2011年04月30日

無知の知

 「私には無理で、やっぱり出来ない」と思っても、それを言い出せずに止めれない理由は一体何か。自分の中にあるプライドが傷つくためだからなのか。

 今の与党の様子を見ていると、内から聞こえてくる声はやり方が場当たり的で、きちっと内閣としての機能が果たせていないという声だ。もしかすると、今の与党の内閣の状態はハチャメチャですでに崩壊しているのではないだろうか。

今回の震災後の政府の対応でも、国民を始め対応の窓口となる市区町村長からも、相談する相手と責任の所在が不明でどうしてよいか分からないと言う不満の声が上がっているらしい。

果たして直ぐに対応するだけの策を持たない政府の、故意による撹乱作戦なのか・・・

俗に言うインテリを自負する人種に多いが、自己の失敗や無能さを世間に晒す事を嫌い、何事にも完全に対応出来ているふりをしてスキあらば事なかれに終わるまでギリギリの妙な攻防戦をし続ける。

それは、あくまで自己保身のためにである。

 たまによく起きる大学病院で経験のない研修医が、新しい医療器具が上手く使いこなせずに無理な手術を続行して患者を死なせてしまうように・・・

 現与党は組織としての団結力も政治主導の実力もない。そのわりに今の日本国の現状があまりにも酷過ぎて、ひどい状況に置かれている。助けを求めている国民に、何をしたらいいのかもわからずに路頭に迷っているくせに、何かをやっているふりをするために次々と意味不明な対策本部もどきを乱立している。

実際には解決するだけの対応手段もプランもなく、このままでは政権をただただ手放したくないだけの亡者たちに、日本国という患者が日に日に弱体化させられ、そのうち経済も成り立たなくなり、助けるべき人々も助けられず、余計ひどい状態に陥っていく様相を呈してきている。

にも関わらず、「大丈夫です。一生懸命やっていますから。」と言い続け、政権を譲ろうとしない。

一生懸命はやっていても実際に問題が解決できる能力があるとは限らない。民間企業ならゆるされない。結果を出せなければ認められることはない。そのうえ、選挙結果をみると民意が支持しているとも思えない。たとえ一生懸命やっていると自画自賛したところで日本という名の患者を救うことはできない。

日本はかつて江戸の末期には、輸入超過の財政難で列強が繁栄する中で、国力の低い国家だった。

もうそろそろ政権交代という自己満足のお遊びには、気が済んだ頃だろう。もう何もできないことは分かっているのだから、本当のプロの政治家集団にバトンを渡すべき時であり、そのことを現与党は自らが認めることこそ、本当に国民を思っているということになるのではないだろうか…

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2011年03月24日

機能不全内閣 T

 むかし美味しいが、量がとても少ない食べ物の包装を全部開けると、見えない部分に何か別の物体が入っていて、量が多く見えるように嵩上げしてあった・・・っけ。少しがっかりする。

 現与党が自民党に協力を打診したら、断られたという事で自民党にも非難がされているが・・・

 もっと奇怪なのが、与党内自体に野党よりも強力な反対勢力がいる事だ。

 同じ党を名乗っていながら、野党ばりに内閣に非協力的で挙句に今内閣の壊滅を願っているふしすらある。

 だから現与党の308議席は、一つの党が獲得した議席数としては過去最多であると言われているが、全勢力で実質機能出来ているのはどの位なのか怪しい・・・

 特にお金も、権力も党内では非力だったが棚ぼた値はとびっきりの現総理だが、リーダーシップの影響力の数値は想像どうり微弱のようだ。

 TVの分析ではこんな時ですら、権力の不安定さから政局を意識しているふしがあり、見ていても稼動している人材が、小劇場で数少ない人員の中で同じ人間がぐるぐる違った配役をやっているような感じがする。

 過去の巨大な災害の時は、官僚を地域に密着した形で配備をしき細かい配慮と実行性を駆使したらしい。

 口では「政治主導」がお好きだが、即戦力になる人員が少なく、政権交代して与党になった高揚感から図に乗り過ぎて「脱官僚」と「官僚不在」を勘違いして彼らのやる気と使命感や、特に国家=内閣への信頼と忠誠心を失わせてしまった。

 現与党の手法は、自分たちはいつも「せいぎのみかた」のポジションを取り、ダークサイドの仕事や失敗は巧妙に相手のせいにする。

 非常に手口が小賢しい。

 だから、みんな手を組みたがらない・・・

 いい子ちゃん振りたいうちは・・・

 おこちゃま・・・

 大人は酸いも甘いも、泥も責任も受けて立つ。ビビッている者に、この国難から国民を救うだけの強さはない。強靭でタフなリーダーにこそ人がついて来る。

 しかし問題は、この内閣を生み出す原因となった国民の「心眼」の力量だ。
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2011年03月19日

流通カタストロフ

 現在、原発の事故以来、首都圏の放射能レベルを調べ続け、放射能値が危険かどうか騒いでいるが、それはきっと長期的には危険な物であるかもしれないが・・・

 しかし、首都圏並びに近郊地域では命に関わる食物が手に入らないという事態が発生している。ガソリンも入手し難く、車も出せない状態で店頭に並ぶ限られた商品を大変な思いで手に入れている状態が続いている。

 その様な方法を使っても、食品を手に入れられない人が出てきているのが現状だ。

 その原因は、物があっても流通が止まっている事により起きているのだと言う。

 TVで内閣の人々は「大丈夫です。物資とガソリンはありますから」と連呼しているが … …

 流通が止まり消費者の元に物が行き渡っていない。このままだと首都圏・近郊の巨大な人数の人々が食品が手に入らないと言う生死をかけた難民になりかねない。

 「しょうがない、我慢して下さい」では済まされない状態にまで陥っている。食物がこのまま手に入らなければ、生死に関わる事態だ。

 何度も言うが、今の放射能量では一撃で死に至る事はないと思われる。それに引き換え、食物が無ければ、一撃で死に至る。

 とにかく今即急にやる事は、食物を運ぶ流通を大至急どんな手段を使おうとも復活させなければならない。

 さもなければ、被災地の方々にプラスして首都圏・近郊の人々も食物難民になりかねないのである。そうなれば、東日本も災害ではなく、また違った意味での壊滅状態になる。

 映画「バイオハザード」では、一気に死の病の感染が進み、首都が機能しなくなった状態の中で、ガソリンが切れた自動車は乗り捨てられ、街は廃墟と化し、健康で生き残った人々も生活が出来なくなった所を描いていたが・・・

 このまま流通が止まった状態が続けば、映画の驚愕のラストの様な状態に日本の首都圏や近郊の街々もなりかねない事態である。
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2011年03月15日

国難と国会の責任

 今回の災害は、普通の地震災害に原発崩壊の危機も加わり、通常の生活から避難生活を送る可能性がある人口の数が、今までの地震被害と比較すると膨大なものになる可能性が出てきた。

 ということは回復する時期ははっきりとはしないが、避難生活を送るということは一時的に個人でまかなっていた生活から国家からの支援物資や仮設住宅などの国家の力を使って生活することになる。

 結果的に日本国の予算は、いつもよりも必要になるという可能性が出てきたということになる。

 ここまでの状態になると、個人の力や民間の有志の力程度では解決しきれない事態にまでなっている。

 まずは、物資輸送の道路・仮設住宅・新たな発電所等のライフラインの即急な回復を担い、極力生活と経済活動を元の状態に近づける必要がある。そのことにより被災していない人の生活まで困窮させ被災したに等しい状況にすることで、困窮者を増加させるということは助ける人間が減り、よい結果を招かない。

 早く・・・

 色々な思惑があろうが多少文句があろうが、野党もこういうときに助けると相手の手柄になるという計算を止め・・・

 国会で国家予算案を通し、速やかに国家予算をスムーズに国民のために至急使えるようにすることこそが、今は原発の方に意識が向きがちだが、次なる国会議員の重大なる責任と責務であると思う。

 烏合の衆と化している国会は無責任者の集まりであり、そうなる理由は日本の国民の安全と安定を守るべき責任を忘れ、自分の私利私欲に走った国会議員のなれの果てであると言える。

 これ以上国民の不安と混乱を招くことを許さない。今、国民に必要なのは速やかなる国勢の回復と安定である。
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2011年01月14日

ずるい内閣

 かってなる妄言・・・

 現与党がなぜ選挙に圧勝し、野党から与党になれたのか。それは、現与党が選挙の時点で打ち出していたマニュフェスト(政権公約)を有権者が信じて、現与党に投票したからである。

 が、いざ政権の座についてみたら、現実にぶち当たり殆んどマニュフェスト(政権公約)の内容を実行に移す事が出来なかった。

 TVでは「見方思って投票したのに、敵だった。」と現与党の議員が有権者に詰め寄られていた。

 それでも、やっと手に入れた政権与党という至高の宝を手放したくなくて、マニュフェスト(政権公約)の事や野党時代に言い放っていた政治倫理の姿勢などを無視して推し進めている。

 今回政策としてぜひ実行したい事に「消費税10%以上引き上げる」「環太平洋パートナーシップ協定(TPP)への参加をする=経済団体を中心に参加を支持、関税撤廃による国内農林水産業への影響などを懸念して、農協や漁協などの生産者団体は参加に反対する意見もある。」などがあるが、問題は、国民の合意が不十分な事だ。

 特に「消費税10%以上引き上げる」という事を実行するには、無駄の削減が不十分である事の不満から国民の抵抗で内閣支持率の低下が考えられる。

 それこそ、弱者の敵になる。

 そこで、現与党のなからでなく「自分たちではない人」と、言い逃れ出来る人を実行部署に添えた。

 よく米ドラマ24hで、主人公ジャック・バウアー が最終的に国家のためにはなったが、作戦の内容がヤバ過ぎる為に、いつも国民には知らされていないように、もし結果が悪くなり事態が超ヤバくなれば実行人は国家から切られ、国家は責任回避が出来る事も意味している・・・

 そして現与党は真実の姿や行動をみると、あれだけ批判しまくっていた前与党と酷似した結果となっているか、下手をすると酷いありさまだ。

 それでも「あくまで自分たちは悪くない、国民の味方。」を取り繕う事に懸命だ。自分たちはいつでも悪くない、決して非を認めない。

 しかし政治の仕事にも必ず嫌な事や汚い事は存在する。

 じゃあー、誰にそれをやらせるのか・・・

 坂本龍馬の暗殺は、彼を支えていた勢力がその時点では彼の存在が邪魔か必要でなくなった事を意味しているが。暗殺をしたぐらいだから、彼はただの脱藩浪人以上の影響力のある事をしていのだろう。

 ただ坂本龍馬本人は、まさか暗殺までして自分を切り捨てるとまでは思ってはいなかったとは思うが・・・

 現世の坂本龍馬は、それを覚悟で引き受けたのだろう。本気でこの国を憂いている彼は経済財政担当大臣を・・・

 今回の内閣の人事を見ると、その政権の真の正体と本心が分かる。
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2010年11月25日

無責任主義

 TVでの政治討論会もいいが、やはり国会を観なくては・・・政治で全てが解決するわけではないが、政権を握っている与党の考えや姿勢が生々しく伝わってくる。

 本当に不思議なのが、現与党が政権交代を果たした時、「この国は変わるぞよ。日本の夜明けじゃ。」ばりに国民を巻き込み期待に満ちていたが・・・

 時がたつにつれ、国会での答弁はのらりくらり、問題を指摘されても見え透いた話題すり替え作戦の足踏み状態、某氏の金権疑惑問題も人の噂も七十五日作戦、挙句に失言によるイメージ失墜・・・

 どこかで観てきた風景が・・・

 なぜ政権に就くと、目の前にある危機を速やかに解決出来なくなっていくのか。

 そもそも、もう常識だが、このお国は役900兆円という認識不明の巨額な金額の借金を抱えていながら、国会議員を先頭に国家公務員の人件費、謎の多い独立行政法人という私物化された可能性を拭い切れない国家発行のプラチナカードばりの予算食い猛者が小説「蜘蛛の糸」の猛者の如くの浅ましい欲望でたかっている。

 また、国会でのある党の指摘によると、高福祉“高負担”と言われているヨーロッパ各国の国民の社会保障費の財源の割合は消費税が約10%位と日本と同じ位で、企業が負担している保険料の割合部分が約30%位あり、別に際立って消費税の割合が高い訳ではないらしい。儲かっている企業は意外と保険料を負担していてヨーロッパでは企業責任をきちんと果たしていくという理念が企業側にも根付いているらしい。

 ヨーロッパでの高福祉国家は消費税によって賄われているから日本も消費税を上げなくてはならないとか言っていた人がいたような・・・

 ほんま、いい加減でっしゃなぁ。

 老人問題も地域の前に家族が責任放棄している。そしてそれは、輪廻する。

 この国の最近の流行は責任スルーに、罪悪感なし。

 政府が弱体化し、求心力が無くなると財力があり「力」のある大企業までが無力の振りをする。責任を果たすにはお金も労力もいる。重力に逆らうより無重力状態の方が楽チンだ。 

 “楽”は味を占めたら止められない。

 全ては、某事件の彼のような責任感や使命感という任意の行動動機がどれだけ自己の中に存在しているかで、責任感を人の心に取り戻すのは難しい。

 現与党は政策が無く、政権公約が次々実行出来なくても苦しんだりわりびれる事もなく、限界を切ってからは、一体何者になりたいのか日本をどのような方向性に導きたいのかすら返って不明に感じる。

 下手をすると国家ビジョンなど何も持っていないのかもしれない。今まで旧与党の揚げ足を取る事が役目だったので、本当は中身はカラッポだった。第一自分たち自体がバラバラで国家ビジョンどころか、意見ですら一つにまとめられない。
 
 鰯がよく群れになって遠めから見ると鯨っぽく見せているような・・・

 国家規模の問題は山積し・・・

 しかし、紅葉は美しく青空に映えていて・・・

 苦しゅうないのう。穏やかな小春日和じゃ。小難しい事ばかり言うでない。そちものんびり和歌でも読んだらどうじゃのう。心安らかにのう。
 
 無責任の総意がこの国を覆い、この国の行く末は。

 世界の中で生き残るには、死闘でっせ。世界の国々はどんどん賢くなっている。
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2010年11月03日

へっぽこ内閣

 仁義を欠いた行動を相手が平気で行ってくる時、それは相手が自分のことを大切に思っていないことを表す・・・

 つまり「なめられている」と言うことだ。

 それはお国同士の単位でも、同じことが言える。

 そして、国会での答弁でも質問者が答えを総理に求めているにもかかわらず、総理を差し置いての官房長官の前代未聞の異常とも思えるしゃしゃり出た態度も、彼の総理への気持ちがそうさせるのだろう。

 人が「かばう」時、相手の能力に不安がありそれを表面化したくないときに行うか、またはある意味で相手を「なめきっている」時かどちらかだ。

 いつものように、日本国は自国が戦後完全なる平和主義を採ってきているからと言って、世界中の国々が全て自分たちと同じ考えを持っているものだと思い込んで外交を進めているが、相手側は百戦錬磨の兵だ。そんな甘い訳がない。

 TVで、日本の二酸化炭素排出量は世界の割合からすると本当に少なくこれ以上削減できないほどらしのに、二酸化炭素を何も考えずに思いっきり大量に排出している大国などはスルーしているのに、前お坊ちゃま総理は世界から褒められたい一心で、国連総会の気候変動首脳会合で中期目標として「1990年比で2020年までに25%削減することを目指す」と勝手に表明し日本がやったって効果はほとんどないと言われているのに、約束した挙句莫大なお金を投じる羽目になった。

 我こそは改革の騎士なるぞ的な今与党の最後の自民党とは絶対に違うという自己主張の砦「事業仕分け」での強い姿勢とは裏腹に「外交」になるとなぜ腰抜けになっているのか理解しがたいが。

 格好よく事業仕分けで、「事業廃止」と言って英雄きどりではいるが、実は何の法的根拠もなく、予算の付け替えや勧告を無視している部署も多く、事実上実行されていないのと同じ状態に放置されているらしく、「事業仕分け」をしている劇場にこそ真の価値があると言う事を、それにより高い支持票を得ている大臣である彼女が一番よく分かっていると思われ、自分たちの与党の「唯一」の超目玉になりすがられている事も承知の上かと見ていると、いとをかし・・・

 そして、「天下り根絶」と言いながら、自民党ですら言い出せなかった「現役出向」という秘策を天下りの代わりに実行出来るようにして天下りよりも、もっとひどい状態を作り出そうとしたり、「見た目」のみに拘り「実」は何も変わっていないか下手をすると帰って悪くなっているケースが多い・・・

 が、あの某大国の大統領が言っていた「CHANGE」がいつも「よい方向」に導いてくれるとは限らずかえって悪いほうに向かうこともあると国民は思い知らされたはずだが、やはり「改革」と言うものに対するよいイメージは拭い切れないらしく・・・

 という国民の足元を見て、現与党の滅茶苦茶政治は続き・・・

 某議員の国会証人喚問の件、尖閣諸島問題不透明解決の件、責任者である総理の国会答弁やらせの件など今回の状況がもし自分たちの方が野党だったら、一体何を言うのかと想像すると、野党時代どんな小さな事も許さない厳しい姿勢の自分たちが一転して、与党になった途端今までの厳しい姿勢は消えうせ、白々しい見え透いた「逃げの姿勢」にを取っている姿には魂消るが・・・

 そしてまた、現与党の傲慢な態度を見ていると完全に国民を「なめている」ということが分かる。
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2010年10月09日

しつけという虐待

 子供の育児責任者の立場を誤訳して、子供を自分の所有「物」と思っている者たちが増えている。

 子供にとって家庭教育は確かに必要だが、問題は親たちが好き勝手「自己流」で行いかつ家庭内の事なので他者の目に触れる事も無く、「正常」かどうか考える尺度すらないと言う状態になっていることだ。

 そして大きい事件となって、表面化する頃にはその間違いは深刻化してしまっている。

 挙句の果てには、保護者対子供と言う関係が事実上の加害者対被害者の状態になっているにもかかわらず、これが他人の子供だった場合は躊躇無く加害者として処罰するのだが、自分の養育している子供となると、社会全体も不可思議な「しつけ」という言い訳を受け入れてしまう。

 強いては、社会も世論も法曹界ですら微妙な躊躇を加えようとしてしまう。

 じゃあ、誰が事実上の被害者である子供を加害者に変異してしまっている「親」と名乗る「犯罪者」と化した化け物の「住みか」から救出するのか。

 現状は、映画「羊たちの沈黙」に出てくるような、おぞましい犯罪者と同じ位の「親」と言い張る「犯罪者」にですら「親の愛」の存在を言い訳に、子供を渡してしまっている。他人だった場合、近づかせないはずなのに。

 恐ろしいのは、もうすでに保護者から加害者になっているにもかかわらず自分はひたすらに明治31(1898)年に施行された民法の822条に親権の一つとして規定された、親の子供への「懲戒権」を楯に取り正当化までする親(親の前に「人間失格者」だが)がいるという。

 懲戒とは、言葉としては懲らしめ、戒めだが、中身としてはしつけを意味してきた。しつけの方法として体罰が社会的に容認され、しばしばエスカレートして虐待となる中、懲戒権は虐待する親たちに自身の行為を正当化する口実として使われてきた」と言いうことだ。

 驚いた事に、言い張られた方も、明白な子供への傷害・殺傷行為によるものと思える痕跡=証拠があるのに、この民法の根拠を場合によっては受け入れてしまうらしい。

 日本国憲法 第98条 この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。

 日本国憲法 第11条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与えられる。

 憲法の基本的人権に年齢制限など無く、0歳からの適用だ。 
 
 もし子供たちへの人権侵害があっても構わないなどという、法の解釈が存在しているのだとしたら、確実に憲法に違反している。そのような慣例が法を行使するもの中の精神にすら宿っているとしたら話にならない。

 不思議でしょうがないのが、親子と言う概念がなければ、素直に子供という「人間」の心と体を殺傷しようとした加害者なのに「しつけ」のためという何の根拠もない言い訳だけは取り入れられようとしてしまう事だ。

 親は「しつけ」と勝手に呼んでいる事実上の「暴力」を、しつけは親権に基づく義務であるという歴史的に植えつけられた思想が、下手をすると「正しい行為」の様に幻覚をさせ、一瞬にして「遣り過ぎただけのしつけ行為」と錯覚させてしまう。だから、命の危険などまでは無いと、子供を親元に返してしまうのである。

 男女平等が定着しつつ中、それでも「聖母」思想、強いてはそうであって欲しいという願望が、親は子供を愛しているているものと決め付け、事実上の「犯罪行為」に至ってしまっているのにもかかわらず動機は愛情に起因していると思い込んでしまう。

 それが人々の判断を狂わしてしまう。

 しかし時代が進むにつれ人々の価値観、モラル感、思考は変異し続け、「母性愛」もその一つとなってきている。人の心の変異に教育や社会でのモラル意識などはもう機能しなくなってきている。

 もう親の心の中には、殺意に近い憎悪・嫌悪感しかなくても、未成熟逃避型社会の日本国では人の心のダークサイドに正面から触れたがらない傾向が強くそのため対処が遅れる。
 
 しかし法治国家では、たとえ親であっても子供の人権を侵害してはならない。民法は憲法に反する事は認められない。面白いのが、明治31(1898)年に施行された民法の822条が歴然と用いられていて、その時はまだ大日本帝国憲法下の時代で、「正常」な人権の概念が人々にあったかすら不明だ。

 古すぎて現憲法、人々の価値基準と別物となってしまっている法律を使い続ける事自体、封建社会はもうとっくに終わっているにもかかわらず、事なかれ隠蔽体質、怠惰、この国はまだ乱れていないと思いたい意味不明なナショナリズムがDNAに組み込まれてしまっているらしい。

 時代は進み人間の精神構造も変異し続け、特に密室性の高い家族問題のケースは家族形態などの複雑化で子供にとって「家庭」が安全な場かどうかすらあやぶまれてきている。
 
 某国では、保護者の子供に対する「あらゆう暴力行為」は許されていない、場合によっては「養育能力」まで問われる。

 日本国憲法 第14条 すべての国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分、又は門地により政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

 動機がたとえ「愛」だったとしても、親が子供に「犯罪行為」をした場合、法の裁きは平等にされなくてはならない。
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2010年09月25日

外国依存

 幼い子供にやって良い事と悪い事を道理で説こうとしても、納得する能力がないので、最後には言うことは聞かない・・・

 だから、成長するまで待つ事しか策はないのだろう。某隣人なる大国は急速に巨大化したが、まだまだ世界の中での成人としの認識はできていない。

 日本は自給率の低さが一時問題にされていたが、こういう時に本当の問題の重要性が分かるが、日本はいつも一過性に騒ぐが、喉もと過ぎれば熱さ忘るるのごときすぐ古ネタになっていく。

 ここのところ人類滅亡ネタなどで異常気象による食糧不足などはまだまだ先の事と思っていたら、穀物輸出国が輸入国になったと言っていたが、日本国の食物の輸入依存どの高さは普通ではない。

 昔、TVの番組で日常の食品の内、輸入品を消してみたらほとんど消えてしまい、もし輸入品が何かの事情で輸入出来なくなったらどうなってしまうかをやっていた事があった。

 その時も第二次大戦後世界秩序は安定しているのでそこまで心配しなくてもとさらさら気楽な気持ちで見ていた。

 国土が狭い、農業後継者問題、少子高齢化デフレ問題など、自給率の低さは輸入で、消費の低さは外国で、人件費の高さは外国へと全ては他国利用で解決してきた。そして国防もなんだかんだ言っても超大国だのみだし。

 うまくいっている時は、楽でよいことではあるが、一転して悪意ある故意の行動が起きれば「秤量攻め」も行えるという事を今回の隣人である大国の行動で再認識したが。

 日本は、何でも曖昧が好きだが、法律も、自給率も何もかも遅れをとっていてやることだらけで、それも分かっていながらずるずる引き延ばし続けて、問題は時代の流れで益々増え続けていっている・・・

 何でもうまく言ってる時は、よい。事なかれ主義の者には苦しむ事もなく楽ちんだ。

 ただ、奇想天外な古ネタである2036年から来たと言い張っていた謎のタイムトラベラー、ジョンタイターが言っていた事が、最近になって笑えないと思っている。

 自分たちの歴史では、2015年、ロシア連邦が反乱部隊の援助という名目でアメリカに核爆弾を投下。核戦争となり、第三次世界大戦へと発展する。 その後、アメリカの外交権麻痺に乗じて、中華人民共和国が覇権主義を強化。台湾、日本、韓国を強引に併合した。と彼は言っていたらしい。

詳しくはここ

 彼の言い分では、タイムラインはいろいろな影響でかすかに変化するので自分の未来から来たというカミングアウトによっても、未来の結果に変化があると言ってはいるので彼が言っている通りになるとは限らないが・・・

 あの当時は、まさか資本主義国家の頂点を行くあのアメリカを経済的に追い抜く可能性にまで中国が成長できるなど微塵も予期できた者がいなかった頃なので、眉唾物が本物の思えてきたけど。

 もし本物だったとすると、日本にとってはあまりよい未来ではないのが残念だが・・・

 まあそう言う事で、輸入する所が無かったら、外国が何も買ってくれなかったら、真剣に国内での自給率を上げようとするし、内需拡大に専念するし、国内に工場を造ろうとするするが・・・

 やはり楽な逃げ道に依存している限り、真剣に物事に取り組もうとしないのは、厳しく深刻な現実を認めたくない怖がりやの日本人気質の性なのだろうが、世界からは取り残されていくとも言える。
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2010年09月13日

防衛でなく防国論

 TXで隣の某大国の方が、北海道の土地を安価すぎてお得だと購入しているとやっていた。

 バブルの時の勢いを思わせる国の方なら確かにお買い得に見えるだろうし、景気の悪い日本にとってはいいお客さんだと良いお話だと思っていたら・・・

 だんだん、恐怖の内容にちょっと気になる事に。

 日本国は資本主義なので、誰が何を買もいいのでそのこと自体は何の問題も無いと思っていたら・・・

 それは土地を購入した理由にある。その土地の地下に水脈あり、どれだけ“水”を使おうとメーターも無く一定料金だと言う事を売買時に確認していた。

 購入者の方の考えは、将来的に世界中で水資源の争奪戦が起きると予想しいるので、今回の土地の購入にあたっては“土地”としてだけでなく“水資源”もセットになっていると考えると、とても安い買い物だったと言っていた。

 今日本は世界の中でもデフレの回復が遅れていて、デフレによる土地などを含む日本中の全体的な値段の下落は買い手にとっては、絶好のチャンスとも言える。

 逆に不景気側となる日本は、どんなに条件が悪くも売りたいだろう。

 ここで、怖いのが、大昔は・・・

 水の利用などの権利を得るという事は大変な争い事だった。米、塩などの人間の生き死に係わる物資の権利は、牛耳られしまうと牛耳った者に独占されてしまえば、それ程凄まじい強い権限を持つことが出来る。もしその権利を得た者は、値段を高騰させることも、例えどんなに哀願されても分け与えたり売ったりしなくても別に何の罪にも問われない。

 今まで戦後の日本国は、安定的な民主主義・資本主義形態しか体験しておらずそんな恐怖の事態など、太古の昔の事として忘れ去られ、改めてそんな心配もした事すらなかったが・・・

 しかしある日もし、水源の山を買い占められ、その土地の水の権利を主張され、買い占められた山の数が膨大な量になってしまったら。

 水は生命維持に係わる究極の品だ。

 昔の“関所”のような考え方もある。

 自分の国で無いから、嫌われ迷惑がられも、法の規制が無ければ“お金儲け”はするだろう。

 日本は“法”よりも日本国民の人々の中にある“モラル”や“善意”による行動の自主規制によって秩序の大半が守られてきた。それは日本人の迷惑や目立つことを嫌う気質にも頼ってきた。

 しかし、これからは少子高齢化で国益や国力が下がっていくといろいろな文化や考え方の違う勢力が入ってくるのを防ぐことは不可能になってくる。

 相手の思想や感じ方の中のでは間違ってはいない異様な事をされても、最後は“法”に従う事になる。

 なんだかんだ平和で「お互い迷惑を掛けない」温厚な関係をしてきた意者同士の居心地の良い社会にいた者には想像すら出来ない新しい商売も起きるだろう。

 しかしそれが、究極に国民の人権の侵害を呈するような場合は、強制的にでもやはり規制を掛ける事が必要であり、国民の権利を守ることは防衛の別に重要になってくる。

 しかし感心したのが、さすが三国志の物語にあるように、某大国は武力だけに注目するのではなく兵糧攻めや背水の陣などの“計略・奇策”により勝つ事に長けた国・・・

 「あの国の方たちは、資源を押さえる事の重要性を良く理解していらっしゃる、さすがやなぁ。こりゃ、狙われたら勝ち目はありゃしませんはなぁ。」

 現与党が政権をとって間もない頃、あの方が大訪問団を連れて隣の大国に行っている姿を見て、中学生の教科書のもある「朝貢」を思い出したが・・・

 確かにこのままだと日に日に、力関係は「漢倭奴国王」の時代にまでなるだろう。しかしどんなに苦しくても弱体化しようとも友好関係と朝貢関係は違う。
 
 「生活も一番」だが・・・

 しかし友好と朝貢の大きな違いも解らないようでは、今でも起き始めている領土間の摩擦などの延長も起きかねない危険な状態を助長しかねない。そのような売国精神の持ち主は庶民の生活と同じぐらい重大な国益を死守するという事は出来ない。

 国内の事だけに目が向いている国民を守るべき者である国家のリーダーは、外の世界での領土の保守、資源獲得などある意味での死闘だという事を解っていなくてはいけない。

 そして、自国=自国民を愛せない世界を相手にプライドなき者は国家のリーダーになる必要は無く、きっと国民も決して信用しないし望まない。
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2010年06月30日

国家予算が足りないと言うトリック T

 お金をせびられ時人は、大抵こう言う・・・

 一体何に遣う? 

 なぜ聴きたくなるか。それは本当に必要な事に遣うためなのか、確かめたいからなのだろう。例え嘘をつかれると分かっていても・・・

 と、今回与党から国民は「国家予算が収入である税収より足りないので、赤字国債発行と言う手段だけでは財政再建は出来ないので、どうか消費税を上げさせて下さい。」と国民に無心をしてきた。

 そして「今まで掟破りだった消費税の値上げをこうして、国家財政再建のために真剣に訴えて参ります。」 

 国民のためだから。

 必ず、持ち出される国家予算の足りない原因・・・ 

 年金・医療などの社会保障費で、少子高齢化により毎年どんどんどんどん増加していきます。あなた=国民の為に遣われるお金なんです。

 しかし消費税が一度国庫に入ってしまうと一般財政となり、もう何に使ったって、出勤位しか拘束されない公務員に年収うん千万円払ったり、民間人の全体の収入がべらぼうに下がっているのに、公務員の雇い主である日本国が赤字で44兆円も毎年足りない事実上の会社なら倒産しているのになぜリストラ、賃金カットをしないのか不思議だ。

 「そうじゃそうじゃ、本当の国家予算を膨張させている原因は、わしたち公務員の人件費だよ。そしてその公務員の収入を決めるお人もわれらの仲間ときてや安心の極みこの上ねぇという所ですぜ、だんな。そういう意味では庶民は気の毒でんな。」

 本当に、国家予算の使い方をきちんと何のしがらみも、選挙の票数の欲を捨て全て組み直し、真の無駄を省きその上で予算が足りないと言うならまだ救う価値はある。生活も出来ない程の年金から病院代を払い、おかずを切り詰めている民からこれ以上の負担を負わせるとは、

 鬼畜の所業ぞ。とにかくこちらは命がけじゃ。

 「だったら、おまはんらも、国民にごまかし、うそ、まやかしなど見え透いた小細工せえへんで、国会議員削減、公務員の賃金カット、リストラ、無駄な部署の全般、命懸けでやりや。」

 「公務員もお年寄りの僅かな年金額で生活しなはれ。命懸けのつましい暮らしの苦しさを、あんたさんら公務員も身に迫っていれば、そんな酷い消費税10%なんて言いたくても、言えません。」

 「だってあんたらの雇い主である日本国は、事実上破綻しておられますんよ。図々しい者たちでんなぁ。あんたらが、現代の絶対王政下にあった、特権階級というものなのでっしゃろう。」

 訴えるべきは、予算の足りない分のお金を国民から貰おうとばかりせず、収入に見合わない国家予算の無駄の削減にまず専念すべきである。無駄が無いとは言わせない。

 とにかく国会予算を内輪で好き勝手不透明に決めるのではなく、国民の素直な見識と民間会社と同じに厳しい予算の見直しをせよ。お遊び程度の“事業仕分け”で国民を騙せたとでも思っているのだろうが。

 裁判員制度のように国民の意見を入れよ。  

 でないと、これ以上の消費税による国民負担を伴う“甘え”の何ものでもない国家のおねだりを許すわけにはいかん。

 まずは、正常、常識、適正な国家予算の使い道を国民に示し、その上で消費税10%をたのみゃ。図々しいにもほどがある、騙されへんで、今度は。そっちが先に、命懸けの誠意をみせーや。
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2010年06月22日

優しい独裁

 よくしゃべり、しゃべり過ぎて自分の発言で追い詰められた前総理が反面教師になったのか、今度の現総理は極力記者会見を避けているらしい・・・

 “話す”という事で、自分の考えのシッポを掴まれるのを避けようとしている意思表示なのだろう。

 刑事コロンボを見ていると、コロンボが犯人と狙いをつけた容疑者に多くのことを質問しに来るが、コロンボと喋れば喋るほど深みにはまってしまう。

 と、このようになる事を恐れて今の総理もダンマリ作戦をしているのだろう。

 現与党の特徴として、圧倒的に審議をする事を嫌い、特に自分たちが絶対に決めたいと思う事は、反対意見を封殺して、話し合って審議して少数意見を受け付ける場すら設けようとしない。

 個の意見を大切にせず、議会制民主主義で“多数党”という権力で自分たちの意見を通していくという思想は形の違う絶対王政の手法と変わらない。

 人々は“王様”がやると刃向かうが、選挙で選ばれた者が行うと違うもののように感じてしまう。

 特に、今回現与党には突かれるとまずい事が多い・・・

 現与党が圧勝し政権交代を成し遂げたきっかけを創った前の衆議院選挙時のマニュフェスト=約束を、すっかり変更してしまい、約束違反の様になってしまった事の件・・・

 もうひとつは、消費税を現在の5%から10%に上げる事について、まず中途半端に終わっている国家予算の無駄の削減・議員定数削減・公務員削減などの無駄の削減などの予算の使い方の見直しも終わっていない上、諸外国のように食料品などと贅沢品の間に消費税率に変化を加え低所得者の負担を軽減するなど、まず議論を尽くして、ニーズにあったものにしていく必要がある。

 が、この与党は“数”という権力を使って決めるので少数意見を無視するきらいがあり、(審議=めんどくさいもの)しているのか、実は言い出したことに思っているより中身がない場当たり的に決めているなど、腹を探られるとまずいのだろう。

 たいてい何かを決めるとき、後日談を聞くと、担当大臣が聴いていないとか、仲の良いもの同志で勝手に決め多くの人の意見を聴いて丁寧に綿密に決めているのではなく党内自体バラバラでまとまっていないらしいような様子が出てくる。

 とにかく「黙りもの屁は臭い」・・・

 ダンマリを決めていれば、ぼろが出ない、無能、いい加減、意見の中身は本当はからっぽ、などのぼろは出ないに味を占めて・・・

 しかし、議会制民主主義はそれは許されない。どんなに嫌でも議論をするからこそ、提案内容に訂正や追加がなされよいものになるのである。第一、国家のトップが議論を恐れるならば志自体やり直すべきである。

 とにかく自分たちの都合が悪くなってきたとはいえ、圧勝の原因となった旧マニュフェストの総括の報告と、有権者に対しての謝罪を自分たちの考えをきちんと“話す”義務がある。

 
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2010年06月13日

味方のふり 2

 TVで与党の幹事長が出ていて、言い分を聴いていたら・・・当たり前だが、党首は変わってもやはり体質は変わっていない。

 決して自分たちの非を認めない。謝らない、いつも自分たちは良いもので、悪いのは自民党とあくまでいい子ちゃんぶる。

 そして、(増税=消費税率を上げる)ことも国民のためで、実は自分たちが(子供手当て実行=財源がいる=無駄の削減により財源確保=だからこのマニフェストは大丈夫)と言いはっていたいたものの、実際の結果は自分たちが思うほど無駄は出す事は出来なかった。

 しかし、政権交代してからそろそろ政権与党に慣れてきて自分たちが主張していた国費の無駄を削る事と、国会議員や公務員を減らす事により、増税無き財政確保が出来るとマニフェストに豪語していたにも拘らず実際は出来ないという事を自覚しているはずなのに。

 それを追求されると、「そんなこと書いていない、そう言う意味ではない。」と、あの書いてあることをどのように違った意味に捉えられるのか、実に面白い釈明だが・・・

 まあ大抵その様な、はっきりと分かりきっているのに、「絶対に違うよ。」と言い張る年齢と同じぐらいの精神年齢なのだろうが。
 
 今回の政権交代後の与党の始めての総理が、党内のあの人を、シャーロックホームズが「最後の事件」で最強の敵であるモリアーティー教授と共にライヘンバッハの滝つぼに落ちた的な、“見かけ上”は見事なケリを付けたように見える茶番という意味では実に見事だったが・・・

 でも、本当の与党の真の本体が何であるのかは、選挙にもし勝った場合にきっと分かることなのだろうと言う謎解きを残し、人々の目を釘付けにする所など実にうまい。

 と、TVで話題になっていたのは消費税の増税の件だったが、実は自民党が与党の頃、社会保障費確保のためにそろそろ消費税を10%にしようと言う案に頑なに反対していたのは現与党だったと言う。

 はっきり言って、今、デフレにより国民の所得がとても減り続け、支払うべき社会保険料、税金など生活を脅かすほどになっている。

 そんな時、増税などもってのほかである。

 問題なのは、日本国の税収が36兆円しかないのに92兆円の予算を組んでいる事自体だが、それはスルーして、その足りない分は一体どうすのかと言うことにばかり話題を摩り替えている。

 今までは、湯水のような「赤字国債発行」、次の魔の手は湯水のように「消費税を上げる」と言う事か。

 この消費税を上げるということの危険性は、赤字国債発行と一緒で、まず予算の見直しをしないで、お気楽好き勝手自分の懐も考えないでばら撒きOK、無駄の削減は結局削減する勢力の票が欲しくなってしまい結局実行に移し切れず、ばら撒きを止める事による票を失うことが怖くて見直しせず仕舞いになってしまい・・・

 イソップ物語らしきものにビンの中にある餌が欲しくてビンの中に手を突っ込んで餌を手一杯に握り締めているサルが、欲が深くて餌を離すことが出来ず、ビンから手を出すことが出来ない的に、票を失う事を怖れて結局彼らは何も出来ない。

 (口=マニフェスト)では、(全ては国民のためだから=国民の味方だから=しかし予算は身の程をわきまえないブルボン王朝なみにブッチギリに贅沢に)、しかし本音は、(選挙の票取り=自分たちのためだから)巨額の足りない分は赤字国債と消費税があるのだからばりに、湯水のごとく膨れ上がった国家予算の付けは・・・

 生活が限界に近い苦しい国民から楽に強制的に搾取できる、新手の技、“消費税”と言う事になる。

 TVで評論家が、事業仕分けをやるのはいいが、天下り自体無くさないと一時的に予算を削ってもいつでも復活するだけで何の意味も無いと言っていた。

 特権階級である国会議員に掛かる税金の使い道の杜撰さは、ついこないだ問題が指摘された某国会議員の予算の計上を見ると、誰が国家予算にとって非常に無駄なのかは分かった気がしたが・・・

 とにかく「お小遣い帳」も上手につけれない自己反省が素直に出来ない、闇将軍の真の目的が分からない、(愛国心=強制ではなく日本国の将来の憂い、国民の生活の苦しさの実感など)に疑問がある、選挙の票欲しさに日本国の将来を考えずムチャクチャバラマキの予算を平気で組むなど、現与党のやり方と精神年齢では・・・

 消費税を上げさせる事を、許すことは出来ない。
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2010年06月11日

KUNIを変えるということ

 今この国は、資本主義がゆえに資本主義による行き詰まりを向かえている。



 そしてそれを救うことが出来るのは、何か。政治か、市場か、個人か・・・

 とにかく卵が先か鶏が先か、資本主義社会では資本がなくては生きていけない。

 どんなに美しい理想を願っても、分析して計画しても、それが実行されてかつ国民に所得分配されなくては国民は決して豊かになることは出来ない。

 戦前この国には基本的な人権が、確立されていなかった。また歴史をみても、実際に実行されているかはともかく今に至るまで、世界中で人民の人権と自由、平等を獲得するまで、“戦い”だった。

 しかし、どの様な大義名分があろうが、企業が世界競争に負けると泣きを入れようが、やはり「派遣法」をいじるべきではなかった。

 特に資本主義における労働者は、あらゆる低い立場にあり人権が侵害される立場にある。それは、単純明解、労働者の賃金は「コスト」に過ぎないからであり、コストは少なければ少ないほどよいからである。そして歴史的にもいつも労働者側の権利は侵害され続けてきた。

 だからこそ、日本国憲法で労働者の権利を保障し、労働三法がある。しかし、ある日本国の国民の平和と自由と人権と命を守る側に居てくれると信じていた総理大臣が国民の90%をになっている「労働者」の権利が著しく侵害されることが分かっていた江戸時代ですら悪法と恐れられていた「派遣法」を合法化してしまった。

 そして大儲けしている企業から、本当に儲かっていない企業に紛れて、コストの掛かる「正社員」と言う手間もお金も小うるさい権利を持っている労働者の中の特権階級よりも、何の責任も持たなくていい安い賃金で雇えるほうに切り替えた。

 受けての労働者たちは、実際に働く場には権利は無くどんなに理不尽で、どんなに権利を踏みにじられ、ただ奴隷よりは逃げることが許されているぐらいのひどい状況が起きている。

 しかし、今世界中が激変し、国内の変異してしまった。人の心も、社会システムも、経済のサイクルも・・・

 誰しも願う。少しでも人々に幸せになってほしい。変えたい。

 ここまで、世界が狂ってしまって手の付け方すら分からない。この国もデフレスパイラルと言う経済の世界のブラックホールに巻き込まれている。引き金は「派遣法」だ。この国90%の労働者に所得分配されなくては国が滅びる。

 フランス革命のころ、食べるパンさえ無く。革命による改革は絶対王政によりたった2%の者たちがもっていた特権を無くさせ、人民に開放することだった。

 現代の特権とは、何が人民を苦しめているのか。

 しかし一度味を占めた側は、二度と面倒くさいことはやらない。
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2010年06月08日

民主主義

 鶯の鳴き声を生で聞くと、この世のものとは思えない美しさに驚く。

 現与党の党首が変わり、自分たちの党内部での民主主義を勝ち取ったのごとく歓喜と安堵に包まれているという、奇妙奇天烈の事態になっている。

 この奇怪な党が日本国を司る“与党”というポジションにいること自体、日本国民が混乱状態であることが分かる・・・国政よりも党のある人に全神経が集中していて、今、政治がフリーズしている。官僚を上手に使うのではなくただ排除していては、お国が機能不全しているだけと言うことにすらいつ気づくのか。

 全世界が他分野において次世代に移行し始めているこのご時勢に、独裁者=王もどきの者に逆らう内容の発言すら気がねをしなくてはいけない党内の雰囲気の中、絶対王政から革命の如きことをしなくては自由、平等、議会などを手に入れられないという的に、党内で死闘を繰り返さないといけないとは非常に面白い。

 独裁の中にいる人間の言動と自分たちの立ち回りなど、歴史の教科書に出てくる「アメリカ独立宣言」のくだりを思い起こさせてくれると共に、彼らが何を大切にして戦っていたのか少し分かったような気がしてくる。

 逆説的に、今まで当たり前のように思っていた民主主義はやはり力の弱い者たちが命を懸けて勝ち取った珠玉の一品であると実感させられた。

 箱庭でみる「革命」の経過という感じがして、一体この国の政治形態は何か、こっちまでふと混乱してくるが。

 今、日本のシステムなどが世界基準と違った進化をしていることから「日本のガラパコス化」と言われているが、この与党も世界からはそう見られているのだろうか。

 急にぶっとんで、フランス革命中、ブルボン王朝から政権をとって絶対王政から共和制を勝ち得たはずの政権側となった指導者ロベスピエールらは、自分たちは革命側の勢力だったはずなのに、国民の不満が高まってくるとだんだん革命の成果をあげるのを急ぐようになり、革命の推進を遮る者たちを片っ端から処刑し始め、「恐怖政治」と呼ばれるほどに突っ走ってしまうという、オチになったこともある。

 そこにあったものは、自分たちは絶対王政=悪を掃討し、国民の側=良い=善=正義であるので、自分たちの言動は国民のためであるという自己正当化による、自分たちの言動の意味の客観性が失われた極限状態なのだろうか。

 左右上下派だろうと、例え、「自分たちの進めていることは正しい」と思っていても、日本国の政治体系は議会制民主主義であり、選挙で勝った者の「独裁」で政治を進めるという意味ではない。

 そこになぜ、“議会”が必要なのか。例え、議会の最終結果が“多数決”だからと言って、少数派を無視し議会自体を開かず、自分たちに反する少数派の意見を排除すると言うことは、処刑まではしないまでも反革命派を排除している姿ににている。

 我こそは何であろうと、証人喚問、あらゆる審議、国会延長など、やたらと“討議”を封殺する与党に民主主義を軽視、冒涜する思想を感じ、もう一度中学生の歴史と公民の教科書から民主政治をやり直すべきでは・・・

 そして、現生ばら撒き政治手法は人よりお金を信じるあの人らしい。

 民主政治とは選挙で勝つことではないが、そういう巧妙でしたたかなる独裁政治が存在することを学んだ。人の究極の弱みに付け込む現生ばら撒き作戦は、やはり強く卑怯だ。
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2010年06月04日

理想主義

 理想とは人が考えることが出来る最も素晴らしい状態とある。

 何事もそりゃその通りになりぁいいが、現実はそうなるとは限らない。現実の世界にはそれを阻む条件が多く、理想は大抵幻想に終わる。

 と、政治の世界では現政権が教えてくれた。

 が、本人たちは理想を貫きます事は格好いいと思い込みかつ、国民のためと言う大義名分を利用して自分はいつも善良なる者たちを装うことしかしないナルシスト集団でしかない。

 誰もマイナス面は自分の中には入れたくない究極の狡い者とも言える。自分は現実世界に存在する全ての部分で”美しい事”しか認めない善良なる者で、実在する闇の部分は自分意外にやってもらうか、やってもらっている事にも気付いていない。

 では現実に存在する闇の部分は誰がやるというのか。本当に大変なのは、闇の部分を担う者。美しくいいとこ取りをする者の方が真の卑怯者なのだろう。

 国を担う時、何が重要であるか考える者はやはり無責任な理想を言うことは出来ない。責任感があるほど理想と現実の間で苦しむからだ。

 理想に近く国民の欲につけんだマニフェストを見ると、その党の無責任さがわかる。誰でも国民の理想を叶えてあげたいし、理想の実現は票という自己利益にも繋がる。

 しかし現実が”実現を阻止する。そして今、日本国の現実は相当厳しく、今のところその厳しさは増す要因しかない。

 理想主義もいいが、どんなに嫌な事でも現実の状態を認め、しかと心に受け止め受け入れる事からこそ、真の改革を始める事が出来ると言える。現実を無視し自己を理想にのみ置くことしか出来ない否定する自己を受け入れられはいアダルトチルドレンに世界の中で経済、外交など戦い”生き抜く”と言う使命をまかせられるのか・・・

 やはり現実が厳しく、難局時は成熟した玄人か。

 政治もどの世界も、やはりお師匠さんかのう。新米政治家を育ているほど余裕は・・・ない。

 約36兆円しかお国の税収がないのに92兆円の予算を組んでいる事を見ても、異常な理想主義者で、個人なら自制心のない者と言える。そんな者たちにお国の運営を任していたら、その果てはちと・・・
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2010年05月31日

男気

 社民党が連立政権から離脱した。 

 動機は米軍普天間飛行場の移設問題に関する政府の対処方針への署名を福島党首(消費者・少子化担当相)が拒否し、罷免されたことによる。

 彼女はTVで「国民との約束を破ることは、人間としての真価に問われるので。」と言っていた。

 対選挙向けのパフォーマンスなどといろいろと言われてはいるが・・・

 久しぶりに、“正しさ”を貫き通す姿を見せてもらって、気持ちよかった。格好付けでも、大見得でも、きっと何も出来ないかもしれないが、古きよき潔さを思い出した。

 現与党の見え透いたごまかし、開き直り、国民の声より自分たちの名誉に取りつかれ、心無き謝罪めいた台詞発言による自己満足的問題解決終了より、まだましだ。その上、今回の普天間問題も結局事実上は何も出来なかった。

 だったら、彼女は何も出来ないと分かってはいたけれども、自分を信じてくれた人たちの気持ちを踏みにじることは出来なかった・・・という落ちの方が政治は救われる。

 今時、古いハリウッド映画に出てくる武士道精神や秘宝扱いの日本刀などにしか表現されない何かがそこにあり、国民の苦しみを感じられるだけの“魂”が現代社会に通用するのかも疑問だが・・・

 それでも、抽象的な民意というわがままで確証のないものを相手にしているうちに混乱状態になりかねない政治でも、必要なことは自分を見失わないことしかないのだろう。

 そして受けての国民も囲まれている難題で、混乱している。

 しかしとうとう面倒を見る側が少子し見られる側の高齢化が、社会の構造や経済の流れに対する影響が現実化してきている上、世界の中の日本のポジションの変化と世界の勢力地図の混沌化などにより、国の行く末の不安定度は江戸時代の幕末期の状態に似てきている。

 黒船を見て、世界の中での日本国ということに開眼せし幕末の民衆・・・

 そして今度は現在の日本国をどう立て直すのか。
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2010年05月25日

迷走

 権威と権力の違い。同じ人を従わせるという状況をつくり出すのに、信頼でか強制によるかとすると、国家のリーダに必要なものは。

と気難しく考えてみると、曲がり形にもいくら最新版の総理だとは言え、自分の立場から派生する国民への責任と信頼の重みが認知出来ないという世代でもないとお見受けするが。

 古きアメリカのTVドラマ刑事コロンボの中では、真犯人が自分の疑いを晴らそうととてもよくしゃべる。しかし、話せば話すほど矛盾が現れてくる。と言う状況に似ているのを思い出した。

 本当にかわいいのは、国民かそれとも自分か。選挙の票が欲しいからとは言え、何の根拠もない無責任なマニフェストに釣られたあなたが悪いのかと言うのだろ〜♪

 人の信頼する心が、分かったふりには長けてはいるが感じる心は持ち合わせていない者の甘い言葉には気をつけなくては、と心して選挙に行かねば。
 
 有権者の見抜く目のレベルが問われているとも言える。

 もしその政党が、国民を愚弄する言動をしたと言うことは、国民のレベルをそう評価しているとも言えるし、転んでボスへの注目を反らすなどと言うことをするだけの余裕とヒマがある人たちとも言える。

 今、デフレ、少子高齢化、問題は自己責任主義の蔓延に乗じて楽したい至上主義による孤立した戦いで国民が疲弊している最中にぜよ。

 今回の政権交代で、政治に必要なことは、責任感と真剣。

 骨身にしみましたわ。  
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2010年04月29日

民意の逆襲

 確かこの与党が政権をとった時、民意が我々を政権交代に導いた。とか言っとったけのう。

 そして今回、与党の親分が検察審査会により起訴相当という議決が下されると、今度は素人である民間人にこのような重い判断を下すような権限を持たせることは問題だ。とか言い出した。

 自分たちにとって都合のいいときのみ民意を利用するのか。

 現与党の手口・・・

 国民のどんな質問や疑惑にもスルー、何が何でもスルー、国民が説明や責任を求めてもスルー。 

 どんな事もスルーして国民の疑惑や不満を無視し続けろ。人の噂も七十五日作戦でいけ、何てったって日本国民は飽きやすく忘れっぽい。

 政権をとる前は政治の透明性を高めると言っていたものの、党内の歪みきった状態を一生懸命にホローするために「国民の皆様は神様でーー。」と、国民のご機嫌を取り続け、実際は透明性とは真逆の言論の自由すらない独裁・恐怖政治のコッテコッテの政党組織なのを、平和の象徴ばりのハトがイメージ戦略で支えている。その上どんな疑惑が持ち上がろうとも「国民のみなさまの支持をえています」と言い放ち、事実上の国民の民意を体裁よくスルーしている。

 国民が疑おうと、怒ろうと、恐れることも、恥入ることも、気にすることない。本心は国民の意志=民意などは気にも掛けていないと言う事が、国民の怒りや疑問に答えようとせずに無視した態度で分かる。

 民主主義下での紋所である民意により選ばれし、民意により有頂天になって民意を見失った果ての者たちの姿が・・・

 急に懐かしの映画の美しいあの人による一場面の言葉が・・・思い出された。

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2010年04月26日

子ども手当て 2

 もしその国を滅ぼそうとしたら、昔なら兵器だったかもしれないが、現在の世界情勢の基準が資本主義ならば、その国を財政赤字により国を困窮させ破綻させることなのかもしれない。

 ハッキリ言って、日本国のヤリクリ上この国が黒字で財政が豊かであれば、好き勝手にばらまくのもよいが、借金をしないとヤリクリが出来ない国が無差別にばらまいたら、一体どうなるかは・・・

 普通の人には分かる・・・はずだか、そのことの本当に意味することが、今一つピーンときていないのが、この国の人なのだろか。

 これから訪れる真の恐怖に・・・とか。 

 それは映画13日の金曜日で、何も知らずに楽しそうに浮かれている映画の中の主人公たちに似ている。

 友愛と口当たり良い美しい言葉で、国民の為だからとあたかも思いやりから全て政治を行っているかのように、サブリミナルをしかける話術という妖術をつかい政権をとったが・・・

 現実に行っていることは、批判しまくっていた旧与党のばらまき政治と結果的にはあまり変わっていない。よく同じ物でも形や色を変えると違う物に見えてしまうように。

 現に、予算が94兆円にも膨らみ、前与党より多くなってしまっている上に、国債発行額も全然減ってない。

 わざと穴だらけの状態を承知して可決実行している子ども手当ての大盤振る舞いぶりにも、驚くが・・・

 第一大盤振る舞いとは、借金をしている国にはしてもらいたくないし、その資格もない。

 特に私たちの国では、そういう政治をして欲しくない。ことの重大性に気付かない国民を相手に巧妙なる手口で亡国に舵を進めていくとは。

 と、分かり易く言っても、きっとまだ、まだ、まだ、まだ、気付かない国民だが、だからやりやすいとも言えるが。

 その上、自分たちを真剣に守護している味方と、もっともらしい味方のふりをする敵意ある者の区別する能力もないし、今現在、世界の中でのポジションがとても低くなってしまい某大国の大統領に露骨に無視されても日本国の代表であるにも拘らず笑っている。まあ有り余るブツを所有している者は大抵笑っていることが多いのだろう。

 本気でこの国の借金漬け体質を、改善しようとしている者こそ本物か。国債発行による資金調達は楽だが、莫大な”利子”を払うことになり、TVでは今金利が低いが破綻の噂で金利が上昇したら、利子だけで50兆円ぐらいになり、現在の日本国の収入である歳入の37兆円を簡単に超えてしまうそうだ。

 次の選挙の争点は真剣に財政を立て直す気があるかだ。
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