2015年01月01日

あけましておめでとうございます

今年はひつじ年・・・
未(ひつじ、み)は十二支のひとつ。通常十二支の中で第8番目に数えられる。
未年は、西暦年を12で割って11が余る年が未の年となる。
五行は土気.(ところで土(土行)とは、 植物の芽が地中から発芽する様子が元となっていて、万物を育成・保護する性質をあらわす「季節の変わり目」の象徴、そして四方の各行から余った気が中央に集まって土行が生じるとされる。)
陰陽は陰である。(陰と陽とはもともと天候と関係する言葉であり、陰は曇りや日影、陽は日差しや日向の意味陰陽は寒暑の要因)

「未」は『漢書』律暦志によると「昧」(まい:「暗い」の意)で、植物が鬱蒼と茂って暗く覆うこととされ、『説文解字』によると「味」(み:「あじ」の意味)で、果実が熟して滋味が生じた状態を表しているとされる。後に、覚え易くするために動物の羊が割り当てられた。

と言われて陰陽五行思想からきているらしい。調べたらこれは中国の春秋戦国時代ごろに発生した思想とのことだ。その時代からの名残が今も残っていることの方がすごい。

昨年の「今年の漢字」は“税”だったが、消費税に関して言えば、まだまだこれは始まりに過ぎないという感がある。財源として狙われ続ければ、北欧並みに上昇し、いつかは物の値段と消費税がイコールになるという都市伝説ばりの日がくる覚悟が必要だ。

陰陽五行思想ではないが、古い概念の中にも良いものもあるが、古い概念が役に立たないケースもある。

特に、一昔前の日本の経済構造なら一発“円安”になれば輸出が増えて貿易黒字になり、景気も良くなった。

しかし、円安になると、原材料などを輸入に頼っている日本は輸入品関連の物が値上がりするというリスクが生じる。その影響を受ける業種の方が多くなってきているので、円安が国益につながるとは限らない。

そういう意味では、第47回衆議院議員総選挙(衆院選2014)が行われた理由について、“よくわからない”というのがマスコミを上げての主流の意見だったが、勝手なる分析では、前回の選挙の時には窮地に立っていた現与党は与党を奪還するために、今まで国民が何を望んでいるのか分からないふりをしていたが、分かっていたので“おとり”としてそれらのことを選挙公約にした。

そのため国民は現与党はさすがに“変わった”と感じ、その選挙では圧勝した。

その後、政権を奪還したものの実現不可能までの選挙公約をしたために、覚えている国民に対してチャラにするとは言えないので、究極にチャラに出来る方法を考えた。

表向きは消費税を上げないという国民の信を問いたいということだったが・・・

消費税といえば、なぞの消費税を上げる時の指標に“物価の上昇”とい条件を入れているが、そこには、見えないかっこが付いている。その見えないカッコ書きの内容が曲者で、国民が惑わされる原因だ。同じようで似て非なるものになっている場合が多い。確信犯的思想がうかがえる。

(賃金上昇コストにより)物価の値段が上がった
(円安による原材料の値上げによる)物価の値段が上がった

確かに両方とも指数では“物価の値段が上がった”ということになる。しかし現在起きているのは(円安による原材料の値上げによる)物価の値段が上がったという方だ。円安による物価の上昇という悪い影響を受けるのに、消費税を上げる理由に使おうとしている。

まだ日本は資本主義の観点からすると、経済においては機能不全という病を抱えている。末梢まで血液がいきとどかないことで病気が起きるように、資本主義の血液に当たるお金をどこかが留保し続け循環を止めている。労働者であり、消費者であり、子孫をつくるものであり、社会保障を支えるものであり、同時に国家をつくっていくもの達に行き届かずに、生活不安を与え続けている。

結局、ばらばらななように見える事象は、すべてつながっている。民主主義に言われる人民の力は、悪い方に向けば、無意識であっても悪い結果を生んでいく。

目的は何か。果てはどうしたいのか。何かの意思によるものなのかすら分からないが・・・

それを治療するには病気と同じで、原因究明の結果に対して、小細工ではなく正しい治療をするという努力が大切だ。一気に治そうとするから、小細工をしてでも、どうにかしようとしたくなる。

原因は、お札を刷るまでは国家が自由に決められる。そこまでは、シナリオ通りに誰でも出来る。そのあふれさせたお金が、速やかに止まることなく循環すれば、景気も良くなり思惑通り人民も潤う。

しかし、自由意思を伴う資本主義社会では、儲かったお金を使わないという決定は自由意志の領域で、国家には手を出せない。たとえその動機が人民のためであってもだ。だから、国家の理想とする循環は企業のあちこちで、せき止められ、労働者である末梢にお金が行き届かない現象が起きる。

その自由意志の領域を、どうやって手術するべきか。それが解決しない限り、リスクを抱えてまで札を刷り続けても、治療よりリスクが肥大化していくだけである。

目先の欲にとらわれて、労働法の形骸化を放置した人民の労働形態の悪化は、不安定な収入を引き起こす。それが引き金になって起きる、さまざまな影響を受ける事象の連鎖を甘く見てはならない。

企業が受ける恩恵よりも累積して起きる事象の方が大きくなりカタストロフになっていく。

所詮、小細工によるつじつま合わせは、長期的に起きるカタストロフを防げない。預言なのではなく、分かり切ったことだからだ。


おこた
posted by WHO IS I ? at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする