2009年03月27日

映画ダークナイト

 映画ダークナイトを見た・・・

 ネタばれに注意。

 この映画を見る前はいつものアメコミのヒーローものと思っていたら、ストーリーがうまく出来すぎた他のヒーロー痛快ものとはちょっと違っていた。

 見ていてバットマンの真意を理解していないと、微妙にバットマンが何をしたいのかよく分からない。

 別に比べる何の必要も無いが・・・

 映画ダイハードのジョンマクレーン刑事は敵と戦う必要があると思ったら、その場で例え武器を持っていない無防備状態でも戦い続け、裸足になっても決して諦めない。

 それに比べて物凄いSFばりの対ミサイル使用のようなバットマンスーツを着ているはずのバットマンはとてつもなく弱い・・・
 
 それだけの装備を着けていても自分の行動を迷い続け、中途半端な攻撃しかしないので今回の敵であるジョーカーを追い詰めては逃がしてしまい、被害者の数が増え続けていく。

 ジョーカーにどどめを差せるチャンスが来ても彼はひるみ精神力でも負けている。

 なんじゃっ、そりゃ・・・と不思議に思っていたら。

 彼なりに妙なこだわりがあるらしい・・・

 バットマンの行動への疑問で変なストレスが溜まった。

 彼は合法的にジョーカーを捕まえて法で裁きたいという事なのだろうが正義感を重んじるバットマンの方が自分の方法に確信が持てずに迷ってばかりいて、悪の象徴であるジョーカーに実行力精神力共に完全に負けている所は現代社会の象徴なのだろう・・・か。

 苦労人のジョーカーを倒すにはお坊ちゃまバットマンには・・・ちと、無理なのか。バットマンの哀愁漂う後姿のラストに見ているこっちまで不安になった。

See you again !
posted by WHO IS I ? at 20:53| Comment(2) | 勝手なる映画評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月21日

改革の手法

 今・・・オフレコでは前からだが消費税を将来的に上げる必要があると政府は言い出している。

 理由は少子高齢化で社会保障費の財源が足りなくなるためにそれを確保したいということらしい。

 TVで高福祉高負担の国家のモデルとしてスウェーデンの現状が取り上げられていた。

 スウェーデンの現在の消費税は25%とのこと・・・

 25%もの消費税に不満はないのかとスウェーデン国民の人々に聞いてみると、大筋で納得しているとのことだった。

 何故か・・・

 現実には賛否両論はあるとは思うが、国家の国民に対してのあらゆる社会保障の内容が25%の消費税に値しているものであるので、ある程度満足しているからだと言う事らしい。

 スウェーデンの国政の担当者たちも国民は国家を信頼していると言っていた。

 現に高齢者への福祉、少子化、セーフティーネットなど日本国の名ばかりのセーフティーとは違い、困窮した国民の人々が安心して生活出来るぐらいの、ある意味でそれ以上のサービスを提供していた。

 日本国民もその位の高いレベルのサービスを確実に保障してくれると言うなら、高福祉を保つ為に同じ位の消費税に上げますと言い分に少しは納得がいくのかもしれない。

 が・・・

 しかし今の日本国の政治に欠落しているものがある・・・信頼だ。

 痛みを受けながらも苦しみに耐えながらもついて行けるには、そこに信頼がある必要がある。

 熱狂的に終わったアメリカ初黒人大統領誕生から、現在では少し期待外れ感が出てきたと言われているが・・・

 同じ改革をするにも自民党をぶっ壊すと言って国民との中にあった信頼をもぶっ壊し、社会秩序の混乱を招いた政治手法を取った元総理。

 そして自分は古いやり方である世襲制をちゃっかしく取り入れ、改革もせず自分のテリトリーの“利”はきちんとわきまえている。

 実現可能か不可能かはともかく改革をCHANGEと訴えて国民に悪い現状の打破を訴えて希望を与えたアメリカ大統領。

 同じような国家の危機を破壊で変えるか、改善によって変えるかは微妙に似てはいるが大きく違う。

 国民のやる気、忍耐、勇気、実行力などは絶望からは生まれない。

 “意欲”というが、購買意欲、生きる意欲、個々の集合体である国家にとって個々の力の見えない気力は大きな力となる。

 金融危機は分かりやすいが、日本国にとって国民の信頼を失わせてしまったという元総理の無意識なる人柄からくる政治手法による結果は、別の意味での国民の政治不信という危機を招いた。 

 ある程度はお国の社会保障制度を信じ、当てにしながら安心して自分のなけなしのお金を少しもったいない位使って人生を送っていたら、“何があっても自己責任、人生いろいろあらーーーな”などと急にお国に責任放棄発言をされ、“信じたあなたが悪いんです”ととがめられ・・・

 表現しにくく見えにくいが一度失った信頼というものは取り戻しにくい。

 彼はぶっ壊す事の方が目立つし格好いいと思っていたのだろうが、つみき遊びの時のように物事もコツコツ組み立てる事よりもぶっ壊す事の方がとってもカンタンでその上気持ちがいい。

 そこに努力や忍耐や工夫はいらない・・・

 国民の信頼を取り戻す方が工夫と努力とその上未知の時間がかかる。
posted by WHO IS I ? at 11:35| Comment(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月19日

櫻の樹の下には

 冬から春の気配が本格に感じられるようになって来た・・・

 日付的にも天気予報の桜の開花予報の日時に近い。

 桜の花は一つ一つを見ると色も薄く寂しい感じがするが、桜の樹が何十本と集まって花が満開になっている様子はそれはそれは美しくとても華やかだ。

 だから、お花見は楽しく大好きな行事だ。

 しかし・・・満開の桜の花を見ているとふっと奇妙な事を思い出す。

 それは国語の授業で読んだ教科書にあった“桜の木の下には死体が埋まっている”というような奇妙な小説のフレーズで、おかげさまで奇妙な妄想が一瞬ひらめくようなってしまっている。

 別に何と言う訳でもないが・・・

 前から気にはなっていたので今回詳しく調べてみたら、作者は梶井 基次郎で題名は「櫻の樹の下には」(1928(昭和3)年)らしいという事が分かった。

 昔は今と違って授業中の私語厳禁は絶対だったために自分が思っていたよりも集中力が高かったせいか、授業内容を結構鮮明に覚えていたらしい。

 この小説を読んだ時の読者が抱くイメージの怪奇的な感じがよけい深く印象に残ったのかもしれない。

 当時読んだ時はてっきり、第二次世界大戦の空襲で亡くなった人々の事でも言っているのかと思っていたら、実際はこの作者の美しい桜の見ての妄想であった事が分った。

 今改めて読んでみたら、まるっきり映画羊たちの沈黙のレクター博士が抱く妄想のような内容だということが分かり、驚いた。

 昭和3年あたりの人間にも、もうすでにその様な心の闇が存在していたとは・・・面白い。

 と、ドラマ「ガリレオ」に出てくる湯川教授のように言ってみた。
posted by WHO IS I ? at 18:16| Comment(0) | 思い出・旅行・行事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月13日

映画エネミーオブアメリカ

 今日は13日の金曜日。

 最近・・・過去に一度は見たが、その時にはいい加減に見ていてストーリ全体がはっきりとしない古い映画を暇つぶしに見直している。

 そこで・・・映画エネミーオブアメリカを見た。

 面白かったのは覚えていたが、ごちゃごちゃとしていてほとんどストーリーを忘れていた感じだ。

 よくありがちなアメリカの国家機密という名の下に行われる何でもありの行為に、実は個人情報と言うものは国家に完全に管理されている上に新しく可決されそうな法案の危険性を暗黙に訴えている。

 怖いのは自分は個人情報は守られていると思い込んでいてのんびりーーとしていると・・・

 自分に関する全ての情報の中で守られているはずの個人情報が実際は相手がどの位まで知り得る事が可能なのか、今の時代、こちらが把握も出来ないような専門的で高度な技術や方法もあり未知な部分も多い。

 だから・・・自分の個人情報を未知の相手がどこまで握っているのか分からない点に怖さある。

 どの国でも、法案の意味するところをこの映画のように分かり易く描いてくれると、国民の方もその法案が実施された後の利点から危険性まで分かりやすい。

 映画的にはあまりにもオチが完璧に出来すぎていてリアリティーに欠けるが、わっかちゃいるけど飽きさせない。

 主人公は国家規模の防衛システムを駆使できるほどの敵に狙われ命の危険をおびやかすほどの難事件に巻き込まれながら、最後の解決がこれほどにまで上手く行き過ぎるとは、さぞやすごい守護霊がきっと憑いているのだろうと変な意味で関心した。

 そういう所がサービス精神旺盛なアメリカ映画という感じがしてたまにはいいが。

 降って沸いた様な自分には全く無関係な事件に巻き込まれて命をも狙われる程のすごい目に遭っているのに、全くノーダメージそうな主人公のウィルスミスを見ていると・・・

 映画内で起きている事件がさほど大した事ではない様に思えてきて、かえってこの法案の危険性もあまり無い様に逆説的に思えてくる。

 真剣に考えると個人情報が流れるこの時代は、ある意味で恐怖がつきないが。

 軽い気持ちでストレスにしないように・・・

 と、この映画を見終わって感じた。

 日本も他人事ではなく、法案が可決して後になってから“この法案の真の意味する所がこれか”という事も多いのだろう・・・か。

See you again !
posted by WHO IS I ? at 16:57| Comment(2) | 勝手なる映画評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月07日

聖域無き方向転換

 聖域無き構造改革・・・とうたって“聖域”の存在すら政治のプロにしか分かりづらい。

 ただ問題は構造改革の結果が地理的、世界的立場的に日本国という国に適合して本当によいものになっているのか・・・という事だ。

 構造改革をし尽くしたその果ては・・・

 待っているのはみんなの信じた夢の国か。

 痛みだらけになり、耐えうる体力も尽き痛みすら乗り越えられなくなってきても、よい事と信じて待ち続けた構造改革その効果は・・・


 構造改革が悪いのではない100年に一度のこの大不況のせいで、第一構造改革が進んでいないから状況がよくならないのだろうか。

 少し前・・・“郵政民営化を見直す”と言ったとたんその事自体をタブー視扱いされていた。

 しかし経済対策というものは日々変動し続ける景気の状況に敏感に対策を立てる必要があり、対策が早い方がいい。

 いまだに至って“郵政民営化”が真の意味で国民の為になっているのか否かは不明だが・・・

 その時はきっと良かれと思って決定した法案でも常に激変していく“今”に対応出来なければ修正して現状との調整能力が無くては、事のほか経済対策に遅れを取ってしまう。

 聖域無き構造改革に手を加える事を恐れて、場合によっては“構造改革をしないで構造改革をしなかった時のように元に戻す”という事自体を聖域にしてはならない・・・が。

 今現在の日本国、世界の大不況を乗り越えるには、昔の日本のシステムに戻すもよし、新しい策を作るもよし・・・

 それこそ“郵政民営化を見直す”べきかは分からないがそれが得策ならば速やかに方向転換すればいい。

 タイタニック号が大氷河に気が付くのが遅れ、舵を切るなどの対応が遅かったから沈む原因になったように・・・

 よい事は躊躇しないで実行し続けないと・・・

 タイタニック号のように目には見えないが大変な状況になっている。

 
posted by WHO IS I ? at 08:58| Comment(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月04日

ハゲタカが狙っていたもの

 TVで天然の鷹の生態のドキュメンタリーをやっていたのを見た事がある。

 鷹は高いところをグルグルと飛びながら、自分のテリトリーでエサとなる動物を見つけると相手が小さくとてもすばしっこい動作をする動物でもしっかりと捕らえ、その能力に感心したのを覚えている。

 あの高さから、あの小さい生き物はもっと小さくしか見えないだろうに・・・

 しかし狙われている方の動物は、空想ではきっと空高く自分からは特定すら出来ない範囲にいる鷹がまさか自分をエサとして狙っているかすら気が付いてはいないのだろう・・・と思った。

 最近になってその様な構造は経済の世界にもあるのだと思ってきた。

 そして郵政民営化には別の意味があったのだとも思ってきた。

 郵便局と言うと郵便が本業と軽く感じていたが、郵便貯金などの資産巨大さには驚きだ。

 また一つ一つの郵便局に言ってみると金融機関のようなギラギラとした緊張感が無くフレンドリーで田舎の小さな万屋にでもいるような気分になる。

 国営と聞いて貯金・保険など根拠もないのにとても安心してお金を預けるという気にさせ続けていた。

 しかし・・・その実態はただの郵便屋さんだっただけではなく巨大な金融機関でもあったのだ。

 それも世界的なぐらい巨大な資金を持っている。

 そこで・・・

 世界のハゲタカはきっとずーーと、自分の射程範囲内に入ってくるように狙いを定めていた・・・のかもしれない。

 しかし郵便局は日本国の国営という手出し無用の安全地帯にいる手ごわい状況だった。

 しかし・・・ハゲタカは狙った獲物の動きは見続けている。

 そして・・・やっと世界でも巨大な資産力のある巨大な獲物、日本国国営郵便局は民営化になり。

 ハゲタカの狙える獲物になった。

 ともいえると、ある日・・・急に鷹のすばやく完璧な能力と動作の映像と重なって妄想した。

posted by WHO IS I ? at 02:05| Comment(0) | 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。