2013年10月26日

エクソシスト2

最近、高齢者を狙う 「母さん助けて詐 欺」など、良心の呵責すら存在しない者たちによる犯罪の増加がみてとれるようになってきた。

そんな中、昔 観た映画の「エクソシスト2」を思い出いだした。

この映画を観た当時は、悪の象徴としてイナゴが多く出るてくるが、イナゴの集団はとてつもない数で作物を食い尽くしてしまうため、そんなに困っているなら、佃煮にしてみんなで食べてしまえばいいのにと思ったっけ・・・

ネタバレ注意・・・

エクソシストから
イラクでメリン神父は、悪霊 パズズの像を発見す る。それは、十年前にアフリカで彼と死闘を交えた悪魔だった。パズズのターゲットは、映画の撮影のためワシントン に滞在して いた女優のクリスの一人娘であるリーガンだった。彼女は娘の異変に気付きはじめ、その声と形 相は怪異なものに豹変、荒々しい言動は日を追って激しくなり、ついには医者か らも見放される。

友人のバーク監督がクリス宅で殺害される事件が発 生し、キンダーマン警部補が捜査に乗り出す。娘が悪霊に取り憑かれ たと思ったクリスは、カラス神父に悪魔払いを依頼する。

悪魔憑きに否定的なカ ラス神父はリーガン自身からの救済のメッ セージを発見すると、悪魔払いの儀式を決意、大司教に許可を依頼す る。主任には、悪魔払いの経験があるメリン神父が選ばれた。そして二人の神父 は、壮絶な戦いに挑 む・・・

エクソシスト2より
ジ ョージタウンの事件から4年後、フィリップ・ラモント神父は師であったラン カスター・メリン神父の悪魔払いの調査をバチカンより依頼される。ラモント はリーガンの主治医ジーン・タスキン博士に許可を得て調査を行うが、博士の発 明した催眠術装置によりリーガンの中に再び悪霊パズズが浸食しようとしてい るのを発見する。

ラモントは、かつてメリン神父に悪魔払いで助けられたアフ リカの少年コクモが成長し、パズズの力を凌駕するビジョンを見る。リーガンを 救う方法を授かる為、ラモントはコクモに会うためにアフリカに向かう・・・

リーガンを救う鍵にな ると考えたコクモは、成長しイナゴを研究をしていた。イナゴというのは集団で行動し、物凄い数で作物を根こそぎ食い荒らしてしまう為に新種 のイナゴの開発をしていた。

イナゴの起こす悪の連鎖を断ち切るために”良いイナゴ”を開発して、イナゴの悪を無くすことが目的で、映画の中ではイナゴは悪の象徴として描いている。

相手がイナゴなので当たり前だが、良心の呵責もなけれ善悪の理屈も通用しない。その上、集団で悪の限りをし尽くす。

そんなイナゴの集団の中に良いイナゴを増やしていき、最後には集団自体を良い方向に導いていこうという思想は、人間社会での宗教の役割と同じであると言いたいのだろうか。

同じく人を導くという意味で、教育があるが、善意の行動のふりをするまでは教えることは出来て も、良心を持ち得る人間にまで育てることは難しい。
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2012年01月20日

映画 動乱






1980年公開の日本映画。昭和の出来事である五・一五事件から二・二六事件までの動乱の時代に生きた寡黙な青年将校とその妻との愛を描いたもので、第一部「海峡を渡る 愛」、第二部「雪降り止まず」の二部構成になっている。

 作品内容としては、主人公が主に二・二六事件に関って行くいきさつが中心で、ある意味では恋愛ものとも言える。

 映画の主題はノンフィクションだが、よく出来たフィクションのような映画だ。

 主人公の恋愛感や思想感を観ていると、今時の人には重すぎるほど重く、映画の表現にも時の流れを感じさせられた。

 高倉健演じる主人公宮城啓介大尉が隊長をつとめる、仙台連隊の初年兵溝口が、姉の薫が貧しさから千円で芸者に売られること知り、脱走したところから始まる。そして吉永小百合演じるその姉の薫が、宮城大尉の将来の妻となるその人だった。

 その二人の恋の行方は・・・

 歴史上の人物には二度と会えないので真の心情は永遠の謎だが、本編の解釈では、この事変は戦前の昭和恐慌の最中、貧困に苦しむ民衆とは乖離した軍や政治家の腐敗を正し、昭和維新と言う志を実現しようとした青年将校たちの決起によるものとしている。

 彼の恋の行方も心持も、現代人にはなかなか真似できそうにない世界観が、非現実の究極を呈していて胸に応えてくる。

 自己に封印された懐かしい何かが。

 そして彼らは思う。「このままでは日本は滅びる。」

 この言葉を聴いた時、今現実的な世界不況の中、日本もデフレ経財を好転できないでいる経済状況を抱え、少子高齢化と不況に基づく国家財政の建て直しに行き詰っている。

 別の意味で現実の日本社会も、危険な状態だ・・・

 あの時に比べてイデオロギーや人としての法的な権利は整ったといえるが、モラルや正常な心の崩壊なども同時に始まってきている。人々のモラルの低下は、ある意味で日常生活でも臨戦態勢で臨む必要がいずれ出てこようととしているが・・・

 涙が枯れても、人生に負けない気骨だけは持ち続けたい、と自分に言い聞かせている.
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2011年09月05日

ザ・ライト -エクソシストの真実

ザ・ライト -エクソシストの真実を観た。ネタバレ注意・・・

この映画は、アメリカの神学生マイケル(コリン・オドノヒュー)が、卒業を間近に控え、信仰を見失っている自分を認め、司祭になる道を捨てようしていた。しかし、マイケルの才能を信じる恩師に引き止められ、バチカンのエクソシスト養成講座を受ける事になりローマに渡る。そこでマイケルは、異端だが“一流のエクソシスト”だと讃えられるルーカス神父(アンソニー・ホプキンス)の悪魔祓いを手伝うことになり、奇異な体験をしていくというもの。

この映画の宣伝によって、バチカンにはエクソシスト養成講座が存在し、実はエクソシストとは、バチカン公認の正式な職業であったという事が世界に明かされて、驚きが広がった。また「これは真実である」と言われると、とても観たくなったが、「エクソシスト」と聞くと、凄まじく恐ろしかった映画エクソシストを思い出す。

信仰の道に進もうとする者自体が、心に深い疑いの念を持っているという設定が面白い。次第にマイケルが、目の前で起き続ける理解し難い現実により、信仰心に変化が起きていく経過は、この映画を観ている者まで同じような思いにさせようとしているような気がしてくる。

人はどうしても科学で解明しないと気が済まない所があるが、酸素も目に見えず触れられないが存在しているらしいので、人間の五感で認知出来ないからといって存在しないとは言い切れないので、凄まじい力を持つ悪魔と対決するエクソシストになるにはとても勇気がいりそうだ。

そして一番驚いたのは、経験豊富で強者と思っていたルーカス神父自体が、悪魔に取り憑かれてしまうことで、エクソシスト自身さえも油断できない危険性があるという事だ。やはり敵が悪魔となると、簡単にはいかないのだろう。

バチカンでの研修を終えてアメリカに帰るマイケルに、ルーカス神父が「私も若い時は、お前と同じだった」と言う。

一見、迷いがなく高潔なように見えたルーカス神父だが、実際は迷い、怖れながらエクソシストをしているということを聴いて、何故かこちらまでもが安心した気がした・・・

現にエクソシストである神父たる自分自身が、悪魔に取り憑かれてしまったという、本当なら隠したい真実を公開した事は、逆に真剣に真実と向き合ってきたという自信があるからこそ出来たと言える。

本国の政治に対しても、今回の原発事故やその後の対応にも同じ事を求めたいが・・・

最後のシーンで、結局、彼は信仰の道に進んだとなっているので、彼にとってローマでの体験は信仰を開眼させたものだったのだろうか。

アメリカに帰宅後ローマの友人から彼に届いたメモに、

Keeping a light on the truth, (常に真実に光を照らし続けて下さい)とあった。

この映画を観て、多くの困難に触れると人の心は迷うが、たとえどんなに迷おうとも、どんなに絶望しようとも、闇に取り込まれることなく光の側にい続けなさいと言う言葉にも感じた。
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2010年03月13日

アカデミー賞

 今年の第82回アカデミー大賞授賞式が行われた。

 作品賞は今年から10作品がノミネートされるようになり選ばれた作品を見ると作品のタイプも増えたようで面白くなったように見えたが・・・

 その中でも注目されていた2作品は「ハート・ロッカー」と「アバター」だったが、その10作品の中に「第九地区」と言う作品が入っていたが、さすがに10個も作品を選ばなくてはいけないので、大雑把になっているのではないかと思った。

 そもそもアカデミー賞の趣旨自体アカデミーの歴史があまりにも古くて、よく分からなくなってきている上に考えた事もなかったが、一体どのような意味での優秀賞なのかも曖昧だ。

 毎年アカデミー最優秀が選ばれてみると、「えっ、それ。」と不思議に思う事も多い。まあ基準すらも不透明でよく分からない・・・

 TVで、最近ではわざわざ映画館に行くという観客数が減ってきている中、最新の映画技術である3Dを使っている映画は3Dが体験出来るという付加価値によって映画館での観客数が増えるのではと期待が高まっていると言っていた。

 確かに、映画を見ようと思えばわざわざ映画館に行かなくても高画質のブルーレイディスクなどのDVDで家でも鑑賞できるので、必ずしも映画館で映画を見たいと思わなくなってきている。そこで、3Dという技術は観客に映画館に来てもらうための救世主になるかもしれない。

 そういう意味では、ジェームズ・キャメロン監督の「アバター」は大掛かりな3D映画ということで、莫大な予算と時間と手間をたっぷりとかけて制作されたらしい。

 その上、制作に賭けた予算は話題性もあり回収できたそうなので大満足だろう。

 それに比べて、アカデミー賞受賞作の「ハート・ロッカー」は「アバター」とは対照的で、作られたようなストーリー性よりもドキュメントタッチを重視した作品らしい。

 しかし、と言うことは低予算、地味、よくあるようなありふれたストーリーになりやすく面白みはないとも言える。

 ただはっきり言うと、社会派の題材を取上げて問題を投げかけたいようだが、結果が読めてしまい、いい子ちゃんぶった作品にお決まりのように受賞させるアカデミー自体もお決まりの展開になってきていて、分かり易過ぎて飽きてきたが。

 まあさすがに「アバター」は内容は面白いかどうかは別として、綺麗な3Dの映像と先が読みにくいと言う意味でのわくわく感を体験する事が出来る。

 やはり3Dと言う技術は、CHANGEという意味では久しぶりの大きい変革になりそうだ・・・が。

 今回のアカデミーの最優秀賞の選び方を見ると、アカデミーこそ在り来たりの価値観を植えつけ続けているようで、進化した多角的な価値観を提案していくべきだと思う。
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2010年03月06日

パラノーマル・アクティビティ(Paranormal Activity)

 TVでこの映画はものすごい低予算で作成されたにもかかわらず口コミで面白いと、全米で話題沸騰になったと言っていた・・・

 その上とっても怖いと言うことなので、ぜひ見てみたいと楽しみにしていた。




 最初、見ていると確かに全体的に派手な特撮は何もなく本当にそんなに怖いのかと疑っていた。TVで紹介されているシーンを見る限りでも、あまり面白いようには思わなかったが、見ているうちに内容に引き込まれ確かに少し怖さが増してきた。

 ただ制作秘話を聴いて、撮影された家が友人か自分の自宅で撮っていたり、精一杯に予算を極限状態まで削ったという事など、急に我に帰って覚めた気持ちがしたが・・・

 まだ特撮の技術がなかった頃のヒッチコックのホラー映画のように撮影の仕方のみで怖がらせる方法なので、全体的に懐かしい感じと地味な感じが漂っている。


 ただ、しいて言えばやはり表現は素人っぽく、学園祭のお化け屋敷のような単純な怖がらせ方が多い。しかし最近はコンピュータグラフィックスなどの技術が高くなり派手な特撮を見慣れていたが、そういうものの中では、古典的な怖がらせ方の割にはなかなかシナリオが効いていて、面白かったと言うところだった。

 実際は作り話だが、確かにもし実話であればこのような感じになるのかも知れないというある意味での臨場感があり、怖さが残った。

 かえって単純に身近で本当に起きそうな気分がしてきて、一人で家にいるとき思い出して怖くなるような気がしないでもない。
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2010年02月06日

ターミネーター4

 映画ターミネーターは1を観てから大好きなシリーズだったので、今回4が久しぶりに製作されたので楽しみにしていた。

 毎回、ターミネーター自体が進化するので今回はどんな新しい型が登場するのかと期待していたが・・・

 ただ監督がマックGと聞いて、何か不吉な予感がしていた。彼はどちらかと言うと軽いのりの娯楽的な作風なのでターミネターを違うものにしてしまいそうに思えた。

 CMでは電線より巨大なターミネーターが出きて楽しみだったが、今作を観終わってみるとバイク型、うみへび型ターミネーターなどが出てきて、監督はもはやトランスフォーマと勘違いしているのではと思えてきた。

 自分の中ではやはり3が一番面白かったが、4では主人公のジョンコナーよりも謎の登場人物マーカス・ライトの方が人間的に魅力があり目立っていて、ジョン・コナー役のクリスチャン・ベールがお人形のようで存在感に欠けていて今までのシリーズとはタイプが違う。

 新しいターミネーターなどの目玉が無く、内容も観ていて分かりにくく過去の作品の寄せ集め的な感じだ。圧倒的にターミネーターが弱く、無敵な殺人マシーンと言う恐怖感もなくゾンビ程度の怖さになっていて、ターミネーターの存在意味がなくなってしまっている。

 衣装も第二次世界大戦当時のナチス軍のような、ありえないコスチュームなど昔懐かしい戦争映画のようになってしまいワクワク感に欠けている。

 アメリカでも全米では『ナイト ミュージアム2』に1位を奪われ、初登場2位に留まったらしく、もうターミネーターと言うネタの限界がきているのだろう。

 それとも、監督の表現力のせいか。
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2009年07月03日

映画1408号室

 題名からは内容がいまひとつ読めなかった上に、題名の字が少し怖そうなので見てみようと思った。

 久し振りに古典的な感じの映画で、家の中でお化け屋敷に行ったような気分にさせてくれて微妙に面白かった。

 ここからネタバレ注意・・・

 オカルト作家マイク・エンズリンが“呪われた部屋”の取材のためにホテル側の拒絶を無視してその部屋に泊まらせてもらう事になり恐怖が始まる。

 オープニングからサミュエル・L・ジャクソン演じるホテルの支配人が、まるで日本の怪談を話す講談師のように前振りとして効果的に怖がらせてくれて、観客もその気になってくる。

 そしてホテルの支配人は彼にこう言い続ける。”あの部屋には決して泊まらないで下さい’

 ただ原作がスティーヴン・キングと聞いて、彼の作品はオカルト的なものも多く意味不明で先が読めないところが楽しみなのだが、残念なのがオチが意味不明過ぎてイマイチになりがちなのがちょっと気になるが・・・

 よく見ると、TVゲームのサイレントヒル4にヒントを得ているような気もするが再現のようでとてもよく出来ている。

 確かに一人でホテルに泊まる時など深夜になると妙に風呂場の辺りなどの水周り付近が気味悪く感じる時がある。

 その後次々と、TVで見た怖い話の古ネタが勝手に頭をよぎり・・・居たたまれなくなる怖さに包まれる。

 この映画は生々しいスプラッターのような気味悪さではなく、あまりにも綺麗すぎて最後には怖くなくなってきて遊園地のようなのりになってしまっている所が米映画らしいが、ちょっとした納涼だった・・・ 

 夏が近づき、ふと子供の時に見た古い日本の怪談映画を思い出したが、それにしても心に染み渡る凍りつくような怖さだった・・・っけ。

 そっちは思い出しただけでも怖い。
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2009年04月22日

映画コンドル(1975)

 いつものように・・・昔見た記憶のある古い映画の印象的なワンシーンが心に残っていて頭に浮かぶのだが、全然題名が思い出せない映画がある。

 だからと言ってどうでもいいのだが、思い出してスッキリとしたい衝動にかられた・・・

 と・・・今回はロバー ト・レッド・フォードが主演だった事と当時にしてはとても印象に残ったシナリオから調べてみると、“コンドル(1975)”と言う映画らしいと分かった。

 あの時にしては面白かった記憶がある。

 ネタバレ注意。

 主人公ターナーが自分の職場のアメリカ文学史協会に出社するとマシン・ガンでスタッフ全員が皆殺しにされていた。ターナーは公衆電話から自分のコードネーム“コンドル"を名乗りCIA(アメリカ中央情報局)のパニック・センターを呼んだ。

 このアメリカ文学史協会とは実はCIAの秘密情報機関で、ターナーの任務は別名“読み屋"と呼ばれる任務で世界中から収集されたミステリー関係の小説・雑誌類を解読しコンピューターに入れることであった。 
 その後彼は次々に刺客に襲われ絶対絶命状態に追い込まれる。

 自分の同僚、所属している組織など周りに存在しているすべての人の誰が命を狙っているのか分からず、社会からも自分自身の存在が抹殺されて闇に葬られる恐怖が描かれている。

 しかし闇に葬られないために彼が命を懸けて信じたものが・・・

 黒幕にターナーは事件の一部始終をニューヨーク・タイムスに知らせたことを告げ、それは突然恐ろしい事件の渦中にほうり込まれ、仲間を失い、巨大な見えざる敵との闘いに追い込まれたターナーのCIAに対するせめてもの抵抗だったとこの映画は終わる。

 あの映画から約34年後の現在では分からない感覚だ。

 今もそうかは分からないが、巨悪に個が戦いを挑む時マスコミは巨悪に乗っ取られていない聖域として共に陰謀などを社会に晒してくれる唯一の正義の味方だ・・・と人々が信じていた時代の話だ。

 マスコミと言う組織に存在していた“言論の自由”を“どの様な力”にも侵させないという責務と信念が、ある時代までは目に見えない“魂”と言う形で存在していた。

 この映画ではCIAや政府組織などですら巨大なチカラによって事件の真相は闇に葬られてしまうのに、マスコミだけは巨大なチカラも及べない究極の聖域かのように描かれている。

 そしてそれは民主主義国家の証のようで、あの時代にこの映画見た時はこちらも純真なる心に強く響いたものだった。

 しかし今見たら・・・

 この事は新聞に載ることはきっと無い。永遠にこの事件の真相は闇に葬られることだろう。

 と言うところ・・・か。
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2009年03月27日

映画ダークナイト

 映画ダークナイトを見た・・・

 ネタばれに注意。

 この映画を見る前はいつものアメコミのヒーローものと思っていたら、ストーリーがうまく出来すぎた他のヒーロー痛快ものとはちょっと違っていた。

 見ていてバットマンの真意を理解していないと、微妙にバットマンが何をしたいのかよく分からない。

 別に比べる何の必要も無いが・・・

 映画ダイハードのジョンマクレーン刑事は敵と戦う必要があると思ったら、その場で例え武器を持っていない無防備状態でも戦い続け、裸足になっても決して諦めない。

 それに比べて物凄いSFばりの対ミサイル使用のようなバットマンスーツを着ているはずのバットマンはとてつもなく弱い・・・
 
 それだけの装備を着けていても自分の行動を迷い続け、中途半端な攻撃しかしないので今回の敵であるジョーカーを追い詰めては逃がしてしまい、被害者の数が増え続けていく。

 ジョーカーにどどめを差せるチャンスが来ても彼はひるみ精神力でも負けている。

 なんじゃっ、そりゃ・・・と不思議に思っていたら。

 彼なりに妙なこだわりがあるらしい・・・

 バットマンの行動への疑問で変なストレスが溜まった。

 彼は合法的にジョーカーを捕まえて法で裁きたいという事なのだろうが正義感を重んじるバットマンの方が自分の方法に確信が持てずに迷ってばかりいて、悪の象徴であるジョーカーに実行力精神力共に完全に負けている所は現代社会の象徴なのだろう・・・か。

 苦労人のジョーカーを倒すにはお坊ちゃまバットマンには・・・ちと、無理なのか。バットマンの哀愁漂う後姿のラストに見ているこっちまで不安になった。

See you again !
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2009年03月13日

映画エネミーオブアメリカ

 今日は13日の金曜日。

 最近・・・過去に一度は見たが、その時にはいい加減に見ていてストーリ全体がはっきりとしない古い映画を暇つぶしに見直している。

 そこで・・・映画エネミーオブアメリカを見た。

 面白かったのは覚えていたが、ごちゃごちゃとしていてほとんどストーリーを忘れていた感じだ。

 よくありがちなアメリカの国家機密という名の下に行われる何でもありの行為に、実は個人情報と言うものは国家に完全に管理されている上に新しく可決されそうな法案の危険性を暗黙に訴えている。

 怖いのは自分は個人情報は守られていると思い込んでいてのんびりーーとしていると・・・

 自分に関する全ての情報の中で守られているはずの個人情報が実際は相手がどの位まで知り得る事が可能なのか、今の時代、こちらが把握も出来ないような専門的で高度な技術や方法もあり未知な部分も多い。

 だから・・・自分の個人情報を未知の相手がどこまで握っているのか分からない点に怖さある。

 どの国でも、法案の意味するところをこの映画のように分かり易く描いてくれると、国民の方もその法案が実施された後の利点から危険性まで分かりやすい。

 映画的にはあまりにもオチが完璧に出来すぎていてリアリティーに欠けるが、わっかちゃいるけど飽きさせない。

 主人公は国家規模の防衛システムを駆使できるほどの敵に狙われ命の危険をおびやかすほどの難事件に巻き込まれながら、最後の解決がこれほどにまで上手く行き過ぎるとは、さぞやすごい守護霊がきっと憑いているのだろうと変な意味で関心した。

 そういう所がサービス精神旺盛なアメリカ映画という感じがしてたまにはいいが。

 降って沸いた様な自分には全く無関係な事件に巻き込まれて命をも狙われる程のすごい目に遭っているのに、全くノーダメージそうな主人公のウィルスミスを見ていると・・・

 映画内で起きている事件がさほど大した事ではない様に思えてきて、かえってこの法案の危険性もあまり無い様に逆説的に思えてくる。

 真剣に考えると個人情報が流れるこの時代は、ある意味で恐怖がつきないが。

 軽い気持ちでストレスにしないように・・・

 と、この映画を見終わって感じた。

 日本も他人事ではなく、法案が可決して後になってから“この法案の真の意味する所がこれか”という事も多いのだろう・・・か。

See you again !
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2008年12月10日

映画JFK

 やっと、冬らしくなってきた・・・

 映画JFK・・・カチンコ

 この映画は前にも見たが、説明シーンが長いので今回は録画してゆっくりとよく見直してみようと思った。

 と・・・自分のこの映画の説明も長いかも。

 1991年製、監督オリヴァー・ストーンで主人公のジム・ギャリソン検事役はケヴィン・コスナーだ。

 1963年11月22日、テキサス州ダラスにおいて第35代大統領ジョン・F・ケネディが暗殺された事件について、ニューオリンズ州の地方検事ジム・ギャリソンの著作を土台に製作されている為、検事自身の捜査と追求が中心・・・

 後半では証明できる確かな真相なのかは分からないが、関わっていた組織・人物・実行犯の行動などがとても詳細に描いていて、大雑把に事件の全容が分かってくる。リボン

 とくにクレー・ショー裁判中・・・いつもTVの特番などで紹介されているサブルーター・フィルムとは違う角度から撮られているフィルムが公開されていて、それにはケネディ大統領がオープンカー上で頭部に狙撃を受けた瞬間が写っている。

 この映像があれば、現在の分析力で狙撃された状態位は解析出来ると思うが・・・

 非公開の極秘報告書が公表されるのは2039年という事なので、この時点では真実の犯人説はあくまでも推測という事なのだろうが。

 しかし、映画上に登場している“X”と名乗る大佐(ドナルド・サザーランド)が検事に、事件が軍やFBIやCIAをも巻き込んだクーデターである事など誰も知りえない事件の裏の真相を教えに来る・・・

 きっとこの事件に関わった者全員には絶対なる緘口令がしかれていると思うが、やはり“王さまの耳はロバの耳”の主人公のように歴史的真相は話したいと思う人がいたのかもしれない。バー

 最終的な結論として・・・この映画では事件の動機を、ケネディ大統領の執ろうとしていたCHANGE政策をよく思わない勢力が、ケネディ大統領が行う前に中止させる為に行ったと言う事だった。

 大統領、CANGE・・・と聞くと、黒人大統領誕生という歴史的なCHANGEを実現し、その上政策上のCHAGEを訴えて次期政権で実行しようとしているオバマ次期大統領にも、ケネディ大統領に似た形態の反対勢力や問題などが起きそうな予感もするが。

 噂では・・・911テロ事件もアメリカ側の勢力の関与も言われていて、この事件の起きる前に被害者にならないよう警告の連絡を事前に受けていた人たちがいたとされている。トイレ

 それが事実なら・・・まるで911テロ事件発生を事前に知っていた者たちがアメリカ側にもいたという事になるが。

 意外とアメリカの裏勢力は古典的なのかもしれない・・・夜

See you again !
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2008年11月27日

映画キングダムー見えざる敵

 夜、冷たい雨が降っていた・・・

 ここのところ、忙しく久しぶりに映画キングダムー見えざる敵を見た。

 この映画はサウジアラビアと言う国が舞台で、テロや闇の組織の様子などを描いている・・・

 しかし、この映画がどこまで国の実状に近いのかは分からないが・・・

 世界中どの国へも行ってみたいと思っている夢はあるが、実際に行くとなるといろいろな意味で怖いと思う国は多い。

 ここからはネタバレ注意・・・

 ある日、サウジアラビアにある石油会社の外国人居住区で死傷者が300人以上になった自爆テロ事件が発生する。犠牲者の中に親友のFBI捜査官が含まれていることもあり、主人公のFBI捜査官フルーリーは現地捜査を志願する。穏便な解決を望む両国外交筋とサウジ政府の拒否によって却下されてしまうが、5日間だけの現地捜査が許される。

 映像的にはリアリティーを追及したかったという監督の思いどおりに、見るぶんにはとても迫力がある。

 この国の本当の実情は分からないが、伝わってきたのは国内がテロなどの可能性が高く緊迫し続けている状況と言うことだった。

 空想だが、戦闘地域などは自分には敵意や戦う意志など全く無くても、相手は殺傷武器を持っていていつ戦闘に巻き込まれてしまう可能性があるいう事だ。

 場合によっては命に係わる事態に巻き込まれる。

 人間は生身である以上、シュミレーションの世界とは違い一撃で死んだり負傷してしまう。取り返しはつかない・・・

 戦後の平穏な日本に住み続けていた日本人には、きっとその本当の怖さや実感は理解出来ないと思うが・・・

 しかし近年、世界は日本にも“世界の一員”としての軍事的な部分を含む貢献を求めてきてはいるが、日本の自国の事情と国際基準が求めている態勢との違いなど、問題部分も多い。

 しかしこの映画を見ていたら、本気で相手が殺傷武器を持っていて戦闘を目的としてくる敵がいる地域にいると言う状態がどのようであるか・・・

 もしも自分が本当にその現地に入らなくてはならなくなったら・・・

 映画ですら、戦闘地域の様子を考えさせられた。

 なんだかんだ言って、のぺーーーと日本国内で生活していると、日本の日常の状態から出来うる空想は、せいぜい映画を見て涙する程度にすぎないが・・・

 自分は上下左右何の思想も無くし、“無”の気持ちで思う事は・・・

 へたをすると、むかしむかし元超平和主義者で“戦争は見ざる言わざる聞かざる認めず”の一点張りの、実は何も理解していなかった自称平和主義者だったかもしれない自分が。

 国家の思想・政治・計算よりも・・・自衛隊を派兵する場合は、本当に戦闘地域に行く任務を受けた人の立場になって考えなくては。 

 と・・・この映画を見終わって、実感した。

See you again !
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2008年08月05日

映画海猿

 夜、すごい夕立があった・・・雨

 映画海猿を見た。原作は漫画で海上保安大学校の“海猿”と呼ばれる若き潜水士候補生たちの話。

 調べたら映画の作成に海上保安庁が全面協力とのこと。

 藤竜也演じる海上保安大学校の潜水技術課程研修主任教官が渋くていい・・・

 あくまで主任教官を信じる候補生たちの姿に、今は無き信頼がもたらす、篤き思いの存在を思い出させてくれた・・・気が。家

 思いっきり、掛け値なしで、全身全霊で“何か”を信じる気持ちなど今は・・・危険すぎて出来ないが。

 古き善き頃の“昭和”の時代に存在した自分には共感できたかもしれない・・・

 と、思いつつ・・・現代ではそんな心など、映画の世界などでしか味わえない境地になってしまった。

 映画の中では、教育する者に信念と確信があり、それに素直についていく候補生たちが描かれていたが・・・

 今教育界では、子供たちの自立心を養わせる事を重視し過ぎる為に、指導無くして自主性に任せるという方針がとられている。やや欠け月

 しかし、基本となる生き方考え方が無の状態で自由にしたらハザード状態になるだけだ。

 人間という生き者を過信しすぎている。教育、指導なくして人間には育たない。

 自動車の免許書を取る時は取得すべき課程が分かり易いが、生き方や心となるとどう教えるか、教えるべき大人たちのほうも分からない。

 でも・・・諦めず・・・教育するという心を思い出すことは出来た・・・が。夜

See you again !

 


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2008年06月18日

映画APV2

 近くの雑木林の横を通ったら、まだ“うぐいす”が鳴いていた・・・声が美しい。

 今人づてに聞いた・・・変な意味で話題の映画、APV2を見た。

 これは“エイリアンVSプレデター”という映画の続編で最初の作品はポール・W.S.アンダーソン監督が手がけ、まずまずの大ヒットだったそうだ。カチンコ

 題名もカッコイイ、前作も面白かった。

 だから・・・

 その続編という事なので何の疑いもなく、確実に面白いと思っていた・・・映画を見るまでは。

 ネタばれ注意。

 今回・・・前回のストーリの続きという事ならば、プレデターからエイリアンが生まれる。

 しかし、映画のシーンの中で怖さを演出する為に“暗い”シーンがよく使われるが・・・

 ずーーーと真っ暗で画面に何が動いていて何をしているのかすら全く分からないほど“真っ暗”なシーンばかりの映画は初めてだ。夜

 この映画のテーマはエイリアンVSプレデターの戦いと言う事だが・・・戦いのシーンが楽しみなのにお互いの姿すら見えない。

 プレデターなどは、プレデター自身が周りを見る時の特有のレーダーのような視界の映像から彼である事がやっと分かるぐらいで、エイリアンについては画面が真っ暗でどこにいるのか見えない。

 見にくいのではなく、何も“見えない”。

 あっ、ありえない・・・と、つぶやき続け。あまりの真っ暗さに自分でシーンを見出そうとやっきになってしまい見ていて疲れた。

 リアリティーを出す為に、下水道シーンは“照明”を消して在るがままの“自然の明かり”で撮影した・・・という意味なのだろうか。それが返って、最新の撮影技術という事なのだろうか。

 それとも、プレデターから生まれるエイリアンをどうしていいか思いつかなかったのでは。

 などと、考えてみたが・・・

 最近・・・冷凍食品や使い回しなど、製品の質に対する疑問が問われる事件が多いが。

 まさかアメリカ映画でそれも大ヒットした作品の続編なのに・・・と、変な意味で印象に残った。

 これから、リアリティーを出す為の真っ暗な映像がこの世界でまさか流行るのだろうか。“裸の王様”の物語ではないが、この映画の監督に本当の感想をだれかハッキリと言おう。ムード

See you again !
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2008年04月03日

映画クローバーフィールドHAKAISYA予告

 桜は満開だと華やいだ気がする・・・ー(長音記号1)

 最近、TVで全米で話題の映画クローバーフィールドHAKAISYAの予告編のCMが放映されてる。

 CMでは人類滅亡の日をホームビデオに撮ったものという設定で、内容はいま一つ謎ということになっている・・・が、ちらほらネタバレも。

 実際にその場で本当に体験しているような、米のドラマ24Hのジャックバウアーではないが、“リアルタイムで進行中”という様な臨場感を出したかったのだろう・・・

 24日のロサンゼルス・タイムズ紙によると・・・映画クローバーフィールドHAKAISHAについて、カメラワークがあまりにも臨場感あふれるように設定されているのため、映画を見終わった人が乗り物酔いのような症状を訴えていると報じたらしい。ビール

 ホームビデオで撮影されたような雰囲気を出すために、大部分が手持ちのカメラで撮影されているらしく映像の動きや光の点滅が激しいのかもしれない・・・

 最初CMの映像を見たときは、夜の街の暗闇な中、道路に“巨大な黒い根っこ様な物”が上から落ちてきたシーンは・・・ずっと、根っこか岩が落ちてきていると思っていた。

 すると、ポスターの“頭の無い自由の女神”を見て、始めてそれが自由の女神の頭だった事が分かった・・・が。

 だとすると、相当にすごいことが起きたのだろうと・・・

 ところでホームビデオの映像による映画と言えば・・・一時、話題になった映画ブレア・ウィッチ・プロジェクトを思い出した。

 ブレア・ウィッチは当初、映画なのか本当のオカルトビデオなのか・・・と、思わせぶりをさせられて大分引っ張られたっけ。

 ラストは上手に仕上がっていて、最後に映っている男の人の姿が意味不明で不気味な終わり方だったので、今でも印象に残っている。

 ある意味、映画が催しものとなっていた・・・カチンコ

 という事で、このように内容や設定が“謎もの”はあまりネタバレする前に見たい・・・ところだ。

See you again !
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2008年02月26日

映画 遊星からの物体X The Thing

 土曜日に春一番が吹いた後、また寒さが戻って来た・・・台風

 映画“遊星からの物体X”について調べていたら、この映画は“遊星よりの物体X”のリメイクという事が分かった・・・と、言ってなんでもないが。

 この映画は1982年製で、初めて見た頃はSFXなどない時代だった・・・懐かしい。今見るととても古い映像に見える。でもアホなぐらい純粋な心に、その当時はとても怖く感じた。そういう時代だった。

 だから、ほとんど怖くて映像を見ていなかったので、主演がカート・ラッセルだったと言う事にすら気が付いていなかった。

 カート・ラッセルというとTVゲームのメタルギアソリッドのスネークのモデルとなったと聞いてから、それ以来、自分は注目して見るようになった俳優さんだ。

 そしてさらに、1951年製の方の“遊星よりの物体X”の映像をgoogle videoで見てみたら・・・物体Xを見るからに人間がやっていて、物凄く古かった。

 ちなみに、噂では2009年にリメイク企画が進行中だそうだが、映画ゾンビはリメイクして最新の映像にしたら面白くなくなってしまったので、何でも新しくすればいいということでもなさそうなのでどうだろうか・・・カチンコ
 
 これも、そうならないことを祈るが・・・

 ただ面白いのが、この映画の続編がPS2のゲーム“遊星からの物体X episode2”として出ているとの事で・・・内容は、この映画の続編ということになっている。

 最後のシーンでは・・・基地を全て破壊した後、カートラッセル演じるマクレディとチャイルズの二人だけが生き残り、人間に同化してしまう宇宙生命体に乗り移られているかお互い疑心暗鬼で、この後どうなってしまうのか分からないという印象的な終わりだった。

 この後一体どうなるか、とても気になっていた。ビール

 それが、分かって変な意味で、スッキリした。
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2008年02月16日

映画レオン

 空は快晴、だけど風はまるでスキー場にいるかの様に冷たい・・・台風

 映画レオンを久し振りに見た。もう、何度も見た好きな映画だ。

 この映画はリュック・ベッソン監督の1994年の映画で、当時、話題になった。“レオン”の悲しいまでの純愛が、心に響いた。L・ベッソン監督の映画は、リアリティーというよりもいかにもあり得ないアニメ的ハードボイルドが多く、主人公が魅力的で面白い・・・

 レオンは、とても優秀なヒットマンだが一人ぼっちの物悲しい薄幸の中年男。

 そんな孤独感ただよう男の元に、分けありで子供なのに非常に大人びてキュートな美少女が人生の中に迷いこんで来る。バー

 孤独で不器用なレオンは、その妙に魅力的な美少女に母性本能を抱き、12歳の少女マチルダとの間に究極の純愛が芽生え、勢力と2人の戦いが描かれている・・・

 その美少女は、大都会の片隅で過酷な生い立ちのせいで12歳にしては成熟な心の持ち主で、だんだんと、めっちゃくちゃ年上のレオンに、仮想的な母親や恋人代わりの様な恋慕をレオンの心に抱かせるようになっていく。

 古い映画にはよく、内容よりも映画音楽の方が心に残っているものも多いが、この映画の主題曲スティングのShape Of My Heartという物寂しい美しい曲も、孤独で、いつ殺されるか分からない行き場のない2人の境遇のイメージと重なっていて胸に響く。

 薄幸な美少女の運命は・・・

 そして、この内容を、どこかで見た様な気がしていたら・・・

 この映画は、1980年の映画グロリアという内容が原点になっていると言われている。グロリアの方は、女性グロリアと少年との交流が描かれていて、ジーナ・ローランズ演じる元マフィアの情婦グロリアが下手な“男”よりも粋で素敵に描かれていた、いい映画だった。リボン

 愛の美しいひとつの形を、見た。

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2008年01月31日

映画テレフォン

 晴れが続いているが、風は冷たい・・・ 

 映画テレフォンを見た・・・むかし見たままずーっと見ていなかったが、当時はとても面白く感じたので今でも印象に残っている。

 1977年のアメリカ映画でソ連のKGBが出てきた事から、まだむかし冷戦の時代だった頃、よくスパイ小説が好きで読んでいた事を思い出した・・・

 当時のスパイものの構図はアメリカVSソ連が多く、小説を読むだけでも自分の日常では決して遭遇しない世界が神秘的に感じられて楽しかった。

 今回は、ソ連が計画を中断していた極秘破壊テロ工作を、独断であるKGBの工作員が勝手に破壊工作を実行し始める。その暴走行為を阻止する為にソ連首脳は、首謀者のダルチムスキー抹殺のためチャールズ・ブロンソン演じる主人公のKGBボルゾフ大佐をアメリカに派遣する・・・

 KGBは、特殊な催眠術をかけた50人ものスパイをアメリカの主要基地近くへ送り込んでいた。彼らは、電話一本の暗号で与えられた任務を遂行するようになっていたが、普段は、本人たちも記憶が無く、一般市民として生活していた。

 当時はじめて見た時、内容の発想がふつうとは違っていたので面白かった。

 しかし最近、アメリカ国内では隠蔽されている事柄について書かれているサイトでは、極秘の軍事作戦や一般市民に秘密で試された実験についてなど、この映画の内容と同じような事を実際に行う計画があったと言っていたような気が・・・

 真偽は定かではないが、こちらが思っているよりも極秘作戦は存在し、信じられない現実があるらしい。

 特に映画や小説の内容などは、原作者の空想の世界の作り事で・・・いくらなんでも、ありえない。

 と、思っていた事が、意外とあとになって本当の史実に元づいていたという事も多い。

 この映画も、そうなのかもしれない・・・

 と、いう事のほかに、当時でも渋いと言われていたチャールズ・ブロンソンの演技を久しぶりに見たが、何にも媚びない、何にも動じない、笑わない、へたをすると何ごとにも命をかけている・・・そんな古き善き“男らしさ”が、今ではかえってとても魅力的だった。

 忘れていた、“男”という生き物の面影を思い出させてくれた・・・

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2008年01月11日

映画トランスフォーマー

 晴れが、ずーと続いている・・・入道雲もたまに出ている。あれは夏の風物詩ではないだろうか。

 映画トランスフォーマーを見た。これも、CMを見たときから、これは必ず見たいと楽しみにしていた映画だった・・・が。

 ねたバレ、注意・・・

 ある日突然急に巨大ロボットが人間に襲ってきて、アメリカ軍が束になっても全滅してしまうというところから始まり、巨大で不気味な恐怖が襲う・・・

 人間が持っている、ちょっとやそっとの武器と先鋭部隊などでも歯がたたない・・・次々に全滅し。
 
 さすがに、今までの架空の敵の中で、初めて人類滅亡でエンディングを迎えるか・・・と、奇妙なワクワク感で、これはさすがにおもしろいと思えた・・・が。

 CMの時そう言えば、スピルバーグとマイケル・ベイのブロックバスター・コンビが放つSFアクション・・・と言っていたのを思い出した。

 スピルバーグの代表作の“宇宙戦争”も、最初、オープニングのあたりは圧巻で、久しぶりに人類滅亡を感じさせる人類最大の危機と恐怖が迫ってきたように思えた・・・その時も。

 が、今回の映画も最後、映画の内容の路線が違う“ET”のノリにトーンダウンしてしまったように感じられた。途中から最強の助っ人たちが現れて、全然怖くも何とも無くなってしまった。

 その点、“ターミネーター”シリーズなどは、最後まで緊迫した恐怖と、はらはら感を持ち続ける事が出来たまま大満足で見終わったけど・・・

 この“トランスフォーマー”という題材は、1980年代に人気を博した日米合作のアニメーションから採られ、それを今回実写化したらしい。日米合作のTVアニメ「戦え!超ロボット生命体トランスフォーマー」が米国での爆発的ヒットを受けたことから、その後40億円の巨費を投じて製作された劇場版もあるらしい。

 見るのを楽しみにしていたので、あまり下調べなどはせずに先入観なく見たかったので、要旨は知らなかったが。

 これを見ていたら、敵はたいてい急に襲ってくるもので、もし本当に襲われたら、その瞬間に・・・しまった、迎撃や攻撃出来る最新鋭の武器、使い物になる兵士など危機管理はどうだったっけ。思ったより兵力準備に自信がない・・・なんて、この国はふるえながら頭をよぎるのかもしれないが。

 敵となる可能性の敵の正体と普段見えていなかった相手の敵意が分かっていなかった・・・

 日本という国家はオメデタイ奴が多くて、実に扱いやすいお国よのう。

 今頃、相手の巧妙なる手口と見えない敵意に気付いたかい・・・

 気付いたころには、もう遅いなんて事にならないように・・・準備は万全にしてほしい。
See you again !
posted by WHO IS I ? at 10:55| Comment(2) | TrackBack(0) | 勝手なる映画評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月14日

映画ゾディアック the Zodiac Killer

 夜はとても冷えた・・・きのうの天気予報では、きょうの夕方から寒波が来ると言っていたが、早めにきたらしい。

 映画ゾディアックを見た。監督は映画セブンのデヴィッド・フィンチャー という事なので、おぞましい猟奇殺人を描いた怖い感じの表現になるのかと思っていたが・・・ネタバレ注意。

 ゾディアック(Zodiac)とは1968年から1974年にかけてアメリカのサンフランシスコの街を中心に、犯行を行った連続殺人者の事。

 映画は、“実在の事件に基づく”という所から始まる・・・

 この事件の概要は、自称ゾディアック(Zodiac)と名乗る犯人が、サンフランシスコで警察が確認できただけでも被害者5名を殺害し、事実上は、現在も犯人不明のまま事件は解決されていないという事になっている。

 しかし、映画では当時実際に事件に携わった人々の証言や一致しなかった証拠などの資料から、ほぼ犯人と思われる人物にたどり着いている。ゾディアックは『ダーティハリー』に出てくる連続殺人犯スコルピオのモデルといわれ、当時、「自己顕示欲が強いと思われる犯人は、自分が登場するこの映画を観にくるに違いない」と考えた警察はアンケート用紙を用意し、投入箱の中に警官を潜ませていたという。

 ゾディアックの特徴は、サンフランシスコ湾域警察、新聞社「タイムズ・ヘラルド」とサンフランシスコにある新聞2社や著名人へ多量の手紙を送った事で、あるものは部分的に暗号化されていて、丸に十字を重ねたマークを使うなど当時としては目を見張る行動をした。

 1974年にサンフランシスコ警察へすでに37人を殺害したと手紙では言っている。

 大量手紙を送っているので、筆跡鑑定が重要になる。指紋や決め手となる証拠品がない為に捜査は難航する。

 状況証拠や推理だけでは、たとえ犯人が分かっていても逮捕は出来ないという事がよく分かった・・・名探偵コナン、シャーロックホームズなどは最後に犯人を当てるだけで得意顔だが、犯行を証明して実際に逮捕するまでが本当に難しかったのか。

 “証拠”を見つけ出し、犯人の犯行であると特定するということは、本当に大変なんだ・・・

 いまは確立されている犯人のプロファイリングを、自分なりにかってにしてみると・・・

 指紋などの証拠をも残さず、緻密に暗号化された文章を見ると、映画で犯人と特定している人物は不潔でずぼらすぎるような気がする上に、靴跡と手袋をのこす初歩的なミスを犯すとも思えないが。

 とにかく“証拠の実証”にしか立場上こだわれない刑事に“証拠がなければ事実ではない?”とこの事件を本にしようとして取材している主人公が、刑事に問う。そこでどんな凶悪犯罪でも、真実と実証が常に一致させられるとは限らないということがあるという恐怖と悔しさを痛感した。
 
 史実では、2004年にサンフランシスコ市警が捜査を打ち切っている。
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posted by WHO IS I ? at 11:26| Comment(2) | TrackBack(0) | 勝手なる映画評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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