2016年07月30日

能力主義

都知事選を行うことになった。

ところで前知事のスキャンダルは多く取沙汰され、詳細なことまで連日伝えられていたが・・・

では一体。都知事としての功績はどうだったのだろうか。

都民にとって、これから迎える東京オリンピックに使われる莫大な予算、思ったよりも増えない税収、思惑通り収入増につながりそうにもないオリンピック効果。

もしかすると。東京オリンピックの使用後の設備も長野オリンピックの後のように、廃墟施設とまではならなくとも、維持費を長期的に消耗する負の遺産にならないとも限らない。

東京都だけでなく、この国家全体も予算の立て方、権限の所有体勢、国家予算の使われる優先度と額は、本当に国民の将来にとって役に立つように使われているのだろうか。

今、話題の田中角栄元総理が日本列島改造論のすごいところは、ふつうは総理になることが一政治家の夢であり、たいてい任期の間のことに過ぎず、一生のうちで自分自身が元総理と呼ばれる立場に慣れたことに満足する程度である。

凡人にとっては、それだけて凄いことである。しかし、彼は並みの人間ではない。とても一総理の任期中などでは不可能なことではあるが、その当時抱えていた地方格差を解消し、しいては日本国というものを、地方を含めた全国土中を都市機能と同じにして、国土全体をフル活用させて国力を高めようとしていたのだ。

ある時代、世界中がやろうとした間違った方法での国土侵略なく、今ある日本国という国の国土内で実行しようとしたのかもしれない。

あの時代には世界中の誰もが、シンクタンクでさえ、現在の中国が経済的にアメリカと互角の力を持つ国に成長するとは考えもつかなかった。分かりやすく言えば、共産主義体制の国が経済的に価値ある国になるとは見ていなかった。

それなのに彼は、命を狙われながら命を懸けて、中国との国交正常化を実行した。

彼は、まるで、現在の世界情勢を見抜いていたかのように・・・

あの当時、戦後すぐに経済的に先進国であったヨーロッパの国々は、日本を含め、超高齢化に悩み、世界的な重要の飽和状態に苦しみ、賃金の低下、消費意欲の低下により国家自体の老朽化が進んでいいる。影響が経済活動にも出だしている。

今真実に目を向ければ、消費能力、人口出生能力を高く持っている若年層が貧困に苦しみ、実際に消費したくても消費できない事態に追い込まれ、逆に、いくらお金があっても出生能力も消費能力に限界のある高齢者の方が裕福なケースが目立つ。

また高齢者は若年層に比べて税収の割合が低い割に、税金の掛かる社会保障費を多く使う。

日本の人口の比率は年々、高齢者側にシフトし続け、高齢者割合が増加は、誰にも止められないだろう。

もしも今、彼が生存していたら、あの時代に日本列島改造論で述べていた能力をもってして、今、国家がやらなくてはいけないことを聞いてみたい。

彼の思いが実り、確かに、日本の果てまで道路は行きわたった。ただ、うまく活用されていないため地方格差は無くなってはいない。たぶん彼は、道半ばで失脚してしまい、次の施策案を持っていたに違いない。

幼き頃から、豪雪に悩まされ貧困に苦しんでいる地方の人々を見続け、その原因である地方格差を、どうにか無くして、地方の貧困を少しでも解消たいという 彼の執念と日本国土への強い愛国心は真実であったのだろう。

たとえ形は間違っていたとしても、国家を動かすのはとても大変なことであり、その時代により権力wの動かし方も違うのだろう。真剣を笑う、このご時世とは違う。

今の日本の次世代の課題に向けた、政治とは・・・

そして理想の政治家像とは。

自分のクリーンなイメージにのみ気を使い、国民を憂いているようでも嘆いているだけで、課題や問題をを解消する構想も国を動かすパワーも無い政治家だろうか。

が、しかし・・・

とても好感度は良く、自身の生活やお金にはとてもクリーンなイメージがあり、ただそれだけが売りの政治家ばかりを選ぶ国民側にもに、将来、日本国に必ずや起きる真の国家崩壊の危機は防げないのかもしれな。

それを、天命と言いながらただ受け入れているだけなのか。それとも、今の子供たちの中から、真の日本国の抱えている危機を、田中角栄のように強い信念をもってどんな反権力にも負けずに救世しようとする者が現れくれるのか。

やはり国家を救うのも、崩壊を止められないもの政治の力なのだろう。しいては有権者の賢さにかかっているのだろうか。
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2015年01月01日

あけましておめでとうございます

今年はひつじ年・・・
未(ひつじ、み)は十二支のひとつ。通常十二支の中で第8番目に数えられる。
未年は、西暦年を12で割って11が余る年が未の年となる。
五行は土気.(ところで土(土行)とは、 植物の芽が地中から発芽する様子が元となっていて、万物を育成・保護する性質をあらわす「季節の変わり目」の象徴、そして四方の各行から余った気が中央に集まって土行が生じるとされる。)
陰陽は陰である。(陰と陽とはもともと天候と関係する言葉であり、陰は曇りや日影、陽は日差しや日向の意味陰陽は寒暑の要因)

「未」は『漢書』律暦志によると「昧」(まい:「暗い」の意)で、植物が鬱蒼と茂って暗く覆うこととされ、『説文解字』によると「味」(み:「あじ」の意味)で、果実が熟して滋味が生じた状態を表しているとされる。後に、覚え易くするために動物の羊が割り当てられた。

と言われて陰陽五行思想からきているらしい。調べたらこれは中国の春秋戦国時代ごろに発生した思想とのことだ。その時代からの名残が今も残っていることの方がすごい。

昨年の「今年の漢字」は“税”だったが、消費税に関して言えば、まだまだこれは始まりに過ぎないという感がある。財源として狙われ続ければ、北欧並みに上昇し、いつかは物の値段と消費税がイコールになるという都市伝説ばりの日がくる覚悟が必要だ。

陰陽五行思想ではないが、古い概念の中にも良いものもあるが、古い概念が役に立たないケースもある。

特に、一昔前の日本の経済構造なら一発“円安”になれば輸出が増えて貿易黒字になり、景気も良くなった。

しかし、円安になると、原材料などを輸入に頼っている日本は輸入品関連の物が値上がりするというリスクが生じる。その影響を受ける業種の方が多くなってきているので、円安が国益につながるとは限らない。

そういう意味では、第47回衆議院議員総選挙(衆院選2014)が行われた理由について、“よくわからない”というのがマスコミを上げての主流の意見だったが、勝手なる分析では、前回の選挙の時には窮地に立っていた現与党は与党を奪還するために、今まで国民が何を望んでいるのか分からないふりをしていたが、分かっていたので“おとり”としてそれらのことを選挙公約にした。

そのため国民は現与党はさすがに“変わった”と感じ、その選挙では圧勝した。

その後、政権を奪還したものの実現不可能までの選挙公約をしたために、覚えている国民に対してチャラにするとは言えないので、究極にチャラに出来る方法を考えた。

表向きは消費税を上げないという国民の信を問いたいということだったが・・・

消費税といえば、なぞの消費税を上げる時の指標に“物価の上昇”とい条件を入れているが、そこには、見えないかっこが付いている。その見えないカッコ書きの内容が曲者で、国民が惑わされる原因だ。同じようで似て非なるものになっている場合が多い。確信犯的思想がうかがえる。

(賃金上昇コストにより)物価の値段が上がった
(円安による原材料の値上げによる)物価の値段が上がった

確かに両方とも指数では“物価の値段が上がった”ということになる。しかし現在起きているのは(円安による原材料の値上げによる)物価の値段が上がったという方だ。円安による物価の上昇という悪い影響を受けるのに、消費税を上げる理由に使おうとしている。

まだ日本は資本主義の観点からすると、経済においては機能不全という病を抱えている。末梢まで血液がいきとどかないことで病気が起きるように、資本主義の血液に当たるお金をどこかが留保し続け循環を止めている。労働者であり、消費者であり、子孫をつくるものであり、社会保障を支えるものであり、同時に国家をつくっていくもの達に行き届かずに、生活不安を与え続けている。

結局、ばらばらななように見える事象は、すべてつながっている。民主主義に言われる人民の力は、悪い方に向けば、無意識であっても悪い結果を生んでいく。

目的は何か。果てはどうしたいのか。何かの意思によるものなのかすら分からないが・・・

それを治療するには病気と同じで、原因究明の結果に対して、小細工ではなく正しい治療をするという努力が大切だ。一気に治そうとするから、小細工をしてでも、どうにかしようとしたくなる。

原因は、お札を刷るまでは国家が自由に決められる。そこまでは、シナリオ通りに誰でも出来る。そのあふれさせたお金が、速やかに止まることなく循環すれば、景気も良くなり思惑通り人民も潤う。

しかし、自由意思を伴う資本主義社会では、儲かったお金を使わないという決定は自由意志の領域で、国家には手を出せない。たとえその動機が人民のためであってもだ。だから、国家の理想とする循環は企業のあちこちで、せき止められ、労働者である末梢にお金が行き届かない現象が起きる。

その自由意志の領域を、どうやって手術するべきか。それが解決しない限り、リスクを抱えてまで札を刷り続けても、治療よりリスクが肥大化していくだけである。

目先の欲にとらわれて、労働法の形骸化を放置した人民の労働形態の悪化は、不安定な収入を引き起こす。それが引き金になって起きる、さまざまな影響を受ける事象の連鎖を甘く見てはならない。

企業が受ける恩恵よりも累積して起きる事象の方が大きくなりカタストロフになっていく。

所詮、小細工によるつじつま合わせは、長期的に起きるカタストロフを防げない。預言なのではなく、分かり切ったことだからだ。


おこた
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2014年03月25日

お知らせ

この度サイト側の事情でブログを移行することになりました。

今までご愛顧いただき誠に有難うございました。

雨の日も風の日も来て下りました方々に支えられ、ここまで続けられてきたと思っています。

ここに引っ越してきましたので、これからも宜しかったらお越し下さい。

楽しいこと生活☆☆☆日記  http://7skynetzero7.seesaa.net/
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2013年12月31日

明けましておめでとうございます

今年の干支は午年だが、昨年の干支の引き継ぎでは蛇と馬を一緒にすると大変な事になりそうだったろう。

昨年の12月28日に行われた干支引き継ぎ式では、昨年の「巳(み)」から今年の「午(うま)」へ干支(えと)の引き継ぎがあった。

そこで飼育員さんが「この大きな背中にお客さまの夢を乗せ、2014年を全力で走りたい」と馬のコタロウの抱負を代弁をしてくれたそうだが、自分も新年の初日の出には何か祈願をしてみようと思ったが、初日の出を見るころに眠くなってしまいそうだ。

式に参加した子どもの「蹴られそうだったけどかわいかった」との言葉が、素直でかわいかった。

今年の干支、午年は
【意味】 午とは、干支(十二支)の7番目。年・日・時刻などにあてる。方角の名で「南」。陰暦5月の異称。ご。
午年とは、西暦年を12で割った際、余りが10となる年。
【午・午年の語源・由来】
本来の読みは「ご」。
「杵(きね)」の原字で、上下に交差し、もちをつく杵を描いたもの。
十二進法では、前半(午前)が終わり後半(午後)が始まる位置にあり、その交差点を「正午」という。
つまり、十二支の中間に位置し、草木の成長期が終わり、衰えを見せ始めた状態を表したものと考えられる。

語源の「草木の成長期が終わり、衰えを見せ始めた状態」は、あまり当てはまって欲しくはないが・・・

まあ、自分の願い事はここ近年、「回復」ということかな。

健康、体力、景気、絆。

経済成長期から右肩下がりの時期を迎え、アンチエイジングと同じように流れを逆行させるには、今まで以上の工夫と努力を要するだろう。

落ちた国力と体力を持ち直すには、気を引き締めてかからねばならないが、一度弛んだものを戻すには相当の根性がいる。

この時期になると思い出す、「雪」の歌詞
雪やこんこ あられやこんこ
降っても降っても まだ降りやまぬ
犬は喜び 庭かけまわり
猫はこたつで丸くなる

の猫の方に、いつの日かなっている自分に気が付いた。
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2012年09月19日

迷走



 「自民党をぶっ壊す」といって、日本自体をぶっ壊してしまった元総理がいたが、政権交代をして国民の長年の悲願を果たしたすえ、結果的に政治への信頼と希望をぶち壊した現与党。

 政権交代から現在に至るまでに、自分が約束したマニフェストを一生懸命に実行に移そうとやってみたが、実際に自分たちが与党の立場になってみると、詰め将棋の様に今の日本は結局、瀕死の膠着状態であったということに、やっと気が付いた頃だろうか。

 自分たちが野党だった頃、与党である自民党のやることを何の勉強もしないで思いつきばったりで反対だけすることによって国民の思いを代表しているという自負を持った自称ヒーローきどりを装って樂をしていれば良かった、「親の心、子知らず」といったところだろうか。

 もし、山の中で濃霧になった時は運転をしないほうが良いが、それでもする時は相当の経験と注意を要するものだ。今の日本を含む世界情勢は、世界勢力図も昔でいうところの発展途上国や先進国などの経済の地位も、流通や生産量などの形態も変化してきたり、資本主義社会の根幹となる物を消費する能力も昔の経済弱者といわれていた国の方が増加率が上がるなど、今までの常識といわれていた事が激変しだしている。 

 過去の日本の歴史を見ても、南北朝時代から戦国時代にかけて数百年間は分国法などにより国家統一されていない下克上時代と呼ばれる不透明な時代があった。弱者と強者の勢力が拮抗し乱世となった世界は混迷していくということである。 

 今の時代も世界情勢は、デフレと旧システムの崩壊により、古いシステムや思考が通用しなくなってきて、全世界が混迷と混沌とした状態になってきた。

 ただデフレが起きる大ざっぱな原因は、企業がコストという大義名文で市場では消費者となる従業員の報酬を減らすことにより、自分たちの企業にお金が貯まっていき、所得分配が正常に行われなくなっていくと、積り積もって世界恐慌に発展してしていくことは歴史の教科書を見れば、一目瞭然である。

 そのため市民も何を信じて、どのようにすれば良いのか不安定な状態に置かれている。確実な安定を迎えるという保障も確証もないため、人々の心に「不安」というものが広がっている。

 人々が消費をする時には、将来的な経済的安心があってこそお金を多く使おうとする。しかし、将来が不安であれば、お金を貯めようとしてしまう。いまでは、「お金をつかって楽しむというよりも、お金を貯めることのほうが安心出来て嬉しい」という気持ちにさえなってきている。

 資本主義経済では人々が消費をすることによって、金回りのベクトルを回転させることにより、所得分配を生じさせることでお金を作り出しているので、人々が貯金をしてしまってお金をつかう部分を減らしてしまえば、世界全体のお金という血液が減って虚血状態に陥り、日々体力が弱っていく。

 企業も支出となるコストを抑えるので、こちらも金の放出が日々減ってしまう、それがデフレである。そのデフレの重症化したものが世界恐慌である。それを世界は第一次世界大戦の頃から同じことをずっと繰り返してきている。

 コンピューター技術も発達し、産生機械技術も飛躍的に発達して、あの時よりは良くなっていると思っていたが、経済システムだけは資本主義という太古のシステムに頼っているために、世界経済のバイオリズムが同じような波を繰り返すのだろう。

 ということは、世界恐慌の後に何が起きるのか、厳重警戒が必要だ。

 日本国の舵取り・・・

 外交には、先手必勝、丁寧でかつ、したたかさや狡猾さも時としては必要だ。

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2012年04月13日

危機管理

某国の落下の可能性の高い飛行物体が、日本国の領域を通過すると言うことで、警戒が高まっていた。

そして、もし発射された場合、国家から地方自治体にも連絡が行くという、発射確認の連絡を待っていた。Jアラート(wikipediaより)

特に、飛行物体の通過または落下の可能性が予想さていた地域では、住民も緊迫していた。

その結果、飛行物体は発射された。

その瞬間を、的確に認知し、発表したのはアメリカと韓国だったらしい。

本国は、全国瞬時警報システム(Jアラート)を政府が作動させていなかったため、発射を国民に自力では発表出来なかった。

予告されていたにもかかわらず。そして、ある程度準備もしていたが。

しかし、これがもし、相手が不意打ちでかつ攻撃性の高い物体だったら・・・

核を搭載したミサイルの場合もあるかもしれない。動機などなく、無差別なテロ行為かもしれない。

自国は平和主義を満喫し、世界の中でのならず者国家の極にいる優越感と平和主義の究極を気取っているのはいいが・・・

世界中が懸念しているように、昔に比べて、最強兵器の技術などの流出により、思いのほか理性と世界平和の責務を自覚していない勢力も破壊兵器を持つ事が出来るようになってきている。

そして、自国はアニメばりの完全なシールドがあるわけではない・・・

今回のケースに対応するためにPAC3(弾道ミサイルを大気圏内で迎撃する能力を持つ、発達型ペトリオット防空システム。 米国が配備を進める、弾道ミサイル防衛、終末段階(大気圏内)における迎撃を担当する。)が、 沖縄・石垣島などに配備されている映像を見たりすると、

「こういう事から、軍部などの勢力の拡大を図るきっかけになることが懸念される。」とTVでコメンテイターが言っていたが。このように感じている人も多い。

しかし、上空からの攻撃を回避する方法は、武器ではなく巨大落下物であっても、本土に物体が着弾して、人身や建造物などに甚大な被害が出ないようにするためにはPAC3などを使用するぐらいしかない。

そうなるとPAC3などは外観からは、武器にしか見えない。使い方によってはそう出来るが、必要な時には、なくては困る。

日本は敗戦後エンドレスに、戦前の国家システムの反省から極度の防衛を含む軍アレルギーを起こし続け、防衛の必要性を軍拡の一部と考える方向性があり、「無防備国家」となろうとしている。

自分から相手に攻撃を仕掛ける軍事行動と、相手からの攻撃を監視し場合によっては防衛力を行使し国民の命と国土の安全性を守るための一見軍事行動のように見える行為とは、結果とその行為の持てる意味が全く違う。

しかし、外見とシステムの様子はほとんど同じ様に見えるが・・・

いまどき世界の勢力がどんどん多種多様になり、事実上世界平和の維持は混沌としている。

いつ何が起こるか、本当はわからない。何を考えているか分らない相手も多い。

無防備は、国家の怠慢とも言える。
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2012年01月01日

謹賀新年

 新年明けましておめでとうございます。
  
  今年は辰年で芽吹くような年と言われ、昔から成長や発展をもたらす干支だとのことです。

 今年の干支の交換会では昨年のウサギから、辰は何の動物がやるのかと思っていたら、かわいらしいタツノオトシゴでした。龍のイメージを想像していたので、意表をついた生き物の、そのかわいらしさに少しほっとした気持ちがしました。

 ところで昨年の締めの大納会では、株価が29年ぶりの低迷状態と聞いて29年前の年齢を思い出し、その時からバブルを迎え経済成長した分がすべて吹っ飛んでしまった気がして少しさびしい気がしました。

   昔から、よく言われるように頂点に上り詰めている時よりも、少し下っている位置の方が上を目指せて、頑張れる気持ちが起きてエネルギーをそちらに集中させることが出来て、ある意味では躍動感が持てるとも言われていますが、そういう気力を保ち続けたいと思っていますが・・・

 躍動の年にとの願いはありますが、全世界を見渡すと第二次世界大戦前の世界恐慌のような雰囲気が漂い、まだまだ予断を許さない経済状態が続いていて、不安の種が尽きないのが現実です。

   戦後まだみんなの生活が豊かとはいえなかった時期から、平和状態が続きみんなが少しでも経済的に豊かになる世界になったと安心していましたが、再び経済不安が訪れるとは予期していなかったので残念です。

    しかし全世界の人口を使って経済活動を活発に持っていける何かヒントや方策があるとよいのですが、経済というものは流動的で一度不安が起きると、実質経済よりもマイナスのマインドが経済にとって悪い方向に導くことがあるので、ぜひ人々が陽気になれる風潮が今年は広がって欲しいものです。

 でも、多くのことを乗り越えて、とにかく少しでも豊かな国になることを祈っています。





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2011年07月21日

KAKUMEI

 本当にこの日本国は悪いのか。

 本当にこの国は変える必要があるのか。もし、変える必要があるならどこが悪いのか。

 世界の先進国の中にあり、戦後法治国家となった日本は三権分立を達した。

 現憲法が確立するまでには様々な紆余曲折はあったにせよ、この憲法には主権在民・基本的人権の順守という民主主義国家としての基礎理念がきちんと謳われている。人類の歴史では、絶対王政の時代などからここまで来るに、永い年月がかかっている。

日本国の最高法規に位置づけられ(98条)、下位規範である法令等によって改変することはできない。また、日本国憲法に反する法令や国家の行為は、原則として無効とされる。そして日本国憲法は全ての法律においての最高法であり、憲法に法律はどんなものであっても、憲法に違反するものは例外なく無効になる(違憲立法の審査による)。ということは、日本国に在住する全ての国民は日本国憲法に準じなくてはならない。

それ以上に何をするべきか。いや、変える必要などない。

 戦後、国民は崇高なる我が国の新憲法の元に教育を受け、憲法を遵守する事を教えられた。憲法の理念である、平和主義・基本的人権の尊重・国民主権に誇りを持ち、世界的にも戦争を放棄した平和的理念など結果的に非常に良い憲法だと思われる。

この憲法施行の以前は、日本国はこの憲法を持っている今と、この憲法を持っていなかった以前の日本とは確かに違っていた。

 色々な経過を経て、日本国はこの崇高なる日本国憲法を持つことが出来た。たとえどんな経過であろうとも結果的には良かったのである。

 現実的に起きる出来事と、国家として遵守すべき憲法が存在するということは、実際は相違はあるが目的として目指すものが素晴らしいということはそれだけでも価値のあるものだと思える。なんだかんだ言いながら、国家運営は憲法に基づいて行われる。

 組織改革やシステム改革は必要不可欠であるが、国家の根幹への革命は必要ない。

革命と言う名の亡国主導を見抜ける、新国防政策改革の必要性は・あ・る・が。

今日の国家の質疑を聴いていて、日本のジャンヌダルクを見付けた。

か。
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2011年04月17日

アンストッパブル

 映画「アンストッパブル」を観た。
 
 題名の意味は制御不能ということで、映画の主体は危険なものを載せている制御不能な列車のことだ。人為ミスで貨物列車が無人で走り出してしまい、そのまま突き進んでいくと石油コンビナートや人口密集地がまっている為に、大惨事を引き起こす可能性が出てくる。

 その上、列車は金属溶接に使われる猛毒の化学薬品を積んでいて、爆発すれば猛毒ガスが発生しより被害は深刻度を増してきた。現状では完全な解決策が無く、戸惑った会社側は途中で人口密集地に行く前に列車を脱線させてしまおうという計画を画策する。

 そこでその案を聞いたベテランの運転手(デンゼル・ワシントン)は、「列車の速度からして、脱線は上手くいかない」と長年の経験から予測する。会社側の案が不可能だと直感した彼は黙っていられずに勝手に行動を起越し始める。一緒に乗っていた若い運転手とチームを組み、行動を起こすと、マスコミも大注目の中、勘と経験に基づく大奮闘が始まる。

 この物語は実話らしく、ちょっとの判断ミスで大参事を巻き起こす微妙な調整力が必要とされる。と聞くと・・・今の日本も、経済の面は巨大な財政赤字・デフレ状態・少子高齢化による社会保障費の拡大・莫大な震災復興支援金などの重大で深刻な局面に陥っている。

 今後、その不足する予算をどうするかという事をTVの専門家は「国債を発行し、日銀に買ってもらう」という案と「素直に国債を発行する」。また震災復興税か消費税のねあげなどの色々な案を言っていたが、どれを取ってもそれぞれに経済が大混乱を起こすと言う面があるとのことで、とても選択は難しそうだ。

 究極に微妙なミスが、深刻で大きいことににつながるという局面では、出来るだけ正解に近いシュミレーションを立て、実行する前によく丁寧に吟味してから選択するべきである。

 もし、この経済の局面も行ってから失敗すれば、それを取り戻すときに何十年にも渡る回復の道を余儀なくされる状態に陥りかねない可能性がある。すでにバブルの時に急激な政策変更をしすぎたためにバブルを潰すだけではなく、経済自体を沈下させ過ぎてしまったという経験を持っているので、同様の危険度が今現在増しているともいえる。

 電力においても今回でわかった事は、経済活動である製品の生産時に欠かせないものであり、電力不足は生産活動を停止させてしまうという事で、経済活動に重要なダメージを与えてしまう。しかし、一般人は身近な家庭内の電気にしか目が向かないので、エコな発電方法に移行していけばと簡単に考えているが、そう単純な問題ではなかった。
 
 という事で、経済は生き物であり様子を見ながら「アンストッパブル」な状態を上手に調整して行うという丁寧さが必要だと思われる。
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2011年03月16日

国家単位での支援物資の補給の必要性

 原発の対応も重要だが、それより重要なのは、被災者の支援物資が届いていない事による二次遭難の可能性が現れている事で、それは数日中に起こるらしい。と現地の人々が助けを訴えている。

 今回の災害は確かに広範囲だが、なぜか今までも大きな震災はあったものの、被災地へ水や食べ物など生きるために必要最低限度の物が届かないと言っている。そして、何故かガソリンも足りず、移動する事さえ出来ないという。

 何故以上に物資が補給出来ず、ガソリンすら手に入れられないと言うのか不思議だ。交通手段が破壊され様がなんだろうが、在庫が切れてしまえば、それ以上生きてはいけないので、国家が対処するべき事態だと思う。

 はっきり言って、自衛隊を数万人派遣すると言っていたのに、どうしてこうなるのか。道がダメなら、船などを空母など輸送手段を工夫して救援物資を届ける必要がある。このままでは第二次遭難が起きようとしている。自衛隊だろうがなんだろうが持っているガソリンや船等を使い、物資を届けなくては生きてすらいけないので、なぜそうなっているのか、大至急解明し、改善策を見い出すべきである。被災者が持っている在庫は後数日で切れるという。

 とにかく特別会計だろうが何だろうがでも使って、米や水ガソリンを輸入し、最低限度の国民の命を保てるように物資を確保する必要がある。

 もし、助かった人達が二次遭難でなくなる事があれば、日本史上最低最悪の無能無策無責任内閣として歴史に名を残す事であるだろう。国家主導とはこう言う時に本当に発動すべきものである。
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2011年02月01日

食物カタストロフィ

 TPP=環太平洋戦略的経済連携協定、環太平洋連携協定、環太平洋パートナーシップ協定とも言われる(TPP:Trans-Pacific Partnership)は、元々2006年5月にシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4カ国加盟で発効した経済協定で、加盟国間の経済制度、即ち、サービス、人の移動、基準認証などに於ける整合性を図り、貿易関税については例外品目を認めない形の関税撤廃をめざしている。

 日本国もそれに加入するか、迷っている。

 農業・酪農に関する関税が撤廃されれば日本産の農作物や乳製品が圧倒されると予想され、北海道などで反発が相次いでいる。

 現時点でオーストラリア、ペルー、アメリカ、ベトナム、マレーシアも参加を表明しているが、もし日、米が加入すればシェアは日、米だけで91%となり、TPPは実質上の日米の貿易協定とも言われている。

 果たして日本国がそれに加入する事は、損か得か・・・それどころか、予期せぬ日本市場のカタストロフィになってしまうか。

 市場原理では関税がなくなると、国家間の思惑が入らない現実の「価格」で取引される様になる。

 ではなぜ国家は関税を掛けるのか。他国から「安くて良い物」が入ってくると自国の物が売れなくなっなってしまうので、それを防ぐ為に大抵関税を掛けて、バランスを取っている。

 特に懸念されているのが、農産物の関税がなくなると、日本の農作物は価格が高いので、安い海外の農作物が入れば市場原理で淘汰される可能性が出てくると言う事だ。

 すると何が起きるか。その中でも特に見逃せない重大な物に「米」がある。消費量が減ったといわれなkがらも日本人にとっての主食である。

 昔は「外米」言われ外国産の米は「不味い」ので日本産の米とは競争にならないと思われていた。しかし最近ではアメリカカリフォルニア産などの米は日本産の米と引けを取らなくなってきているそうだ。

 TVでアメリカ産の米と日本産の米の食べ比べを、日本人にやっていたが、美味しいので見分けがつきにくいようだったので驚いた。

 アメリカの穀物生産高は農耕地面積を含め、日本の敗北は明白である。特に米は葉物野菜や果物に比べて異常な新鮮さは問われない。

 国家間の関税がなく、世界中で自由に良い物が安く買えるようになるというのは良いことのように感じる。人間は「自由」と言う事に弱い。

 しかしながら、TVでチョコレートの原料である世界一のカカオ豆生産国コートジボワールで、大統領選の結果をめぐる内政の混乱で、カカオ豆の輸出を停止するよう政府が指示を出したと言っていた。

 また2011年1月12日頃のオーストラリア全土を襲った大規模洪水の被害の関連記事に「すでに上昇している世界の食糧価格」洪水による小麦への影響は深刻ではありませんが、昨年後半からかなり世界の食糧価格が上昇しています。これは主に新興国の需要拡大など、世界的な受給状況のひっ迫によるものです。と、あった・・・

 このままでは国家が無策のまま行けば、日本国の主食である米の輸出依存度が上がり、自然に国内自給率は下がっていく。

 もし米の輸出国に、天災、人災などが起き、米の輸出が止まり国内自給量では国民が消費する量を確保できないまでに国内自給率が低下していたら・・・まあ、究極にチョコレートはし好品であるから食べなくても良いが、もしそれが主穀物である米に起こったとしたらどうだろうか。

 また、ついこないだ、日本国は隣国の某大国はレアメタルを故意に輸出制限され、政治的交渉に利用されたという経験をしたばかりだった。米と言う究極の「お品」が敵の手中に入る事になる・・・

 昔日本国の歴史でも、1917年のロシア革命に端を発し、寺内正毅内閣により大正7年(1918年)7月12日にシベリア出兵宣言が出されると、需要拡大を見込んだ商人による米の買占め、売惜しみが発生し米価格が急騰した。そのような中、富山県で発生した米問屋と住民の騒動は瞬く間に全国に広がり(米騒動)米問屋の打ち壊しや焼き討ちなどが二ヶ月間に渡り頻発したとあるが・・・

 もしこのまま、主食である米の国内自給率が下がり、全面的に輸入に頼る日がきたら、異常気象で米ができなかった時や、故意に米の輸出を止められた時、すなわち兵糧攻めのような事もいともたやすく出来ると言う事になる。それを、TPP加盟諸国が行わないとは言い切れないのである。

 「平成の開国」と言って、「とらぬ狸の皮算用」ばりにウハウハに喜んでいる者がいるが、「平成の潜在的植民地」にならないように気を付けよう・・・

 そこまで、お頭が回っているといいが・・・

 国家を担う政府が、国民を不安に陥れるようでは・・・

 危機管理なき、警戒心なき、愛国心なき者たちによる政治主導により、国民の生活の前に国家が危ない。
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2011年01月01日

HAPPY NEW YEAR

新年明けましておめでとうございます。

 今年は、卯年。ウサギというと「跳ねる」という事から、飛躍の年という願いが込められるらしい・・・

 ちなみに、邦画「エレキの若大将」を観た。当時の人々に宿っていた何か妙な無心の明るさと強さを感じて、なぜがホッとした。

 同じ貧しかったり嫌なことがあっても、昔の自分自身は計算や躊躇などなく、心の底から馬鹿みたいに物事に感動したり、物事の結果を潔く受け入れることが出来たっけ・・・

 それに比べ、なぜか心が枯れてしまっている。年齢が重なったというだけではない。

 しかし、失われ続ける若さと心の潤いを少しでも維持できるようにアンチエイジングにでも凝ってみようかと思っているが・・・

 「龍馬伝」で坂本龍馬が「この国は変わらなければならんぜよ。」と叫んでいたが。

 今日本国は戦後、高度経済成長を終え、右肩上がりから右肩下がりへ確実に変わった。にもかかわらず、国家のシステムは人口増加、経済成長など右肩上がりを前提として作られていたものを使い続けている。

 しかし、紛れもなく日本国の状態は変わった。

 という事は、日本国のあらゆるシステムも現状に合っていないものは変えなくてはならない。

 このまま、真摯に現実を見つめず、真実を受け入れないで逃げ続けても、いつの日か国家財政破綻などの究極の崖っぷちに追詰められる日は必ず来る。

 見た目の辻褄はあっているようでも、現実は破綻に向かっている。

 どんなに良い理論や案を持っていても、実行されなくては本当に何の意味もない。

 日本人は「曖昧」の美学が伝統だが、それはすべてがうまくいっている場合は良いが、一転して悪い方に向かい何かを何かを変えなくてはいけないとき、曖昧では変えられない。そのため場合によっては曖昧にし続け、悪い現実を受け入れない悪癖ともいえる。

 国家が問題解決から逃げれば、国民は安心していけないこと認識しなければならない。

 今年もきっと、猛暑になるだろう(予言)
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2010年07月12日

財政カタストロフ

 とにかく日本国にとって、政治は一体何をするべきなのか・・・

 お国の借金800兆円で、今年は92兆円の予算を組んで足りない分を44兆円またまた借金をしている。ここ

 その主な借金は赤字国債でまかなわれており、発行された国債のほとんどは日本国民が買っているとの事。

 TVでは、今後高齢化、若年層の収入の低下などで国債を買う人がいなくなると、国債が大暴落し信用が低下すると利子が高騰し大変な状態になると言っていた。

 1000兆円に達するのも近いとすると、1兆円ずつ減らすことが出来ても1000年かかる。のに、赤字予算を組み続け借金をし続けている。

 「だってしょうがない。毎年これだけの歳出がある。しょうがない・・・。」

 まだ国債を買ってくれる人がいるうちはいい。足りない分は、手っ取り早く、楽にいくらでもお金を手に入れられ、何の苦労もなく審査もないお気楽無条件で予算を組める。

 例えどんなに無謀、杜撰な予算でも、厳しい査定もなく組んだら組み放題。足りなきゃ国債発行。しかし国債は借金でいつかは返済しなくてはならない。

 一般市民なら、とても厳しい審査が待っていて、とにかく収入から返済能力が問われる。日本国の返済能力と無駄の多い贅沢極まりない予算では審査にあえば、きっと認められる事はない。

 あっしも、あっしもーと、予算を申請すると、ほぼ無審査で「これは本当にいるものなんです。無いと困ります。」と自己申告で通ってしまえば、「誰が減らすか。」となるのが人の性ですなー。

 それで今まではどうにか持ち堪えては来た。しかし、どうにも出来ない限界を切る日はいつかは来る。

 限界を切り財政破綻したらある意味のカタストロフが起き、赤字の金額からするとギリシャとは比べ物にならない。

 何度も言うが、予算を切り詰めると言う事を真剣に行っていない。本当はやれば出来るが、“しがらみ”で実行に移せないのだろう。切り詰めると言う事は真に必要な費用以外はカットすると言う事だ。

 毎年やろう、やろうとは思っているが、結局出来なくてー・・・

 と言っているうちに、映画2012の地球の全崩壊のように大規模な財政崩壊が起き、その後お国はどうなるのか恐怖で想像も出来ない。

 国債はもうダメって言われたから、消費税に変えさせてキスマーク黒ハートって言われても・・・その予算じゃー、とてもとても認められませんなー。

 与党はん、お口はとても上手なんですけど、気楽にコロコロ言っている事が変わる人は意外と真実の誠意が無いんよ。だから気楽にいい加減な甘いことが言えるんでしゃろ。

 前与党をメチャクチャ批判していたわりには、財源無きバラマキ予算を組んで前与党以上の赤字にはなる、天下りはかえって増える、国会は開かないで議題を煮詰める事を実はとても面倒くさがる、官僚を使い切れないで決定窓口が独裁のためはっきりしない事による政府機能不全状態という真実・・・

 現与党は、独裁とバラバラな寄せ集めのために何一つまともなことが実行出来ず、口先では国民のためが口癖でもっともらしい立派なことを言うというトリックにたけているだった。

 政権交代で返って悪くなったときは、政権交代を繰り返すのがよいのだろう。 
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2010年04月10日

危機意識

 架空の話なのか知らないが、沈み行く船から危険を察知するのかネズミがいち早く逃げ出すと言う逸話を聞いたことがある・・・

 沈み行く船タイタニックの映画の中では、タイタニックの危険な状態に“気付き”が少しずつ描かれているが、大抵何も気が付いていない人々はとても長閑で楽しそうにしている。

 そして、決して沈まないと言う売りを信じきっていた乗客は、いざタイタニックが現実に沈没することに気が付いたときの行動が面白い・・・

 油断していればいるほど、ショックも大きく何をしてよいかパニック状態になってしまう・・・

 まさか、そこまで酷いとは・・・甘く考えていた、最悪の現状が今ひとつピーーンと来ていなかった。

 と、言う状況が今の“日本国”だ。

 TVで、日本は世界一の債務額=借金があり、財源となる消費税率は世界で一番低い。

 と言う事は、収入が少ないくせに借金をしてまで消費しまくっている人に例えるならその果ては“破綻”だろう。すでに、国よりは小さい規模だが夕張市などにおきている。

 国はとてつもなくデカイ、だから破綻なんてありえない・・・と言えるのだろうか。デカイ話は小粒の一小市民の自分には考えて悩んでのしょーがないと有権者は思ってしまいがちだが。

 裏切られたら、何度でも政権交代をやり直す。やってみて’変”なもの分かった党は変える。有権者も自分自身に降りかかる事なのだから粘り強く変える。諦めたら自分たちの子孫にまで悪政のつけを残す事になる。

 では、巨大な氷河が薄々見えてきたタイタニックの様相を呈してきた“日本国”の舵取りは誰が責任を担うのか。

 忠言耳に痛し・・・日本国は逃げ続ける“総理”とそれに快感を覚えて、心地よき雅気分をゆるーりと味わいたい“国民”が多い中、意外と世界の国々は危機意識を持っている。

 この様に日本と言う国が、世界的に見てもまれにみるおバカ状態に陥っているのは、政治が悪いのか、はてまたその様な政治をされても事の重大性が理解不能の有権者が悪いのか・・・

 “ゆるーとのんびり好きな日本国民”=赤ちゃんに近い能力しかない、そんな国民をいかに良い方へ導かなくてはならないと真剣に思っている責任感のある政治家による政治を望む。

 本当に今の日本国の財政、経済、少子高齢化などの状態を理解していれば、今の与党のような政治は出来ない。政治家の“責任”とは・・・
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2010年01月11日

入院体験記

 入院をする事になった・・・

 運の悪いことに正月休みに重なってしまった。そのため、一時帰宅の人が多く、一気に入院している患者さんが減ってしまい、四人部屋に自分は一人になってしまった。

 まあ、普通の病院ならそれは大した事ではないのだが・・・

 微妙に普通の病院ではなかった。

 いろいろな要因が重なってこの病院にお世話になることになり、変な意味で“縁”があったと言うことなのだろうか。

 その上、入院生活の不自由さと悪い意味ではない人権のなさにはつくずく感心させられ、不満だらけの日常生活のありがたさが骨身にしみてきた。

 この病院は国立で、ロビーはまあまあきれいでごく普通な感じだった・・・がっ、入院部屋に通されて驚いた。

 今時、小さい長方形のすりガラスが入っている古い木造の扉に、その上に換気をするための小窓があり、どう見ても昔の古い学校の教室のような時代を感じさせるデザインが変な意味で珍しかった。見ているだけで不気味で、いつの時代の建物なのかと空想した。

 そして、看護師さんに聞いてみると、「ここは昔軍の病院だったんですよ。」と言われ、予想よりも筋金入りの経歴を持った本当にコワイ病院だった。

 まあ昼間は日が入り青空も見えれば、さほど何も感じない平凡な入院生活を続けられそうで、精神状態も安心をキープ出来るが、消灯時間が過ぎるとお決まりどうりに雰囲気は一変する。

 電気が消え病院中が暗闇に包まれると、途端に自分の中で勝手なる妄想と推測が始まり、深夜に霊園のど真ん中に一人で取り残された様な気持ちがしてくる。周りの空気も妙に張り詰め、何かに見つめられている様な気味の悪い気配に満ちている。

 厄介なのは、自分が“大人である事”で、どんなに気味悪くどんなに逃げ出したくなる程の恐怖心で一杯になっても、平静を保ちこの恐るべき部屋にたった一人で夜を過ごさなくてはならない。

 そう言うときに限って、TVで見た数々の怖い体験談が脳裏によみがえり、いまここで同じことが起こりそうな気がしてくる。いつもならTVを見ながら、「いくらなんでもそこまでの怖ろしい事が起きるはずない。」これは作り話か大げさな演出に違いないとちょっと笑っていたが、この場にいると、とうとう自分が体験者になるのだろうかと思えてくる。

 扉の上にある小窓が少し開いていて、大抵何かが覗いているというオチになるようで妙に気になり何度も見てしまう。廊下に出てもナース室の明かりは小さく真っ暗に近い。古いPタイルに幽かな光が黒光りしている。不気味な雰囲気満載で、何かが立っていそうで怖く、廊下も出るのに勇気がいる。

 早速インターネットで、この病院にまつわるコワ情報でも調べようと思ったが、知らないほうがよいこともあると思い、退院してからにしようと変な意味で楽しみだ。

 そんなに凄い事が・・・と、後で分かるぶんにはいいが、今知ったら、きっと夜に目を開けられなくなるだろう。

 ただ、やはり一度だけ自分が立てた物音と一緒に、どう考えても「人の話し声」が聞こえたような気がしたが、気のせいと言うことにしている。
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2008年10月31日

本当の自分

 紅葉前線が昔に比べて、平均10日間近く遅れてきているらしい。そのうちクリスマスに紅葉なんて事にクリスマス

 TVで泰葉さんが“これが本当の自分だ。だったら結婚するか。”と元夫に言ったそう・・・

 本当の自分って、って聞かれるとそう言えば本当の自分っていったい・・・バー

 むかし、むかし・・・日本はすさまじく大雑把に言って、サザエさんの話の中にいるような世界だった。
 
 いまでは仮想現実の物語の中にしか無いが・・・疑いや計算すると言う事を知らない人たちが多くいて、人間を性善説でとらえてそれを本気で妄信していた不思議な時代。

 今となっては何の根拠も無かったのに全ての物事を信じ、安心しきってのんびーーりとした生き方をしていたら・・・

 急速に社会情勢は変貌をとげ、今まで“信じていたものたち”が偽装だったり意外なことだらけで、自分の中にある価値観、考え方、思想感、物事の捉え方もほとんど崩壊した・・・

 自分の中にあるものが変わらずにはいられなかった・・・と言うべきか。

 あまりにも変化が著しかったので、本当の自分の原型すらも、もう思い出せない・・・今となってはあの頃が現実ではなくまるで夢だったのではと感じるぐらいだ。

 そう人間は器用ではないが、最近は不透明で不安定に激変する社会環境に混乱しながら、遅れをとらないように無理を重ね無理やり突き進んでいる・・・人影

 疲れ果てて、迷いながら・・・心の底から安心したことも無くなってしまった。自己の心ですら、本当の自分とは何かすらも曖昧で。

 そして世界中のあらゆるものも“本当”であるか否かという事自体、今となっては全て運なのかもしれないぴかぴか(新しい)

See you again !
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2008年08月11日

北京オリンピック開会式

 最近、夕方になると夕立が降りそうな雲がくる。

 オリンピックと言うとやはり開会式が楽しみだ・・・ぜひ見たいと、楽しみにしていた。TV

 開会式の演出指揮担当が中国の張 芸謀(チャン・イーモウ)監督と言うことで、関心があった。

 今回は9時からカウントダウンが始まり、ちょっぴりわくわくした。

 いつも・・・当日まで開会式の内容は“極秘”との事で、開催する側も世界を驚かせたい気持ちで一杯なのだろう。

 開会式が始まると、真っ暗な会場から米粒の様に見える二千の光の粒がいっぱい見えて・・・今までにない雰囲気を感じた。ぴかぴか(新しい)

 足型の花火が鳥の巣に近づいてくるという演出も面白い・・・

 今までと大きく違うのが、演出に参加している人の人数で・・・その数がとても多く単純ではあるが、大勢の人々によって作り出される演技と動きはダイナミックなイメージをストレートに伝えた。バー

 欧米のどちらかと言うとショーのように楽しめるストーリー形式の演出を見慣れているせいか・・・人間によって巨大な文字や物体を作り、大きさと力強さを表現するという古典的な発想が古いようで逆説的に斬新に感じた。

 また、たいてい・・・どうしてもオリンピックの祭典を表現しようとすると世界を意識した構成になりがちだが、今回は中国の歴史から始まり構成全体が中国本国のイメージ一色に表現されていたのが強烈に印象に残った。

 巨大な巻物のオブジェに光と映像が映り、地面にまで映像が映し出され、今までの動きと照明だけの表現方法に比べ“映像と演出の融合”という進化したもののように思われた。三日月

 監督の映画を思い起こすと、強烈な愛と圧倒される表現が心に残る作品が多い・・・

 今回の開会式の印象は、競技場という空間を使って作り出された映画のような美しさと威厳や壮大さを感じさせてくれた。夜

See you again !
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2008年07月16日

涙した

 ここのところ・・・蒸し暑く晴れの日が続いているが梅雨は明けていないと、天気予報で言っていた。

 子供の頃・・・よく泣いたけど、たいてい悔しい時か意地で泣いていた。

 勢いで思いっきり泣いていて体まで熱くなった。

 最近・・・本当に心の底から悲しい時流れるの涙は、冷たいと感じるようになった。

 と言うよりは、気づけるようになってきたのかもしれない。

 ついこないだ・・・

 そう思った。
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2007年12月15日

サイトの旅PART2

 インターネットでサイトの旅をしていると、左右上下360度からのいろいろな情報が得られる・・・

 しかし、うっすら信憑性のある情報からガセらしきもの、思想と妄想が入り混じったもっともらしい情報まで多くに遭遇できる。記事には出来ない裏話となれば公共のマスコミを超えた確信に迫れるのかと期待は大きい・・・が、比較的何の保証もないイカサマの情報との見極めは、難易度が高い。

 究極に真実はひとつだが、真実性の評価は自己流で行っている・・・

 そして、自分の目の前の現実世界も複雑怪奇となっていて頭の中も混乱中のような状態で、サイトからもいろいろな思想が誘惑が指示が・・・

 すごい数の情報の洪水に溺れて、最後は・・・え〜い、そんなのどうでもいい・・・“知らぬが仏のほうが楽しいや〜〜い。別にぜ〜んぜん、関係ない”と、頭に残る情報の残像を頭から消そうとは思うが・・・

 しかしお国も“とうとうがっけプチ”とPCの勝手なる変換にもめげず、

 でも大切な心は、失ってはいけない・・・

 失ったら取り戻す・・・でも誰も助けてはくれない。

 でも、大切な事は、この国に住む人が幸福になる事・・・諦めない、たとえアホカ、イマドキ古いといわれても。

 古き良きもの悪しきもの、新しき良きもの悪しきもの・・・本当の悪しきものとは。

 光と闇の戦いは、TVゲームの中だけにあるのではなく、現実世界にある。

 と、ひとりつぶやいた・・・
See you again !
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2007年10月24日

脳内メーカーで遊ぶ

 サイトの旅をしていたら偶然、いま話題の脳内メーカーのサイトを見つけた。あの頭の絵の中に面白い字がいっぱいに埋め込まれているシーンを見ていて自分もやってみたいと前から思っていた・・・雷

 ある意味で、うれしい。そのうえ無料だ。

 さっそく家族でやってみた。空想ではいろいろな質問に答えて高度な分析により、脳内の思考傾向でもだしてくれるのかと思っていた。メモ

 実際は、本名を入力するだけで、とても簡単だった・・・

 すると、あの頭の形の絵の中に漢字が不思議な配列をしてあらわれた。ただ詳しい説明がなく、この絵をどう解釈し診断すればいいのかが、いまひとつ分かりにくいのが残念だが。まあ適当に漢字と並び方からかってに判断すると、自分はそういう思考回路の人間なんだと関心してみた・・・

 思い当たる人の名前を片っ端からかってに入力しては、ひとりで普段の人物像と比べてみてちょっぴり楽しんでみた。ムード

 自分の診断もそれほど納得はいってないが・・・

 ところであまりにも簡単過ぎるので、本当にこのサイト本物のの脳内メーカーなのか、分からないけど。でもそうなんだから、そうなんでしょねえ?
See you again !
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