2011年06月26日

MYほん怖

空梅雨の年も多いが、今年はとても湿度が高い日が続いている。

そこて怪談・・・

むかし、心霊スポット巡りが流行っていて、自分も深夜に車で友達とよく噂の場所に行っていた時期があった。

ある日、千葉県にある江戸時代の元処刑場跡地に行ってみようと言う事になり、早速行ってみた。

大抵現地に居た所で、心霊ドラマの様な飛びっきり怖い出来事は無く、その場所の確認に終わることが多い。この日は現地に到着したのは昼だったにもかかわらず、確かに近くの林の林道を通った時は事の他薄暗らく感じたぐらいだった。

そもそも、そこへ行く事に決めたきっかけは、友人がそこの近くに車を停めて寝ていたら、目が覚めた時にバックミラーに白装束の人が立っているのが見えて、その事を不気味に感じて調べてみたら、そこの土地が大昔処刑場だったと分かったと言う話からだった。

面白いので、なにか見えるのではと辺りを見廻しながら少し歩き回ったが、いつもの様になにも起きる事は無く、気が済んだので帰る事にした。

家に帰り、その事については何も面白い事が無かったので、誰にも話す事はなかった。

しかし、次の日母が奇妙な事を言ってきた。

「今までこんな事余りなかったけど変な事に、夜、なぜか、玄関の外に白装束で頭に三角の白布をした人が立っている様なイメージが、ずーっと頭の中で一晩中感じて、気味が悪くて寝苦しかった。」と・・・

それを聞いた時、心当たりのある自分はとても驚いた。

その場所では何も感じなかったが、もしかすると何かが、憑いてきてしまったのではと、思われた・・・

母は少しの間、同じ事を言っていたが、トラウマになるといけないので、心霊スポットの事はずーっと、内緒にしている。
posted by WHO IS I ? at 22:02| Comment(0) | ちょい怖い話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月19日

裸の王様

裸の王様に家臣たちが本当の事を言えなかったのは、王様が勇気を出して本当の事を言った時に自分に対する評価を信用出来なかっただからだろうか・・・

震災後の津波で冷却機能が失われていると判断した東京電力・福島第一原発の吉田昌郎所長が事故直後、本社の指示に従わず海水の注入を続けたことについて、一時、問題視されていたが、その後の本人のインタビューで、「まずやることを丁寧に一つ一つやること。現場でたくさんの人が働いてますから、健康や安全をちゃんと確保する。この2点だけですね」と答えている。彼の責任感の高さが話題になっていた。

それに比べて、国会では現与党が浜岡原発停止要請など脱原発の動きに関して、野党の答弁で、もし脱原発を行っていくのであれば、その代わりになる電力供給に対する対応はきちんと考えているのか国の責任について追求されていた。

そんな国会の答弁を聴いていると、与党の本性が見え隠れする。

野党側は、原発の代わりとなる発電所には今のところ石油か天然ガスが考えられるが、それらを得る為には中東諸国を頼りにする事になるが、現在政局が不安定な状態の国々も多く簡単に安定受給出来るかも分からず、そこまできちんと考えて計画を進めているのかと問いていた。

すると、脱原発なのかは国民の考えで進めていくのがいいので、即急に代替え案がある訳では無いようだった。

現与党の特徴・・・

理想と現実の理想を言い放ち、その後の対処は現場に押し付け責任を取らない。

「子ども手当出します。」まではいいが、当初目論んでいた財源は思っていたよりも無く、最終的な予算額は自民党時代よりも増えてしまった。そして、無駄の削減も上手く出来ないまま、消費税値上げを目論む。

「浜岡原発停止を要請」しかしその後の対処は地方にお任せで、要請なので強要ではないので、国は直接責任を取るとは明言せず脱原発に傾いている世論を利用し圧力のみをかけた。

今まで誰もやる事が出来なかった原発停止を行ったとして、総理は自己陶酔していたが、何の責任もその後の対応策も何も考えなしで放り投げお任せ状態なら、誰にでも出来る。かえって究極の無責任とも言えなくはない。しかし確かに後世の評価は、立派な英断者として名を残すだろう。

よく聴いていると、最終決断は地方に任せた狡い手法だ。自由選択を装った責任回避、責任転嫁と言う国家元首としては余りにも小賢しい気の小さい臆病者の手口だと感心した。

その後の内閣不信任案の経過の時も、彼の臆病がゆえの狡猾さのみが目立っていた。

放射能の高い地域が同心円状では区切れないのが分かっているのに、自主非難勧告地域として住民の自由選択に任せている。住民側は放射能汚染が酷いとわかっていても、自己責任で進路を決定しなくてはならない。チキンな国家元首は「俺が最終的に責任を負うので、宜しくお願いします」が言えず、国会の答弁でもいつも自分だけは悪くないと言う見苦しい言い訳に終始する。そして、一生懸命にやっている自己アピールだけを強調している。

と言う事は、一体誰が責任を負う事になるのか。

面白いことに長年権力と闘う側を装ってきた男が、権力を手中に収めるとどの様な素晴らしい事をしてくれるのか楽しみにしていたが、結果は、責任を他者に押し付けた状態で、全ては自分のみの手柄とし、国民の為を装いながら国民の民意を巧妙に利用し浜岡原発を停めた英断をした歴史的な総理として後世に讃えられたいと言う我欲から権力を活用するようになってきている。

だから、その後の対処になど全然興味を示さないのだろう。

リーダーとして権力を自己保身に利用したいだけの卑しいリーダーなのか、それとも、自分が守るべきもの達を憂うリーダーなのか。

今の瀕死の日本に必要なリーダーは・・・



posted by WHO IS I ? at 02:47| Comment(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月11日

カサンドラクロス

この曲を聴いていたら、この時代の自分自身の心を思い出した様な気がした。

リスクを考える事を知らない、思いっきりアホを貫き通せた時代・・・

その事を、アホな事だと思っていない、むしろ恰好いい事だと本気で信じていた。

心と言うものは豊か過ぎても、受けるダメージも大きくなるが、なさ過ぎても艶ややかな恋しさなども失われていく。そんな心がまだ風化していなかった頃、感じていた何かが蘇るようなつかの間の感覚を思い出した・・・

 美談には必ず裏があるものだが・・・

 ノーベル平和賞を受賞されたマザー・テレサと言う方が、亡くなられた時の遺品が小さな布袋に入った小物だけだった・・・

 というのをテレビで観て、もしそれが本当であれば彼女にとって人々の苦しみや悲しみを救うということは何にも代えがたいという、崇高な精神の持ち主であったと思われた。




posted by WHO IS I ? at 19:20| Comment(0) | 自分の中での名曲選 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月09日

喉元過ぎれば熱さ忘るる

国会は唯一の立法機関であるが、どんなに必要でどんなに素晴らしい法律であっても、国会で可決されなければ施行する事は出来ない。

と言う事で今、震災後の復興をする為には、多くの法律が必要であり、可決を待ち続けている。

震災から約三ヶ月・・・

震災復興への様々な対応が、思っているよりも進まず困窮状態が続き、それが硬直化してきているとの事。

原発事故の処理も、完全な解決への目処も中々出来ず、そのため、段々と今何が起きているのか聴く人すらも居なくなろうとしてきている。

震災復興の順調な様子を聞けると良いが、復興を願っても一行に進まない様子に、どうして良いのか分からないという諦め気持ちに変わりつつある。

一時的には、内閣不信任案提出、大連立構想の実行を匂わせたりと、少しは物事が動き出し現状が打開してくれるのではと、ちと期待はして見たが予想どうりの、元の停止状態に戻ってしまった。

あの時は国民の中では自民党の長期政権に嫌気がさし、薄々憧れ続けていた二大政党政治の実現でも見てみたいという願望もあって、その結果政権交代が起きたが、衆参ねじれと言う副産物も発生してしまった。平時であれば、まったりゆるりと国家の論戦でも楽しみ、我が国の明治維新時の政治の先進国入りに似た高揚感でも得られただろうが・・・

日本の場合、想像よりも二大政党による浄化作用はあまり無く、意地の張り合いによる政治の硬直化が起きただけで、明治維新時に無理矢理洋装で鹿鳴館で踊る事での先進国感をアピールしていた様な、ぎこちない結果になってしまった。 

噂では総理が震災直後に「東日本は壊滅する」と言ったそうだが、千年に一度と言われる震災後の様子に、みんなは恐怖のどん底に陥れられたような気がした。

しかし、その時は・・・

 特に法律を作れる権限を持つ国会議員たちは、TVで見た被災地の瓦礫がまだ何も片付いていなくて、魚が腐った様な刺激臭がツンとくる異様な臭いに包まれ、夏に向けて蚊やハエなどが大量発生し網戸も無く、夜も寝付けない様な日々を送る中での厳しい環境で日常生活もままならない被災者の方々のような生活をしている訳でもないので、早く法律を可決する必要があると頭では分かっているのだが、政局の駆け引きがうまく行かないうちは、法律を可決する事を政争の具に使おうと言う事も計算に入れて考えてしまう・・・

 と言った事が現実なのだろう。

 もし、空想の世界で架空の法案だが、法律を可決する権限のあるもの達も、復興を解決する日まで被災者の方々と同じ生活をしなければならないと言う法律がきまり、共に同じ生活をし始めれば、明日にでも問題はすぐに解決するのだろうか。

被災者の方々は震災後から、大変な目に合い続けている。今回の問題が長引いている理由は、問題を解決できる権限のあるものが「喉元過ぎて熱さなど忘れた」からなのではないか。
 
幾ら国会の答弁などで被災地を思いやっているような事を言っても、やはり直接的に災いが降りかかっていない者側の無意識なお気楽さが完全に捨て切れずに、生き死にが切迫してる様を空想している者と切迫している方たちとの相違が国会を見ていて実感した。

自分が教科書に載りたいと言う野望に特化して微笑えめる総理こそ、お気楽の究極体と言えよう。
posted by WHO IS I ? at 18:15| Comment(0) | たわいない話・ささやかな名言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月03日

たわいない話(平家物語 〜木曽の最期〜)

 最期の引き際という今回の政局の混乱を見て、平家物語の「木曽の最期」という下りを思い出した。

 これは大将である木曽義仲が源氏に追い詰められ、残る味方の兵が五人になり、ほぼ最期の時を迎えようとしていた時の様子を描いている。現代の人が理解しようとしてもきっと理解し尽くせないと思うが、義仲の家臣である今井が心配するのは、大将が名も無き下級武士に恩首がもしや打ち取られるのではという事だった。

 当時の武将にとって、特に大将たる者の首が簡単に打ち取られてしまうという事は、それは末代まで語られる程の恥であるということなのだそうだ。

 それを防ぐ為に今井は大将に「どうか、見事に自害なさいますように」と一心に勧め続けた。その為に、親方様を先に逃がし、先に馬を走らせ、今井が後で義仲を追うという事になった。

 その時、ふと今井の様子が気になり気を反らした瞬間に、馬が沼にはまってしまい、敵の下級武士らに首を打ち取られてしまった。後を追って来た今井はその事を知り、敵陣の中に歩み出ると、「者ども見ておれ。これが東国一の猛き者の自害の手本であるぞ!」と言って、見事な最期を遂げたという下りがあった・・・

という様に、某与党のリーダーの元での、震災復興や原発に対する対応が思いのほか後手に回っているのを心の底では分かっているのに、それが進まない事を無念に思っている同胞の議員達・・・

 部下達の方が余程国民の憂を感じ、心配している姿が垣間見られた。

 本当に国民の行く末を案じている国家元首ならば、自分がリーダーの地位に留まる事によって、国政が停滞するということが分かっていれば、この様な時に解散総選挙をやるとか小賢しい手を使って、党内を分裂させてしまうような事はやりたくても出来ないはずなのだが・・・

 潔さというものは、個が内に持っているもので、大将とか家臣という身分的位置は関係無い事が分かる。当人の魂にあるという事なのだろうか。
posted by WHO IS I ? at 20:49| Comment(0) | たわいない話・ささやかな名言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする