2011年06月19日

裸の王様

裸の王様に家臣たちが本当の事を言えなかったのは、王様が勇気を出して本当の事を言った時に自分に対する評価を信用出来なかっただからだろうか・・・

震災後の津波で冷却機能が失われていると判断した東京電力・福島第一原発の吉田昌郎所長が事故直後、本社の指示に従わず海水の注入を続けたことについて、一時、問題視されていたが、その後の本人のインタビューで、「まずやることを丁寧に一つ一つやること。現場でたくさんの人が働いてますから、健康や安全をちゃんと確保する。この2点だけですね」と答えている。彼の責任感の高さが話題になっていた。

それに比べて、国会では現与党が浜岡原発停止要請など脱原発の動きに関して、野党の答弁で、もし脱原発を行っていくのであれば、その代わりになる電力供給に対する対応はきちんと考えているのか国の責任について追求されていた。

そんな国会の答弁を聴いていると、与党の本性が見え隠れする。

野党側は、原発の代わりとなる発電所には今のところ石油か天然ガスが考えられるが、それらを得る為には中東諸国を頼りにする事になるが、現在政局が不安定な状態の国々も多く簡単に安定受給出来るかも分からず、そこまできちんと考えて計画を進めているのかと問いていた。

すると、脱原発なのかは国民の考えで進めていくのがいいので、即急に代替え案がある訳では無いようだった。

現与党の特徴・・・

理想と現実の理想を言い放ち、その後の対処は現場に押し付け責任を取らない。

「子ども手当出します。」まではいいが、当初目論んでいた財源は思っていたよりも無く、最終的な予算額は自民党時代よりも増えてしまった。そして、無駄の削減も上手く出来ないまま、消費税値上げを目論む。

「浜岡原発停止を要請」しかしその後の対処は地方にお任せで、要請なので強要ではないので、国は直接責任を取るとは明言せず脱原発に傾いている世論を利用し圧力のみをかけた。

今まで誰もやる事が出来なかった原発停止を行ったとして、総理は自己陶酔していたが、何の責任もその後の対応策も何も考えなしで放り投げお任せ状態なら、誰にでも出来る。かえって究極の無責任とも言えなくはない。しかし確かに後世の評価は、立派な英断者として名を残すだろう。

よく聴いていると、最終決断は地方に任せた狡い手法だ。自由選択を装った責任回避、責任転嫁と言う国家元首としては余りにも小賢しい気の小さい臆病者の手口だと感心した。

その後の内閣不信任案の経過の時も、彼の臆病がゆえの狡猾さのみが目立っていた。

放射能の高い地域が同心円状では区切れないのが分かっているのに、自主非難勧告地域として住民の自由選択に任せている。住民側は放射能汚染が酷いとわかっていても、自己責任で進路を決定しなくてはならない。チキンな国家元首は「俺が最終的に責任を負うので、宜しくお願いします」が言えず、国会の答弁でもいつも自分だけは悪くないと言う見苦しい言い訳に終始する。そして、一生懸命にやっている自己アピールだけを強調している。

と言う事は、一体誰が責任を負う事になるのか。

面白いことに長年権力と闘う側を装ってきた男が、権力を手中に収めるとどの様な素晴らしい事をしてくれるのか楽しみにしていたが、結果は、責任を他者に押し付けた状態で、全ては自分のみの手柄とし、国民の為を装いながら国民の民意を巧妙に利用し浜岡原発を停めた英断をした歴史的な総理として後世に讃えられたいと言う我欲から権力を活用するようになってきている。

だから、その後の対処になど全然興味を示さないのだろう。

リーダーとして権力を自己保身に利用したいだけの卑しいリーダーなのか、それとも、自分が守るべきもの達を憂うリーダーなのか。

今の瀕死の日本に必要なリーダーは・・・



posted by WHO IS I ? at 02:47| Comment(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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