2014年08月01日

人命救助の落とし穴

もしも子供が殺人鬼の所にいると分かったら、人々は助けようとする。しかし、不思議なことに事実上の殺人鬼と化した“親”という立場の者の居場所である”家庭”にいるとなると誰も助けようとする者はいない。

人々の価値観の中に「親というものは、子に愛情があり愛しみ大切に守り育てる」という完全な思い込みがある。だから「家庭」にいれば安全で大切に育てられているものと思い込む。

最近、多くの事件があり、幼児虐待の傾向を持つ親の存在の急増が分かっていても、やはり「殺す」まではやれないだろうと思い込む。

他人ではあるまいし、自分の子供に対して、微かにでも愛情や良心が残っていると・・・

そして結果的に、子はやはり親元にいて育てられることが「一番の幸せ」という思い込みから、それが子にとって一番いい解決方法であるとの結論に持っていこうとする。。

現代では、何が正常で自分自身でさえ完全に正常かと問われれば、みな確信は持てないが・・・

しかし、まあ一般的な程度の正常な精神状態の者からすると、親と子は引き離さないことが大切で、心身の成長には子は親の愛情の中で育つことが必要であるとの概念が、長年、人々に持たれてきた。

しかし、全知全能ではなく心も日々流動する人間は、時代と共に変異してきている。モラルも感情も価値観も、何を信じてよいかも迷い、迷いは心を不安定にさせ、狂気になっているかすらの自覚さえ見失っていくことさえある。感情のバランスも崩れ、揺らぎ続ける。

子供たちも社会不安や将来不安、成長期のストレスや友人、家族間自体の孤立感から感情をはぐくみあう場も無くなってきている。だから感情自体のバランスが崩れ、豊かな心も育たない。

そして豊かな心が育っていなかったり、ストレスにより善の感情を失っている者でも親になる時がある。そんな親の作る家庭で、もしも暴力を振るわれたり、食事も世話もされず餓死をしそうであっても、子は、そこにいなくてはならず、他に行きたくても行く所が無い。

もしも他人の子を誘拐してきた時点で犯罪だが、そんな恐ろしい目にあわせたら、国中の権限を発動させても、人々はその子を救出するだろう。

しかし、同じぐらい酷い人権侵害と殺傷行為が行われていても、加害者が親で、被害者が子であり、犯行現場が家庭であると人々は躊躇して、救出しようとはしない。

万が一、家庭が地獄の犯罪現場に変わってしまった子はどうすればいいのか。

本当に誰も救出しない、今の社会システムに問題はないのだろうか。

変わらなくてはならない法、価値観、意識、法的措置・・・

大切な点は、誰からであろうと子供に人権侵害が加えられているという場からの救出だ。

急いで、苦しむ命を救出せよ。
posted by WHO IS I ? at 19:28| Comment(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする