2011年05月31日

不信内閣

将棋はそれぞれの持ち駒を上手く動かしてこそ、先手必勝に近づける。

現内閣は駒が無いか、使い方が分かっていない。王将だけでは勝負は無理だ、もうダメだと将棋なら自分たちも一目瞭然なので負けを認めるだろうが、もしかすると自分自身も何をしているのか分かっていないのかもしれない・・・

余りにもやるべき事が大き過ぎて、足がすくんで何も進まない上に、政治主導と言う事に拘りを持ち過ぎて、孤立無援になっている状態になっている。また、駒の方も信頼の無い王将の政治主導というやり方に着いて行く様子も無いように見える。

政治主導の機能不全は何も進まない問題解決の先延ばしの弊害は、国民に回ってくる。

鎌倉時代の御恩と奉公制度の様に、現場と政府の間に何かしらの繋がりが無くては、政治主導と内閣が言い張っても、経路の遮断された命令に現場は稼働しない。

特にリーダーへの信頼の無い政治不信の状態では、これだけの国難の対処をする事は無理だと言う事を本心では分かっているのだろうか。

内閣への信頼とは、能力なのかリーダーの人柄か、とにかく問題解決がほぼ停止状態なのは、リーダーも現場に任せて責任を取ろうとせずに信じないのか、その様な様子に現場も政府を信じない疑心暗鬼が根底にあるのだろう。

信頼出来ない者が行う政治主導など、ついて行く者などいない・・・

官僚、頭首などをまとめてみんなが動くには、やはり信頼が無くては、人は動かない。

政治主導とは、信頼関係あってこそ機能するものだと言えるが、政治とは国民の命と生活を守るという真摯な志を忘れ、政権を温存するという自己保身のみに囚われし者には無理な事なのかもしれない。
posted by WHO IS I ? at 22:12| Comment(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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