2014年01月19日

ファティマの預言 4(第三の秘密)

教皇ヨハネ・パウロ二世は、2005年2月23日に著作『記憶とアイデンティティー』においてファティマのメッセージの全容に関する解釈を開示し、ファティマのメッセージの「第三の秘密」の部分の内容は1981年5月13日の教皇暗殺未遂事件の事であったと規定した。背後に20世紀に生まれた暴力的なイデオロギーに属するしっかりした組織があったと述べ、2005年4月に発表された遺言においては「核戦争なしに冷戦が終結したことを神の摂理として感謝している。」とあリ予言は成就したとされた。

しかし過去に、これを読んだパウロ六世が恐怖のあまりに卒倒したという噂や 教皇ヨハネ・パウロ二世がファ チマで「諸国および全人類の上に迫っている殆ど 黙示録的な脅威と呼ばれたものを避けるための鍵である。」と述べたりなど、40年に渡って隠匿され、60年代には当時の教皇が絶句したり発表を見送ったりする内容とはとても思えないことから、それでは規模が小さ過ぎるという疑問が世界中で抱かれた。

こうした経緯の後で、2000年5月教皇庁は、1960年以来、40年間発表を先送りにしてきたファティマの第3のメッセージを正式に発表した。

預言は聖母の言葉と聖母の見せたビジョンの部分に分かれている。

【第三の秘密のビジョン】

すでに述べたあの二つの啓示のあと、わたしたちは、マリアの左側の少し高い所に、火の剣を左手に持った一人の天使を見ました。しかしその炎は、マリアが天使に向かって差し伸べておられた右手から発する輝かしい光に触れると消えるのでした。天使は、右手で地を指しながら大声で叫びました。「悔い改め、悔い改め、悔い改め」。それからわたしたちには、計り知れない光―それは神です―の中に、「何か鏡の前を人が通り過ぎるときにその鏡に映って見えるような感じで」白い衣をまとった一人の司教が見えました。「それは教皇だという感じでした」。そのほかに幾人もの司教と司祭、修道士と修道女が、険しい山を登っていました。その頂上には、樹皮のついたコルクの木のような粗末な丸太の大十字架が立っていました。教皇は、そこに到着なさる前に、半ば廃墟と化した大きな町を、苦痛と悲しみにあえぎながら震える足取りでお通りになり、通りすがりに出会う使者の魂の為に祈っておられました。それから教皇は山の頂上に到着し、大十字架のもとにひざまづいてひれ伏されたとき、一団の兵士達によって殺されました。彼らは教皇に向かって何発もの銃弾を発射し、矢を放ちました。同様に、他の司教、司祭、修道士、修道女、さらにさまざまな地の天使がいて、おのおの手にした水晶の水入れに殉教者たちの血を集め、神に向かって歩んでくる霊魂にそれを注ぐのでした。
「ファティマ 第三の秘密」教皇庁教理省カトリック中央協より

これを読んでから気になった予言が・・・

【ノストラダムスの予言】より
百詩篇第1巻91番
神々は人間たちに示すだろう
自らが大戦闘の仕掛け人になるであろうことを
晴朗な空に剣と槍が見えるだろう
左手の方に最大の悲嘆現れるであろう前に
【感想】
このノストラダムスの予言を読んだときには意味が分からなかったが、【第三の秘密のビジョン】にある「火の剣を左手に持った一人の天使を見ました。」の部分の事のように思われて驚いた。

百詩篇第2巻27番
神の声が天に撃たれるだろう
ゆえに彼はそれ以上進めなくなるだろう
秘密は啓示とともに隠されるから
人びとはその上を歩いて進むだろう
【感想】
「秘密は啓示とともに隠されるから」の部分が、第三の秘密のことを指しているように思われる。ただ「彼」とは誰のことを指しているのだろうか。気になる。

このヴァチカンによって公表された第三の秘密の内容に対しても次のような意見が述べられていた。

『ファチマ・クルーセイダー、ポール・クレイマー神父にインタビュー』より
「マザー・アンジェリカは世界中の何百万ものカトリック教徒たちと同じように、半ば廃墟となった都市の外側で司教たち、司祭たちそして平信徒たちの死体を通り越してよたよたと歩いて行き、そしてそれから一団の兵士たちによって処刑される「白衣を着た司教」についての不明瞭な幻視が四十年以上にもわたってヴァチカンによって鍵を掛けられて守られてきた秘密に属するすべてであると信じることは困難であると気づいたのである。

およそ三十五年間第三の秘密の諸々の事実と状況を研究してきたポール・クレイマー神父は第三の秘密が実際恐ろしいものである、そしてカトリック教徒が一般に理解してきたよりも遙かに恐ろしいものであるということで、マザー・アンジェリカに同意している。」

(つづく)
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2014年01月11日

帝国の終焉 2

映画スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐では、銀河帝国皇帝の座を目論むパルパティーンが発した極秘命令オーダー66の急襲により、銀河共和国の下での平和を数万年に渡り保っていた「ジェダイ騎士団」のジェダイ・マスター達が、次々と非業の死を遂げるというシナリオがあったが・・・

素直に考えて平和を願うのと、平和状態であると思い込むのとは違うことである。

危険度によってもの事を考えるという意味では、町中に行く時と雪山登山に行く時とでは,想定される危険度が違ってくるので、もし行くのであれば人は雪山登山に行く場合は厳重な装備を準備するだろう。

それは現地に着いた時、町中に出かける時のような軽装では雪山の厳しい環境下では命の危険があるからだ。

それはまた国防に対しても同じ事がいえる。世界平和はどうか・・・

現在の世界状況を考えると、世界平和は完全なものにはなってはいない。第一、全世界の国々の皆が本当に平和主義を貫こうとしているのだろうか・・・

世界は人間からすると広大に思えるが、武器や飛行機の発達により地球全体を一瞬で移動できるようになったという意味では一つに繋がっている。武カが行使されれば地球全体を一瞬で攻撃されてしまう。

そのような世界状況からすると、平和主義を貫くことは見方を変えると「無防備」という評価にもなりうる。

国家予算の組み方も、軍備にかける国と社会保障にかける国では軍事力に差が開いてくるだろう。

国民からすると平和主義を貫き社会保障に予算かける国の方が、理想的なように思えるが・・・

過去には世界中で帝国主義を掲げ、あれだけの悲惨な結果を引き起こした世界大戦後には、人類は皆、世界平和を望み実現しようと思っていると思い込んでいたが、現在でも帝国主義を抱き続けている国家もあるようだ。

すると、平和主義を掲げた軍備拡大を望まない国家は平和主義という名の「無防備状態」ということになり、帝国主義を目論んでいる側からすると覇権の行使にとって最適ということになる。

残念なことに現在の世界の状況は、国家の装備に当たる防衛力をゼロに近づける程の世界平和は達成できてはいなかった。

現在に至っても諦める事なく、それぞれの自立した国家間での世界平和を望んでいない勢力が存在している。

国家の装備である防衛力は、自国が掲げる主義に従うのではなく現在いる世界環境で判断するものであったのだ。


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