2012年03月18日

DOKUSAISHA

 今、橋下大阪市長が大阪市の市政改革に取り組んでいる。そして、停滞している国政についても改革案など自分自身の意見を言っていた。

 人によっては、彼のその手法を”独裁者的”と騒ぎ立てている。しかし、彼がそんな急速で激しい対応をするのには、それなりに市政が緊急な改革をせざる負えない状況にまでなっているからなのだろう。

 彼の"危機感"がそうさせているのだろうか。

 未来の日本の様子・・・

 それは預言でなくても推測することは出来る。日本人がまだ対岸の火事感のある、ヨーロッパのギリシャのような国々の国家破綻危機だが、日本国も将来的には同じ経路をたどる可能性は大きい。そしてその危機が目前にまで迫り、国家破綻の瀬戸際に立った時に、すべての厳しい条件を受け入れざる負えない時では遅すぎるのだが・・・

 それに比べ、自分の利益や特権を守ろうとしている危機感の欠如している反対勢力は一見して何も起きていないので、このまま永遠に上手くいくと思い込んでいるのだろうが・・・それとも故意にやっているのだろうか。それは国政でも起きていて、それぞれの"危機感"の度合いによって態度に違いが出ているのだろう。

 その危機感を持つものと持たざる者の違いのせいで、改革を行おうとする者と反対する者に分かれる・・・
 
 「十人十色・雲散霧消」というように、ある集団的な人数が集まれば、それぞれの価値観や意見など一つにまとまるという事はまずあり得ない。となると、国政などを動かそうとすれば、その度合いはより一層大きくなる。

 ところで・・・

 日本国憲法では、この法典は国家の最高法規であり、日本国憲法に反する法律及び条例は違憲となり、無効となる、とある。仮に独裁者が自分の思い通りにその憲法を変えようとしても、憲法改正手続き(wikipediaより)にもあるように
日本国憲法第96条第1項は、憲法の改正のためには、「各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする」旨を規定しており、憲法を改正するためには、国会における決議のみならず、国民への提案とその承認の手続を必要とする旨が憲法上規定されている。

 とあり、余程の事態が発生しなければ安心のようだ。

 橋下大阪市長が抵抗勢力の激しい抵抗やネガティブ攻撃に遭いながら、自分が信じる改革を妥協すること無く、抵抗勢力に対峙しながら政策を決定していく姿を見ていると、沈みゆく日本国家という船を、誰一人マイナスイメージを受けたくないが故に協力すらしない、彼を冷笑するだけの傍観者たちの中、傷付きながらも諦めない空想上のヒーローのようで、痛々しささえ感じる。

 時として人の憎しみをかうのを恐れ、全ての人間に対して好イメージを保持しよとする者には、真の改革は無理なのかもしれない。



posted by WHO IS I ? at 00:52| Comment(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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