2013年12月08日

ファティマの預言 2

ファティマの預言の第一部分の内容は地獄のビジョンだったが、第二の部分には第一次大戦の終焉と第二次大戦の勃発、聖母からロシアの奉献が要請されたと言われている。

このことを受けてローマ教皇は数度にわたり奉献式を行ったが・・・

T、【聖母からの要請】
1917年7月13日、少女達の前に姿を現した聖母は、
「戦争(第一世界大戦)は、もうすぐ終わります。しかし人々が神に背くことを止めないなら、ピオ11世(在位1922-1939)の時代にもうひとつのもっと酷い戦争が始まります。夜、不思議な光が、空を照らすでしょう。それがあなた達に神様がお与えになる大きな印になります。その後、神様はいろいろな罪を戦争、飢餓、教会と教皇の迫害の形で罰されるでしょう。」

「それを阻止する為に、私はロシアが私の汚れない心に奉献されることと、初土曜日に償いの聖体拝領がなされることを望みます。もし人々が私の望みに耳を傾けるなら、ロシアは回心し、世界に平和が訪れるでしょう。もしそうしなかったら、ロシアは世界中に誤謬を広めて戦争と教会の迫害を推し進めることになるでしょう。罪のない人達が殉教し、教皇様には多くの苦しみが訪れます。いくつかの国はもう無くなってしまいます。それでも最後には私の汚れない心が勝利を収めるでしょう。教皇様はロシアを私に奉献し、ロシアは私に回心するされるでしょう。そして、何年かの平和が世界に訪れるでしょう。」と伝えた。

注釈、(この聖母が予告なさった不吉な赤い光についての、著者ポール・クレイマー神父の見解)
1938年1月25日の夜、シスター・ルチアは聖母が予告なさった不吉な赤い光が、神が『世界をその罪のために、戦争、飢饉、教会の迫害そして教皇の迫害によって罰しようとなさる』大いなるしるしであることを見ました。翌日には「照らされた夜」の奇妙な現象がヨーロッパおよび北アメリカ中の新聞に報道されました。シスター・ルチアは世界の懲罰がまさに始まろうとしていることを理解しました。そして数週間後、3月(1938年)にヒットラーはオーストリアを侵略しドイツに併合しました。そしてこの行動はドイツ、イタリア、日本の第二次世界大戦へのさまざまの攻撃へと変形した諸々の事件のエスカレーションを始めたのです。

1971年に私の哲学の教授、Robert Schubert神父、Ph.D.は「未知の光」について報じた新聞の切り抜きのコレクションを私に見せてくれました。いくつかの都市では、大火災が起こったと信じて町の反対側まで消防車が急いで送られました。しかしそれは聖母によって予告された奇妙な光でしかありませんでした。どんな根拠もなしにある人々は「未知の光」はオーロラ・ボレアーリス(北極光)であると主張しました。その主張は、それが北極光の兆候とはぜんぜん似ていなかったので、結果的には馬鹿げています。

しかしあまり知られていないが、その後も聖母はシスターとなったルシアの前に現れていたらしい。

1929年6月13日深夜11時、ルシアの前で聖堂が明るく照らされ、天井まで届く光の十字架が祭壇のうえに現れた。永遠の聖父が十字架の上部に見え、その胸には光の鳩があり、十字架にはイエズス・キリストが磔になっている光景が見えた。また、そうして見えたキリストの脇腹から腰にかけて血が滴り落ち、それはホスチアを通してカリスへと流れていた。十字架の右腕側の下には聖母がいて、ルシアに伝えた。
「教皇が世界の全司教と一致して、そして同じ時に、私の心にロシアを奉献することを神様に願う時が来ました。このような方法によってロシアを救うことを、神様は約束して下さいました。私に反抗した犯した罪の為に、神様の正義が断罪なさる魂があまりに多いのです。ですから私は、償いをするよう願いに来ています。この意向の為に、償いをして、祈りなさい。」

1931年8月19日にはロシアの奉献に関して、主自身(キリスト)がシスター・ルチアに伝えた。
「私の代理者たちに、私の命令の実行を遅らせることにおいてフランス王の例に彼らが従うならば、彼と同じように彼らが彼に従って不幸に陥るだろうということを知らせなさい。」

1936年5月に主が再び
「ロシアの回心はすべての司教たちと一緒に教皇によってその国(ロシア)が汚れなき御心に荘厳にそして公に奉献されるときにのみ起こるであろう。」と告げ、別の機会に聖母は、「ロシアは、「あの可哀想な国」の回心が奉献によってあらかじめ手に入れられていないならば、世界の懲罰の道具となるはずです。」と告げた。

注釈、(このことに対するルチアの説明)
「これはイエズス・キリスト御自身によって話された非常に厳しい警告です。なぜなら、キリストが言及しておられる例はフランスをキリストの聖心に奉献することに失敗したフランス王の不従順の例だったからです。その要求はわれらの主イエズス・キリスト御自身によってなされました。それはルイ十四世王に伝えた聖マルガリタ・マリアに啓示されました。ルイ十四世とルイ十五世は何もしませんでした。そして遂に牢獄に入れられた後に、ルイ十六世が神の命令に従おうとしましたが、しかし要求された公のそして荘厳な行為をすることができませんでした。そして1793年に彼はギロチンで首をはねられたのです。」と言っている。

シスター・ルチアは、「以前主に教皇が奉献をすることなく、なぜ主がロシアを回心させないのですかとお尋ねしました。(主はこうお答えになりました。)『なぜなら私は私の全教会がその奉献をマリアの汚れなき御心の勝利として認め、その結果全教会が後にその信心を広め、この汚れなき御心への信心を私の聖心への信心と並ぶものとなるようにすることを欲するからだ...にもかかわらず、マリアの汚れなき御心はロシアを救うであろう。それは彼女に委ねられたのだ』。」とも言っている。

【ローマ教皇の奉献への動き】
1942年10月31日、教皇ピオ12世はファティマの出現25周年終了を記念して、ラジオによるポルトガル国へのメッセージの中で、教会と全人類を聖母の汚れない御心に奉献した。 また、ピオ12世は1952年7月7日、使徒的書簡「サクロ・ヴェルジェンテ・アンノ」を出し、「ロシアの人々」を聖母の汚れない御心に奉献した。 教皇パウロ6世は1964年11月21日、第二バチカン公会議終了の際、聖母の御心に人類を委ね、聖母が教会の母であることを宣言した。 また、教皇ヨハネ・パウロ2世は、1982年5月13日ファティマで、1984年3月25日にローマで、1991年5月13日にファティマで、世界を聖母の御心に奉献した。また前者の2回は全司教一致で行うよう、世界中のカトリック教会に呼びかけた。

注釈、しかしこのローマ教皇の奉献に対して、「ピオ十二世、パウロ六世あるいはヨハネ・パウロ二世によってなされた奉献の行為のどれ一つも同じ時間に世界の全司教によってはなされません。」という意見などロシアの回心と奉献は成されたとみる向きと成されていないとの見解に分かれている。

U.【人々の回心】
カトリック信者は毎週主日に聖体拝領するように。そして、よく告解し、罪を避け、敬虔な生活を送るように

ここで意外なのは、聖母は全世界ではなく、ロシアの回心と奉献に言及したと言われていることだ。

するとほぼ間違いなく全世界に訪れる黙示録の最後の審判を回避する鍵は、ロシアであると推測できる。表向き冷戦は終結し、あの時のような緊張は既に無くなったと思っていたが、現実は水面下で冷戦時より酷い状態なのだろうか・・・
(つづく)
posted by WHO IS I ? at 16:30| Comment(0) | 妄想予言考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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