2013年12月31日

明けましておめでとうございます

今年の干支は午年だが、昨年の干支の引き継ぎでは蛇と馬を一緒にすると大変な事になりそうだったろう。

昨年の12月28日に行われた干支引き継ぎ式では、昨年の「巳(み)」から今年の「午(うま)」へ干支(えと)の引き継ぎがあった。

そこで飼育員さんが「この大きな背中にお客さまの夢を乗せ、2014年を全力で走りたい」と馬のコタロウの抱負を代弁をしてくれたそうだが、自分も新年の初日の出には何か祈願をしてみようと思ったが、初日の出を見るころに眠くなってしまいそうだ。

式に参加した子どもの「蹴られそうだったけどかわいかった」との言葉が、素直でかわいかった。

今年の干支、午年は
【意味】 午とは、干支(十二支)の7番目。年・日・時刻などにあてる。方角の名で「南」。陰暦5月の異称。ご。
午年とは、西暦年を12で割った際、余りが10となる年。
【午・午年の語源・由来】
本来の読みは「ご」。
「杵(きね)」の原字で、上下に交差し、もちをつく杵を描いたもの。
十二進法では、前半(午前)が終わり後半(午後)が始まる位置にあり、その交差点を「正午」という。
つまり、十二支の中間に位置し、草木の成長期が終わり、衰えを見せ始めた状態を表したものと考えられる。

語源の「草木の成長期が終わり、衰えを見せ始めた状態」は、あまり当てはまって欲しくはないが・・・

まあ、自分の願い事はここ近年、「回復」ということかな。

健康、体力、景気、絆。

経済成長期から右肩下がりの時期を迎え、アンチエイジングと同じように流れを逆行させるには、今まで以上の工夫と努力を要するだろう。

落ちた国力と体力を持ち直すには、気を引き締めてかからねばならないが、一度弛んだものを戻すには相当の根性がいる。

この時期になると思い出す、「雪」の歌詞
雪やこんこ あられやこんこ
降っても降っても まだ降りやまぬ
犬は喜び 庭かけまわり
猫はこたつで丸くなる

の猫の方に、いつの日かなっている自分に気が付いた。
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2013年12月21日

ファティマの預言 3(第三の秘密)

ファティマの預言は三つの異なった部分に分けられる。「第三の預言」の部分を聖母は1960年になったら公開し、それまでは第三の部分だけを秘密にするようにルシアに厳命したとされている。

そのことはファティマの預言の中で「ファティマ第三の秘密」と呼ばれ、ルシアを通じて教皇庁に伝えられていたが、1960年が過ぎても教皇庁は公開しなかった。

そのため1981年には、第三の秘密の公表を要求する犯人によるハイジャック事件が起き、アイルランド航空164便がハイジャックされ、なんと「ファティマ第三の秘密を公開せよ」と要求した犯人はカトリック修道士であった。

1960年代にはドイツのメディア『ノイエス・オイローペ』が第三の秘密の原文を入手したと報じたが、真の全文は確定されていない。

また、60年代になってこの第三の秘密を閲覧したローマ教皇ヨハネ23世はその内容に絶句し再度封印してしまい、続いて次の教皇パウロ6世も再度封印を解いたが、そのあまりの内容に数日の間、人事不省になったと言い伝えられ、結局第三の秘密は公開されなかったためメッセージの中身について世界中で憶測を呼ぶこととなった。

そもそもシスター・ルチアが第三の秘密を記録に残すまでも大変だったようだ。

シスター・ルシアは彼女の司教の承認と共に1941年に最初の二つの部分を明らかにした。第三の部分は1944年1月2日から1月9日の間に書き止められた。それは彼女の司教への聖なる従順の下に、そしてファチマの聖母がシスター・ルシアに、実際神が秘密の第三の部分が今書かれるべきであると確証なさった後に書かれたのである。

シスター・ルシアはそのとき、スペインのトゥイのドロテア会修道院で生活していた。1943年6月に彼女は突然重い病気にかかった。彼女の状態は非常に危険だったので、レイリアの司教、ダ・シルヴァ司教は心配になった。彼は彼女が聖母の第三の秘密を明らかにする前に死ぬのではないかと恐れ、それは教会に対する一つの例外的な恩寵の喪失であろうと考えた。司教の友人であり忠告者であった聖堂参事会員カランバはそのとき、彼に一つの非常に賢明な考えを示唆した。すなわち、司教は少なくともシスター・ルシアに直ちに第三の秘密のテキストを書き下ろすことを求め、そして次に彼女が後に開封されるように蝋で封印された封筒の中にそれを入れるということである。

それゆえに、1943年9月15日にダ・シルヴァ司教はトゥイに行き、シスター・ルシアに「もし彼女が本当にそう望むならば」秘密を書き下ろすように頼んだ。しかし、この幻視者(シスター・ルシア)は確かに聖霊に鼓舞されてこの曖昧な命令に満足しなかった。彼女は彼女の司教に一つの書かれた命令、形式的で完全に明確な命令を要求した−それは非常に重要なことである。ファチマの聖母の最後のメッセージは以前の聖母の他の要求と同じように、驚くべき約束と結びついていた。それはわれわれの二十世紀に、その最も緊急な必要に応じるために、神によって提供された一つの例外的な恩寵である。しかし再び、教会の司牧者たちが、神がその無原罪の聖母の甘美な黙想を通じて世界に与えることを欲しておられる恩寵のこの流出の道具となるために天の計画に対して十分な信仰と従順を持つ必要がある。1943年に神はそれがレイリアの司教であることを欲された。レイリアの司教はこのメッセンジャーが第三の秘密を書き下ろすことを要求した。

最後に、1943年10月半ばにダ・シルヴァ司教は決心した。彼はシスター・ルシアに、彼女に彼女が彼に嘆願した明白な命令を与えて、手紙を書いた。しかしながら、今や諸困難が起こった。シスター・ルシアはその当時殆ど3カ月の間ある不可思議なそして恐るべき不安を経験した。彼女は、彼女が仕事机の前に坐り、秘密を書き下ろすためにペンをとる度毎に、そうすることを邪魔されるのを感じたと語った。明らかに、われわれは無原罪の聖母のメッセンジャーに対するサタンの最後の攻撃をそこに見なければならない。

この偉大な預言(第三の秘密)がサタンの霊魂に対する支配と教会のまさに核心へと入り込もうとするサタンの計画に対するどのように恐るべき武器であるか、遂行されようとしていた壮大な出来事の大きさをこのように示した幻視者によって堪え忍ばれたそのような試練を考えるならば、秘密は紙の上に書き留められるべきである。

クリスマスイヴの日に、シスター・ルシアは彼女が与えられた命令にまだ従うことができないということを彼女の指導者に打ち明けた。

最後に、1944年の1月2日に(このことは殆ど知られていない)、祝福されたおとめマリア御自身が再びルシアに御出現になった。聖母はルシアにそのようなことは真に神の意志であるということ、そして聖母は彼女に命令されたことを書くことを完成するための光と力を与えるということを確約なさった。

シスター・ルシアがその受取人であるダ・シルヴァ司教に完全に確実にそれを伝えるために払った極端な配慮は彼女がこの記録に帰している例外的な重要性の一つの新しい証拠である。

彼女はそれを司教以外の他の誰にも委ねることを望まなかった。貴重な記録を入れた蝋で封印された封筒をシスター・ルシアの手から受け取ったのはグルザの大司教、フェレイラ司教であった。彼はそれを同じ日の夕方ダ・シルヴァ司教に手渡した。1957年4月16日に、封印された封筒がローマに到着した。

【それから第三の秘密はどうなったであろうか?】
それは教皇ピオ十二世(在位1939-1958)のオフィスの中の「聖座の秘密」と記された一つの小さな箱の中にに置かれた。このことをジャーナリストのロベール・セルーに打ち明けたのはマザー・パスカリーナであり、彼が近頃この事実を確証したのである。

その後教皇ピオ十二世は明らかに1960年を待つことの方を選ばれた。しかし彼はそれ以前に亡くなられた。(1958年)教皇ヨハネ二十三世の秘書であったモンシニョル・カポヴィッラの証言がある。彼らはわれわれに教皇がそれを教皇ピオ十二世の死の1年後、1959年に開けたとき、封筒はなお封印されたままであったと語った。

次の教皇である教皇ヨハネ二十三世(在位1958-1963)は秘密を読まれ、そしてそれを公表することを拒否される。オッタヴィアーニ枢機卿は、教皇ヨハネ二十三世は秘密を「一つの非常に深い、暗い井戸のようである資料保管所の一つの中に置いたので、その底には紙が落ち、誰ももうそれを見ることができない」と語った。悲しいかな、1960年2月8日に突然、ファチマの第三の秘密は公表されないということが簡単な新聞発表を通じて知らされた。それはそのまさに本性によって完全に無責任である一つの無名の決定であった。

ヨハネ・パウロ一世(在位1978)は教皇になる以前に、私はシスター・ルシアが彼と第三の秘密について語り、そして彼にその本質的な内容を明かしたということを検証する位置にいる。彼はその秘密によって非常な感銘を受けた。彼はイタリアに帰った時に周りの人々に、彼がどのように感動させられたか、そしてそのメッセージがどのように重大なものであるかを話した。彼はそれからファチマについて精力的な言葉で語りまた書いた。そして彼が明らかに聖人であると考えたシスター・ルシアへの感嘆と完全な信頼を表明した。教皇になる以前に、彼は明らかに何かあることをする前には世論を準備することを望まれた。不幸なことに、彼は何かあることを言うことができる前に悲劇的にわれわれから取り去られた。
注釈、ヨハネ・パウロ1世は、教皇在位わずか33日目の1978年9月28日の午前4時45分にバチカン内の自室で遺体となって発見された。死後間もなく不可解な証拠隠滅や情報操作が行われた可能性があり謀殺説がある。

注釈、これら公表を拒否ことに対する著者の意見
シスター・ルシアの次の言葉が当てはまる。「祝せられたおとめは非常に悲しんでおられます。なぜなら、誰も聖母のメッセージに注意を払わないからです」。そしてこの誤りは数え切れないほどの結果をもたらすことになった、とわれわれは敢えて言わなければならない。なぜなら、ファチマの諸々の預言や命令を無視することにおいて無視されてきたのは、世界を前にしてあざ笑われてきたのは、神御自身だったからである。無原罪のお方、母親としての警告を通じて告げられた条件的な罰はそのとき悲劇的、不可避的に下されることになったのである。第三の非常に解明的な事実:1960年以来、諸教皇がそれを公表することを拒否してこられたのはその内容のせいであり、そしてただこの理由でだけである。

注釈、その後パウロ6世 (1963-1978)ヨハネ・パウロ1世(1978)ヨハネ・パウロ2世(1978-2005)ベネディクト16世 (2005-2013)フランシスコ (2013- )と教皇は続く。

【著者による第三の秘密の内容の検証】
25年間以上にわたってファチマの秘密が、そしてそれだけがある仕方で禁書目録に載せられているということは一つの驚くべき事実だからである 。第三の秘密の内容に関して彼女に質問したある人に対して、シスター・ルシアはある日次のように答えた。「それは福音書の中に、そして黙示録の中にあります。それらを読みなさい」と。彼女は同様にまたフエンテス神父に、聖母が「私たちが世の最後の時代にいる」ということを明瞭に彼女にお見せになったということを打ち明けた。このことは、世の終わりの時、そして最後の審判の時を意味するのではないということを、われわれは強調しなければならない。というのは、マリアの汚れなき御心の勝利が最初に来なければならないからである。第三の秘密の内容を慎重にほのめかしているラッツィンガー枢機卿自身次の三つの重要な要素に言及した。すなわち、「信仰を脅かす諸々の危険」、「最後の時代の重要性」そして「この第三の秘密に含まれている」預言は「聖書に告知されてきたものと一致している」という事実である。われわれは、ある日ルシアが黙示録の第8章と第13章を指摘したということさえ知っている。
(明らかにされたファチマの秘密 The Fatima Crusader Issue より)

やはり真の聖なる者に対しては、闇からの攻撃があるのだろう。

(つづく)
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2013年12月17日

たわいない話(今年の漢字)

今年の漢字が12月12日清水寺本堂で発表され、同寺の森清範貫主が揮毫(きごう)した。

今年で19回目となり、全国に設置した応募箱やはがき、インターネットを通じて11月1日から12月5日まで「今年の世相を表す漢字」が募集され、今年は初めて、中国、台湾、ベトナムなどの海外からの応募も受け付けたとのこと。

2013年の「今年の漢字」には「輪」が選ばれた。2020年の東京五輪招致などが多く理由に挙げられた。2位以下は「楽」「倍」などの漢字が続いた。

揮毫を終えた森貫主は「来年も力を合わせて、『平和な輪』のつながりの世界に向けて、努力していこう」と呼びかけた。

このメッセージをぜひ、アジアの国々と緊張を高めようとしている大国にも伝えたいものだが。

そもそも「今年の漢字」は、漢字(日本語漢字)一字を選びその年の世相を表す字であるとして決定、公表される日本漢字能力検定協会のキャンペーンである。1995年(平成7年)に開始し、毎年12月12日の「漢字の日」に発表している。「今年の漢字」を書く森清範貫主の書(直筆書)は、「京都八福庵」という公許取扱処により管理されている。

【逸話】
毎年、森が練習無しのぶっつけ本番で「今年の漢字」を書き、その日の朝に漢検の理事長が茶色の封筒に糊を貼って森のところに持って来る。封筒には親展と書いてある。しかも、中に二重位に紙がしてあって、外からは見えないようにしてある。筆は穂があまり長いと墨が垂れるので書けない、短いと墨持ちが悪いので、墨持ちをさせるために一番真ん中には牛耳毛が入っている。熊野筆で、羊毛を巻いて硬い毛も巻いてある。

どうりで漢字が書かれている時、墨が豊かに延びていた訳だ。気持ちのいい書き心地に見えたのは、そのような工夫がされていたからか・・・

現在では文字をキーで打つ方が多くなってしまったが、確かに筆で字を書くのは難しく、美しく書こうとすると気を引き締めなくてはならない。しいては正しい姿勢が要求される。

そう言えば子供の時の習字の教科書に、書くときの姿勢や手さばきの注意点がのった写真があったぐらいだ。そのうえ昔は、墨汁は掟破りで、硯できちんと墨をすらされていた。

たまには、このゆるみきった精神を澄ませるために写経でもしようと思ったが、墨汁が無い、筆も硯も無い、和紙もお手本も無い。それを全て用意するところから始め、最後に道具の片づけをするところまでを空想してみた・・・

そもそも自我に根性というものが無くなっていた。
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2013年12月11日

帝国の終焉

油断しているい者と機を狙っている者とでは、準備に開きが出る・・・

今回の中国の防空識別圏問題について安倍首相は、アメリカのバイデン副大統領と会談した。この中で、バイデン副大統領は、中国の防空識別圏について、「アメリカ合衆国は深く懸念している」と述べ、この問題について、日米で緊密に連携して対応していくことで一致した。

バイデン副大統領は「東シナ海における現状を一方的に変えようとする中国の試みに対して、われわれアメリカ合衆国は、深く懸念している。中国の指導者(習近平国家主席)と会うときに、これらの懸念を具体的に提起したい」と述べ、日米同盟に基づき、緊密に連携し、対応していくことをアピールしていたが・・・

しかし4日、中国を訪れるのを前にバイデン副大統領は日本側に、防空識別圏の問題で米中関係に影響が及ばないよう念を押していたらしい。アメリカ国務省元日本部長・メア氏は「中国の狙いは、南シナ海と東シナ海の覇権を狙ってると思います。(現在の)本当の狙いは、日米同盟に亀裂をつくりたいという立場だと思います」と話した。

アメリカ側の本心は・・・

ファティマの預言を調べていたらある神父さんが鋭いことを書いていた。

1957年12月26日にシスター・ルチアはフエンテス神父に次のように言って、この話題を詳しく述べました:「神父様、いとも聖なるおとめは私の従兄弟のフランシスコとヤシンタならびに私に何度も、多くの国々が地の表から消えるでしょうと告げられたことを彼らに伝えてください。聖母は、ロシアは、もし私たちがあの可哀相な国民の回心を前もって手にしていないならば、全世界を罰するために神によって選ばれた懲罰の道具となるでしょうとおっしゃいました。」

今日の世界は本当に、「恐ろしい深淵のへりに」いると思われます。シスター・エレナ・アイエロに為された預言的啓示は、ロシア、中国そしてイスラム諸国によって西欧諸国に対して遂行される大戦争が起こるであろうという、聖ヨハネ・ボスコ、福者アンナ・マリア・タイギや他の人々の、それ以前の預言を確証しています。たいていのアメリカ人は地勢学的な状況がまさにどのように危険なものであるかについて何の考えも持っていません。彼らはアメリカ合衆国が世界の唯一の超大国であるという考えをまるごと飲み込んでしまいました。そしてそれゆえに、彼らはアメリカ合衆国が欲するところではどこでもその意志を行使できると信じているのです。

事実世界には唯一の軍事超大国が存在しています。そしてそれはロシアです。ドナルド・マックアルヴァニーは説明しています・「ロシア(「かつての」ソ連)は今なお世界で最大の軍事機構を持っています。すなわち、世界における最大の核ミサイル兵器工場...最大の戦車、装甲車、原子力潜水艦、ICBM,SLBM、そして戦闘機の製造工場を持っています。」

 全世界を征服することが今なおソビエトロシアの意図です。1930年代に、モスクワのレーニン政治戦争のための学校に対するスピーチの中でディミトリー・マヌイルスキーはこう宣言しました。「共産主義と資本主義との間の徹底的な戦争は不可避である。しかし、今日われわれは攻撃するには余りにも弱すぎる。われわれの戦いの日は30年-40年内に来るであろう。しかし最初にわれわれは資本主義諸国を歴史を通じて知られている平和と軍縮の最大の序曲で眠らせるようにしなければならない。そしてそれから、彼らの警戒がなくなったとき、われわれは拳を固めて彼らを打ちのめすであろう。」

 ソビエトロシアはそのとき以来現在にいたるまで変わらずにこの政策に固執してきました。1987年11月、ソビエト首相ミハイル・ゴルバチョフは政治局に対する演説の中でこう述べました:「紳士並びに同志諸君、君たちがこれからの数年間にグラスノスチ、ペレストロイカそして民主主義について聞く全てのことで心配するな。これらは本来表面上の消費である。ソビエト連邦内では、表面上の目的以外にはいかなる重要な内的変化もないであろう。われわれの目的はアメリカ人たちを武装解除し、彼らを眠らせることである。」

 ソビエトの軍事指導者たちは兵法書の著者である孫子の弟子たちです。彼は500 B.C.に次のように書きました。「われわれは退却によって前進する。」退却は能率の上がらない、官僚的なスターリン主義的国家、ソビエトロシアの取り壊し、それを現在のレーニン主義的国家、ソビエトロシアへと再構築することでした。『ファチマ・クルーセイダー』1993年冬号において、私は次のように報告しました。

 ヨーロッパはNATO-EECブロックとワルシャワ・COMECON協定ブロックとの間の戦後の勢力均衡から立ち去っています。ゴルバチョフは両ブロックの解体とヨーロッパの一つの統合された単位への再編成を促進しています。一つの統合された中立的なヨーロッパはソビエト巨人によって支配された小さな諸国の雑多な寄せ集めとなるでしょう。その莫大な資源、人口、軍事をもってして、ソビエト諸国は容易に全ヨーロッパの主人公となるでしょう。ロシアにおける新しいスローガン「シベリアからイベリアまでを支配すること」を聞いても私は驚きません。

 ソビエト連邦は両ブロックの解体とヨーロッパの一つの統合された単位への再編成を参加の地位を伴ったロシアのNATO同盟への加盟によって達成するという彼らの計画を成し遂げました。このことは、2002年5月28日にローマでソビエトの大統領ウラディミール・プーチンが次のように言った時、まったく公然と宣言されました。「われわれは自分たちを『ソビエト諸国の家』と呼ぶだろう。」プーチンはブレジネフがデタントで促進したことを達成したのです。ブレジネフは30年代にマヌイルスキーによって告知された同じ支配の目的のために「デタント」を促進しました。レオニード・ブレジネフは影響力のある共産党員のあるグループに内々に話していますが、それは1972年に以下のように記録されました。「同志たちよ、われわれを信用せよ。1985年までには、今デタントで達成しつつあることの結果として、われわれはわれわれの目的のほとんどを西ヨーロッパで達成しているであろう。われわれはわれわれの地位を強固なものにしているであろう...そして、諸勢力の相互関係における一つの決定的な変化は、1985年になれば、われわれが必要とする何処ででもわれわれの意志を行使できる程のものとなるであろう。」

 その計画が現実のものとなるためにはブレジネフが予告したよりも長い時間がかかりましたが、しかし、マヌイルスキーによって告知された計画に対するソビエトロシアの指導者たちの変わらない固執は彼らを彼らが望むところではどこでも彼らの意志を行使する地位に置いたのです。ロシア-中国共同軍事計画によって合衆国を征服することが彼らの意図です。2002年2月にドナルド・マックアルヴァニー(Donald McAlvany)はこう報告しました:「ロシアと中国によって行われたアメリカに対する共同軍事作戦の計画はずいぶん前に作成されました。そして1999年にロシア参謀本部の秘密諜報機関本部(Main Intelligence Directorate of the Russian General Staff)の最高の地位にいた離反者であるスタニスラフ・リュネフ(Stanislav Lunev)大佐によって私に語られました。」

 「ロシア-中国共同軍事計画の存在に関して」とマックあるヴァニーは続けています。「リュネフは1991年の彼の離反の前に、モスクワへの最後の訪問の際に、ロシア参謀本部はまだなおアメリカに対する将来の核戦争を戦い、計画することに専心していたと述べました。『核戦争計画はまだ継続中だ』と彼らはリュネフに語りました。しかし、何らかの変化があったでしょう。ロシアの軍は合衆国本土の48州の侵入をフォロウアップする責任をもはや持たないでしょう。ロシア軍は「アラスカとカナダの一部」を占領する責任を持つでしょう。中国軍は48州を占領する責任を負うでしょう。」

 ソビエトロシアの核ミサイル力と赤色中国の巨大な軍事動員数が新枢軸--これはまたモスクワ-北京枢軸とも呼び得るでしょう--の中核を形成する一つの握りしめられた拳へと合体されたのです。リチャード・メイベリー(Richart Maybury)1996年に新枢軸 New Axisという用語を造り出しました。2001年7月に中国-ロシア友好条約を締結し、合衆国に対する彼らの共同の戦略的利害を公に宣言したのはロシアと中国に限定されません。それはまた、合衆国とそのNATO同盟諸国に対する秘密の同盟関係に入った他の多くの国も含んでいます。メイベリーはEarly Warning Reportの2003年2月号の中で、「そのグループは少なくとも12ヶ国から成っている」、それらの中にはイラン、イラク、北朝鮮、シリア、リビア、キューバ等がいると説明しています。

 合衆国政府は新枢軸の存在を知っています。2002年10月10日に、国防省副官のポール・ウォルフォヴィッツ(Paul Wolfowitz)はこう言いました。「ラムズフェルド委員会のわれわれ全員のところに入って来たこと、最大の驚きは、これら悪役たち(新枢軸諸国)のどれだけ多くのものがお互いに助け合っていたか、そしてさらにどれだけ多くの援助がロシアと中国から来ていたかを理解することである。」

 新枢軸は合衆国とその同盟諸国の軍備と軍隊とをひどく消耗させました。合衆国をより小さな枢軸メンバーの諸国との多数の戦争に巻き込むことが新枢軸の計画です:最初はアフガニスタンにおいて、次にイラクにおいて、それからおそらくイランと朝鮮、そしてまたおそらく台湾をめぐる中国との戦争。彼らは私たちの軍事力を過大に展開させ、勢力を使い果たさせることを意図しています。それから、彼らはヨーロッパ諸国と北アメリカに対する大規模電撃戦Blitzkriegで襲撃するでしょう。これは大懲罰のほんの始まりにしか過ぎないでしょう。

 「民は民に、国は国に敵対して立ち上がり、方々に地震があり、飢饉が起こる。これらは悲しみの始まりである。」2003/10/16 三上 茂訳
(ファチマ第三の秘密において啓示された差し迫った大懲罰The Fatima Crusader Issue 73, Spring 2003よりポール・クレイマー神父 B.Ph., S.T.B.,M.Div., S.T.L.(Cand.)より)

2003年の時点でこれだけの分析をされていた・・・

今、この分析通りのことが現実化しようとしている。Y2K問題が回避されたがアメリカの巨額な財政赤字という弱点が残っている。中国は米国債を米FRBに次いで大量保有している。今年7月末時点で1兆2773億ドル(約126兆円)らしい。

強かな超大国中国、ライオンの首に鈴を付けるとは見事だ。

「たいていのアメリカ人は地勢学的な状況がまさにどのように危険なものであるかについて何の考えも持っていません。彼らはアメリカ合衆国が世界の唯一の超大国であるという考えをまるごと飲み込んでしまいました。そしてそれゆえに、彼らはアメリカ合衆国が欲するところではどこでもその意志を行使できると信じているのです。」

果して、その分析通りなのだろうか。

そして抑止力の崩壊した日本国の未来は・・・

ある国を信じ依存しきって油断し、脅威を甘く見ている我が国を憂う。
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2013年12月08日

ファティマの預言 2

ファティマの預言の第一部分の内容は地獄のビジョンだったが、第二の部分には第一次大戦の終焉と第二次大戦の勃発、聖母からロシアの奉献が要請されたと言われている。

このことを受けてローマ教皇は数度にわたり奉献式を行ったが・・・

T、【聖母からの要請】
1917年7月13日、少女達の前に姿を現した聖母は、
「戦争(第一世界大戦)は、もうすぐ終わります。しかし人々が神に背くことを止めないなら、ピオ11世(在位1922-1939)の時代にもうひとつのもっと酷い戦争が始まります。夜、不思議な光が、空を照らすでしょう。それがあなた達に神様がお与えになる大きな印になります。その後、神様はいろいろな罪を戦争、飢餓、教会と教皇の迫害の形で罰されるでしょう。」

「それを阻止する為に、私はロシアが私の汚れない心に奉献されることと、初土曜日に償いの聖体拝領がなされることを望みます。もし人々が私の望みに耳を傾けるなら、ロシアは回心し、世界に平和が訪れるでしょう。もしそうしなかったら、ロシアは世界中に誤謬を広めて戦争と教会の迫害を推し進めることになるでしょう。罪のない人達が殉教し、教皇様には多くの苦しみが訪れます。いくつかの国はもう無くなってしまいます。それでも最後には私の汚れない心が勝利を収めるでしょう。教皇様はロシアを私に奉献し、ロシアは私に回心するされるでしょう。そして、何年かの平和が世界に訪れるでしょう。」と伝えた。

注釈、(この聖母が予告なさった不吉な赤い光についての、著者ポール・クレイマー神父の見解)
1938年1月25日の夜、シスター・ルチアは聖母が予告なさった不吉な赤い光が、神が『世界をその罪のために、戦争、飢饉、教会の迫害そして教皇の迫害によって罰しようとなさる』大いなるしるしであることを見ました。翌日には「照らされた夜」の奇妙な現象がヨーロッパおよび北アメリカ中の新聞に報道されました。シスター・ルチアは世界の懲罰がまさに始まろうとしていることを理解しました。そして数週間後、3月(1938年)にヒットラーはオーストリアを侵略しドイツに併合しました。そしてこの行動はドイツ、イタリア、日本の第二次世界大戦へのさまざまの攻撃へと変形した諸々の事件のエスカレーションを始めたのです。

1971年に私の哲学の教授、Robert Schubert神父、Ph.D.は「未知の光」について報じた新聞の切り抜きのコレクションを私に見せてくれました。いくつかの都市では、大火災が起こったと信じて町の反対側まで消防車が急いで送られました。しかしそれは聖母によって予告された奇妙な光でしかありませんでした。どんな根拠もなしにある人々は「未知の光」はオーロラ・ボレアーリス(北極光)であると主張しました。その主張は、それが北極光の兆候とはぜんぜん似ていなかったので、結果的には馬鹿げています。

しかしあまり知られていないが、その後も聖母はシスターとなったルシアの前に現れていたらしい。

1929年6月13日深夜11時、ルシアの前で聖堂が明るく照らされ、天井まで届く光の十字架が祭壇のうえに現れた。永遠の聖父が十字架の上部に見え、その胸には光の鳩があり、十字架にはイエズス・キリストが磔になっている光景が見えた。また、そうして見えたキリストの脇腹から腰にかけて血が滴り落ち、それはホスチアを通してカリスへと流れていた。十字架の右腕側の下には聖母がいて、ルシアに伝えた。
「教皇が世界の全司教と一致して、そして同じ時に、私の心にロシアを奉献することを神様に願う時が来ました。このような方法によってロシアを救うことを、神様は約束して下さいました。私に反抗した犯した罪の為に、神様の正義が断罪なさる魂があまりに多いのです。ですから私は、償いをするよう願いに来ています。この意向の為に、償いをして、祈りなさい。」

1931年8月19日にはロシアの奉献に関して、主自身(キリスト)がシスター・ルチアに伝えた。
「私の代理者たちに、私の命令の実行を遅らせることにおいてフランス王の例に彼らが従うならば、彼と同じように彼らが彼に従って不幸に陥るだろうということを知らせなさい。」

1936年5月に主が再び
「ロシアの回心はすべての司教たちと一緒に教皇によってその国(ロシア)が汚れなき御心に荘厳にそして公に奉献されるときにのみ起こるであろう。」と告げ、別の機会に聖母は、「ロシアは、「あの可哀想な国」の回心が奉献によってあらかじめ手に入れられていないならば、世界の懲罰の道具となるはずです。」と告げた。

注釈、(このことに対するルチアの説明)
「これはイエズス・キリスト御自身によって話された非常に厳しい警告です。なぜなら、キリストが言及しておられる例はフランスをキリストの聖心に奉献することに失敗したフランス王の不従順の例だったからです。その要求はわれらの主イエズス・キリスト御自身によってなされました。それはルイ十四世王に伝えた聖マルガリタ・マリアに啓示されました。ルイ十四世とルイ十五世は何もしませんでした。そして遂に牢獄に入れられた後に、ルイ十六世が神の命令に従おうとしましたが、しかし要求された公のそして荘厳な行為をすることができませんでした。そして1793年に彼はギロチンで首をはねられたのです。」と言っている。

シスター・ルチアは、「以前主に教皇が奉献をすることなく、なぜ主がロシアを回心させないのですかとお尋ねしました。(主はこうお答えになりました。)『なぜなら私は私の全教会がその奉献をマリアの汚れなき御心の勝利として認め、その結果全教会が後にその信心を広め、この汚れなき御心への信心を私の聖心への信心と並ぶものとなるようにすることを欲するからだ...にもかかわらず、マリアの汚れなき御心はロシアを救うであろう。それは彼女に委ねられたのだ』。」とも言っている。

【ローマ教皇の奉献への動き】
1942年10月31日、教皇ピオ12世はファティマの出現25周年終了を記念して、ラジオによるポルトガル国へのメッセージの中で、教会と全人類を聖母の汚れない御心に奉献した。 また、ピオ12世は1952年7月7日、使徒的書簡「サクロ・ヴェルジェンテ・アンノ」を出し、「ロシアの人々」を聖母の汚れない御心に奉献した。 教皇パウロ6世は1964年11月21日、第二バチカン公会議終了の際、聖母の御心に人類を委ね、聖母が教会の母であることを宣言した。 また、教皇ヨハネ・パウロ2世は、1982年5月13日ファティマで、1984年3月25日にローマで、1991年5月13日にファティマで、世界を聖母の御心に奉献した。また前者の2回は全司教一致で行うよう、世界中のカトリック教会に呼びかけた。

注釈、しかしこのローマ教皇の奉献に対して、「ピオ十二世、パウロ六世あるいはヨハネ・パウロ二世によってなされた奉献の行為のどれ一つも同じ時間に世界の全司教によってはなされません。」という意見などロシアの回心と奉献は成されたとみる向きと成されていないとの見解に分かれている。

U.【人々の回心】
カトリック信者は毎週主日に聖体拝領するように。そして、よく告解し、罪を避け、敬虔な生活を送るように

ここで意外なのは、聖母は全世界ではなく、ロシアの回心と奉献に言及したと言われていることだ。

するとほぼ間違いなく全世界に訪れる黙示録の最後の審判を回避する鍵は、ロシアであると推測できる。表向き冷戦は終結し、あの時のような緊張は既に無くなったと思っていたが、現実は水面下で冷戦時より酷い状態なのだろうか・・・
(つづく)
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2013年12月03日

歴史は繰り返すのか 3

同じような事をし続ければ、同じような結果になる・・・

「コンクリートから人へ」も今一つだったが「コンクリートに戻って国家債務2000兆円まっしぐら」も頂けない。

景気が良くなった。株価は上がった、企業収益も上がった、物価上昇も
起きた・・・

これを機にデフレからの脱却を完了するために、また公共事業をジャブジャブにして仕上げじゃ。国民の皆どもも大満足であろう。

足りない予算は消費税で穴埋めじゃ。これからは生活も豊かになるので、どんどん消費税率もヨーロッパ並みに上げていこうぞ。

というシナリオだろうか・・・

戦後からとてつもなく長い間、自民党の長期政権が続き、結果1000兆円の債務を作った。

しかしそこまでしたわりには、未だに国民は老後に不安を抱え、いつも社会保障費用が足りないと言われ続けている。

しかし今後、株価が上がろうと企業収益が上がろうと、物価が上昇しようと、土地の値段が上がろうと、所得分配が低いままなら国民の生活は豊かになることはない。

人の苦しみは分かるというが、生活苦というものを一度も経験したことがない二世議員に本当の生活苦の苦しみと恐怖は分からない。

だから景気判断良好が即、国民の生活が豊かになったなどと見栄すいたことを言うべきではない。

官僚の言いなりで景気指数が良好なので消費税を上げる、しかし長年言われていた財政、公務員改革は手付かず、挙げ句の果て一過性で金の循環が止まり維持費というマイナスに転じる使いもしない道路、コンクリート物増産に戻ろうとしている。

消費税を上げる言い訳は、社会保障費の増大による予算に当てるためと言いながら・・・

やることはやるが、己たちに痛い改革はしらばっくれるというやり方でここまで結果赤字経営国家のシステムを何も変えてこられなかった。

借金増税の理由はいつも景気をよくするためだったが・・・

借金は利子がつく上に、いつかは返さなくてはならない。

今国民の血税だけでは遣り繰りが出来ないのは、巨額の国費の1/3は国債の償還に使われているからであり、正常な人間なら1000兆円の債務になる前にどうにかしようと思うものだが、今現在何事もないようなふりをして同じことを繰り返そうとしている。

一度、消費税に手を出すことに味をしめれば・・・

消費税は生活苦の人々も払わせられ、徴収する方は楽で確実な税金である。

企業に対する法人税を上げると企業は日本国から出ていくが住民は殆どが
留まらざるおえない。

国家予算の無駄を見直すことなく金をばらまけば、一過性には一瞬景気は良くなったように感じるが借金という形で付けが残っているだけで、今まで通りの古いやり方で莫大な予算を使えば、また同じように国家債務残高が2000兆円に向かうだけだろう。

今現在の長期国債の利子は最低基準を維持できてはいるが、流動的にいつ上昇するか分からない。現在の状態でも既に国債の償還費用に国家財政の1/3を占めているのに、利子が2倍3倍に上がったらどうなるのか。

国債の利子の支払い金額が国家予算の100%に近づいてしまいましたという、国家機能停止の日もあり得るのか。

我が国の基本的な支出と収入(平成25年度一般会計予算)財務省
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