2012年01月20日

映画 動乱






1980年公開の日本映画。昭和の出来事である五・一五事件から二・二六事件までの動乱の時代に生きた寡黙な青年将校とその妻との愛を描いたもので、第一部「海峡を渡る 愛」、第二部「雪降り止まず」の二部構成になっている。

 作品内容としては、主人公が主に二・二六事件に関って行くいきさつが中心で、ある意味では恋愛ものとも言える。

 映画の主題はノンフィクションだが、よく出来たフィクションのような映画だ。

 主人公の恋愛感や思想感を観ていると、今時の人には重すぎるほど重く、映画の表現にも時の流れを感じさせられた。

 高倉健演じる主人公宮城啓介大尉が隊長をつとめる、仙台連隊の初年兵溝口が、姉の薫が貧しさから千円で芸者に売られること知り、脱走したところから始まる。そして吉永小百合演じるその姉の薫が、宮城大尉の将来の妻となるその人だった。

 その二人の恋の行方は・・・

 歴史上の人物には二度と会えないので真の心情は永遠の謎だが、本編の解釈では、この事変は戦前の昭和恐慌の最中、貧困に苦しむ民衆とは乖離した軍や政治家の腐敗を正し、昭和維新と言う志を実現しようとした青年将校たちの決起によるものとしている。

 彼の恋の行方も心持も、現代人にはなかなか真似できそうにない世界観が、非現実の究極を呈していて胸に応えてくる。

 自己に封印された懐かしい何かが。

 そして彼らは思う。「このままでは日本は滅びる。」

 この言葉を聴いた時、今現実的な世界不況の中、日本もデフレ経財を好転できないでいる経済状況を抱え、少子高齢化と不況に基づく国家財政の建て直しに行き詰っている。

 別の意味で現実の日本社会も、危険な状態だ・・・

 あの時に比べてイデオロギーや人としての法的な権利は整ったといえるが、モラルや正常な心の崩壊なども同時に始まってきている。人々のモラルの低下は、ある意味で日常生活でも臨戦態勢で臨む必要がいずれ出てこようととしているが・・・

 涙が枯れても、人生に負けない気骨だけは持ち続けたい、と自分に言い聞かせている.
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2012年01月01日

謹賀新年

 新年明けましておめでとうございます。
  
  今年は辰年で芽吹くような年と言われ、昔から成長や発展をもたらす干支だとのことです。

 今年の干支の交換会では昨年のウサギから、辰は何の動物がやるのかと思っていたら、かわいらしいタツノオトシゴでした。龍のイメージを想像していたので、意表をついた生き物の、そのかわいらしさに少しほっとした気持ちがしました。

 ところで昨年の締めの大納会では、株価が29年ぶりの低迷状態と聞いて29年前の年齢を思い出し、その時からバブルを迎え経済成長した分がすべて吹っ飛んでしまった気がして少しさびしい気がしました。

   昔から、よく言われるように頂点に上り詰めている時よりも、少し下っている位置の方が上を目指せて、頑張れる気持ちが起きてエネルギーをそちらに集中させることが出来て、ある意味では躍動感が持てるとも言われていますが、そういう気力を保ち続けたいと思っていますが・・・

 躍動の年にとの願いはありますが、全世界を見渡すと第二次世界大戦前の世界恐慌のような雰囲気が漂い、まだまだ予断を許さない経済状態が続いていて、不安の種が尽きないのが現実です。

   戦後まだみんなの生活が豊かとはいえなかった時期から、平和状態が続きみんなが少しでも経済的に豊かになる世界になったと安心していましたが、再び経済不安が訪れるとは予期していなかったので残念です。

    しかし全世界の人口を使って経済活動を活発に持っていける何かヒントや方策があるとよいのですが、経済というものは流動的で一度不安が起きると、実質経済よりもマイナスのマインドが経済にとって悪い方向に導くことがあるので、ぜひ人々が陽気になれる風潮が今年は広がって欲しいものです。

 でも、多くのことを乗り越えて、とにかく少しでも豊かな国になることを祈っています。





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