の部屋の中だけで何をしようか・・・という状態になってしまっているのだろうか。

 自由にメッチャクッチャ危険を顧みず危ない事をしてみたり、将来の事を考えず何も計算せずに思いっきり行動してみたり・・・なんて事、今の子供たちは出来ないように大人たちに教育されていて。

 幼い時から・・・失敗は許されない生き方を、望まれていて。家

 心の底から自我を開放できる場も時もない。

 だから・・・人生が楽しいものと思い込んでいる“純真無垢なこども”でいられる時期が少なく、人生は忍耐しかないと早くから悟らされていては。

 10代で、翁のような人生の見切り方をしてしまうのも・・・無理はないのかもしれない。ー(長音記号1)

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2008年07月02日

たわいない話(ゲゲゲの鬼太郎)

 梅雨の合間の晴天のときに草木を見ると、緑がひとまわり大きく茂っているように思える。

 一人で家にいるのに、天井から意味不明な“音”がする時に・・・

 なんだろう・・・と一瞬考える。足

 すると・・・いつもの様に。

 “ゲゲゲの鬼太郎”のある1話を思い出す。

 ある少年が、自分のマンションに多くの妖怪たちが出入りしているのを目撃したので、驚いてたぶん手紙で鬼太郎に相談する。

 ところで話は飛ぶが、どうやって子供たちがいつも手紙を鬼太郎に届けているのか、ずーーと気にはなっているが・・・

 鬼太郎や目玉おやじたちがその少年のマンションに行ってみると、マンションをあっちこっち調べるが何の異常も見つからず、とてもマンションのどこかに妖怪たちがいるようには見えなかった。眼鏡

 途中の詳細は忘れたが・・・

 しかし・・・あんな事やこんな事があったすえ妖怪たちが正体を現すと、ある階の0.5階に妖怪ダルマが部屋を造っていて普通の人間には見えない“階”があった。その中には最強の敵“ぬらりひょん”も確かいたような。人影

 と、きっと鬼太郎たちが勝利して妖怪たちも退散して話は終わる・・・

 今でも・・・何か大きな理解不可能な“音”が上でするたびに、もしや妖怪が部屋を造っていて、見えない“階”が存在しているのではと。

 一瞬・・・一人かすかに、空想し続けている。夜

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2008年06月12日

ささやかな名言(宮沢賢治)

 梅雨時は一日中雨が降ったり止んだりを繰り返すので・・・出かける時に格好に困る。

 生きてきて・・・人はエネルギーがあり満足に満ちている時は、意外と何も感じていないものだが。

 体力、気力、ある意味の消耗を感じるようになってくると・・・多くの事をそれこそ“身”の感じてくる。

 そして、真に身にこたえてくるものだ・・・

 そして、本心たるや・・・何ぞや。

 でも・・・単純明快に脳裏に浮かぶのは教科書にあったこの詩。

アメニモマケズ   著作者: 宮沢賢治 / 底本: 不明
原文
雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイゝトイヒ
北ニケンクワヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ
(以下の部分は諸説あり)

   南無無邊行菩薩
  南無上行菩薩
 南無多寳如来
南 無 妙 法 蓮 華 経
 南無釈迦牟尼佛
  南無浄行菩薩
   南無安立行菩薩

 いろいろな解釈を抜きに・・・

 自分を許し、自分を認め、自分を励ますのも・・・自分で。

 負けないと決めるのは、最後に自分しかいないという事なのだろうか・・・と迷い続けている。

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2008年05月27日

たわいない話(ゲーム編)

 去年TVでブラジルの予言者が、今年の夏はものすごい記録的な猛暑になると言っていたような・・・確かに今から暑い。

 久しぶりにゲームネタで・・・バースデー

 今まで細々とTVゲームをやってきて・・・新しい機種が出るたびに、“どれだけ映像の質が良くなったか”と言う事を自分はひたすら期待してきた。

 夢は・・・やはり実写に近い映像になることだ。

 80年代にでたファミコンのすごろくの駒のような人間の形ですら、TVゲームというものが初めてだったのでその当時にしてはとても楽しかった。

 そして、TVゲームの小さい歴史は続き・・・

 プレステション2の終わり頃のゲームソフトも、映像的にはだいぶ綺麗になっていたが。眼鏡

 今の時点での最新の機種はプレステション3・・・インターネットとつながりオンラインゲームも楽しめる。
 
 同じゲームやっていてもインターネットとつながるようになってから、自分が操作する主人公のほかの登場人物たちも人間が操作しているので、コンピューターが作り出す登場人物の同じ動きのような感じとは違い、人間のように自由な動きをしておもしろい。

 体験版オンラインゲームをやってみた・・・ 

 すると・・・画面の映像の出来が、映画のDVDを見ているぐらいとても綺麗になっていて、自分たちが操作する主人公の姿も本当の人間に近くなっていた。

 とうとう・・・理想に近づいてきた。ハートたち(複数ハート)

 ゲーム上の人間の姿や動きに、違和感がないほどで・・・

 うれしいが・・・バーチャルと現実の区別が脳の中で付かなくなると、困る内容も・・・

 時として、危険だ。人影

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2008年04月15日

たわいない話(アニメ編)

 夜・・・窓を開けていると風が冷たくて、気持ちよい。夜

 疲れてぼーっと、してたら・・・

 前から、かすかに気になっていた子供ころに見た天才バカボンのある1話を思い出した。

 天才バカボンというと、いつもギャグなどの面白系の内容ばかりかと思っていたら・・・その話は奇妙で怪談話のような内容だったので、妙に心に残っていた。

 題名は思い出せないが、内容はたしか・・・ネタばれあり。

 ある日バカボンのパパが、ばか田大学の後輩の家に遊びに行くと、その後輩の最初のあいさつは声と手だけだった。

 その後・・・後輩の家の中に通されるが不思議な事に、遊ぶ時も他の家族と食事をする時も、襖や家具などの陰から手だけしか出してくれず、いつまでたっても家族みんなは決して手と話し声だけしかしてくれなかった。ビール

 気が付いていなかったバカボンのパパも、だんだん変に思ってきて・・・どうしても本人たちの姿を見たくなって、必死になって家の中を追っかける。

 しかし・・・絶対に“手”以外の全身の姿を見せてはくれない。

 最後まで家族全員の手だけしか見れなかったバカボンのパパは、自分の家に帰ってそのことをみんなに話してふにおちない様子でいると・・・

 遊びに行った次の日の朝・・・パパが新聞を見ると、その後輩の家が火事になり、焼け後から見つかったのが家族の手だけだったと書いてあった。そして、その家族の真実を知る。

 その奇妙な“おち”がちょっぴり気味がわるかったので、心に変な余韻が残った。

 むかし終わってしまったアニメだが、もう一度見たい・・・と、ずーと思ってきた。

 みんなに話すと・・・

 「へーー、気味悪いね。」と、言われ、ずーーとたわいないネタ話にしてきた。三日月

 いつもその事自体すっかりと忘れ続け、たまたまサイトで調べたら・・・つい最近、やっとそれが“元祖天才バカボンの142話”の“ショートギャグでコニャニャチハ5”という事が分かり・・・

 今度見てみようかと、思っている。

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2008年01月09日

たわいない話(雪やこんこん)

 初雪が降ったが、ほとんど雨の様だったので雪は全く積もらなかった・・・

 しかし・・・この地域でも三十年ぐらい前は大抵一冬に2〜3回は雪が積もったものだった。雪

 もっともっと古い時子供の頃を思い返してみると、十一月に入ると約十センチぐらいの霜柱が出来ていて。

 朝学校に行く時にはわざとそれを踏みつけて、ザクザクと言う感触を楽しんでいた。

 クリスマス頃になると毎年ものすごい雪が積もり、自動車の通る道ですら雪が残っているぐらいだった。

 必ず雪がつもった翌日は、授業をつぶして1〜2時間全校で雪合戦の時間にしてくれたものだった。

 雪ボールを作って思いっきり人に当てるのは面白い・・・やっぱり好きな人にも雪ボールを必ず当てに言ったものだ。黒ハート

 それが今、とうとう雪どころか十二月の半ばに十九度になったり、このまま毎年ずっと冬に雪が降らなくなったら・・・霧

 昔、赤道周辺の国の人たちが確か雪を一度も見た事も触ったりした事も無いと言っていたのをTVの番組で見た事があるが、その内にこの辺で育った子供達もいずれそうなるのではないかと最近は思っている。

 雪やこんこんの歌の猫のように・・・猫

 最近ではこたつで丸くなる方がよくなってしまった。

 そして・・・暖かいところに居られることに感謝するようになった。
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